第24話 これからの仕事
離れへ戻る道。
雷電は、さっきの拒否柴が嘘だったかのように、機嫌よく歩いている。
「……」
玲は無言で雷電を見る。
「雷電」
「ワン?」
「さっき、あんなに帰りたくないって抵抗したよね?」
「ワン」
『何のこと?って』
「……」
アビーが玲の腕の中で尻尾を振る。
『雷電、都合の悪いことは忘れるタイプだから』
「誰に似たんだか」
『玲』
「だから私は違うって」
「ワン!」
『雷電も玲だって』
「違う!」
朝の街に、玲の声が響いた。
昨日までは少し緊張して歩いていた辺境の街。
今では、ほんの少しだけ馴染んできた気がする。
けれど。
冒険者ギルドで登録の確認を終えたことで、玲は新たな問題に気づいていた。
「……仕事、どうしよう」
ぽつりと呟く。
『仕事?』
「うん」
玲は歩きながら考える。
王都から逃げてきて。
辺境伯に保護されて。
レオンハルトの屋敷の離れを借りて。
住む場所はできた。
食べるものも、今のところ困っていない。
けれど――。
「ずっと誰かに頼って暮らすわけにはいかないよね」
『玲は何かしたいの?』
「うん」
玲は頷いた。
「私だって、自分でお金を稼ぎたい」
冒険者ギルドで依頼を受ける。
それも一つの方法だ。
Fランクだから、薬草採取や簡単な依頼から始めればいい。
でも。
「冒険者だけっていうのもなぁ……」
玲は考え込んだ。
自分に何ができるだろう。
日本にいた頃の仕事。
研究。
開発。
新しいものを考えて。
試して。
失敗して。
また作り直して。
「……」
ふと、玲の足が止まった。
「そういえば……」
『何?』
「私、研究してたんだよね」
『うん』
「化粧品の開発」
『そうだったね』
玲はアビーを見る。
「……こっちで化粧品って作れるのかな?」
『化粧品?』
「うん」
辺境で見かけた人たちを思い出す。
女性たち。
市場。
店。
そして、この世界の生活。
日本とは何もかも違う。
当然、化粧品だって同じではない。
「昨日、街を歩いてて思ったんだけど……」
玲はゆっくり話し始める。
「この世界って、薬草とか植物とか、すごく身近にあるじゃん」
『あるね』
「だったら、それを使って石鹸とか化粧水とか……作れるんじゃないかな」
『玲が作るの?』
「うん」
玲の目が少しずつ輝いていく。
「日本の商品を持ってきて売るんじゃなくて、この世界にある材料を使って作るの」
『それなら、この世界のものになるね』
「そう!」
玲は嬉しそうに頷いた。
「それがいい」
異世界通販なら、日本の商品をいくらでも購入できる。
けれど、それをそのまま売るだけでは面白くない。
何より――。
「せっかく異世界に来たんだもん」
玲は辺境の街を見る。
「こっちの材料で、こっちの人たちが使えるものを作ってみたい」
『玲、楽しそう』
「……そう?」
『うん』
アビーの言葉に、玲は少し照れた。
研究の話をしている時。
新しいものを作ろうとしている時。
玲は昔から、こういう時間が好きだった。
「でも……」
玲はふと考える。
「道具が問題だよね」
『道具?』
「うん。こっちにあるものだけで作るとなると、かなり大変だと思う」
研究室にあった設備。
正確な計量器具。
温度を測るもの。
混ぜるための道具。
保存容器。
いろいろと思い浮かぶ。
「……」
そこで玲は立ち止まった。
そして――。
「待って」
『どうしたの?』
「私、異世界通販が使えるじゃん」
『うん』
「材料を買う必要はないんだよ」
『どういうこと?』
「薬草とか植物とかは、この世界のものを使う」
玲は指を一本立てる。
「でも、道具は?」
『道具?』
「日本から買えばいい」
玲の顔が、ぱっと明るくなった。
「そうだよ!」
日本の商品そのものを売るんじゃない。
便利な道具だけを買う。
それなら異世界通販を使う意味がある。
「例えば……」
玲は考える。
「服を作るなら、こっちでは手縫いが普通でも、私はミシンを買える」
『ミシン?』
「布を縫う道具」
『それがあると?』
「すごく早く縫える」
『へぇ』
「化粧品だって同じ」
玲は指折り数えていく。
「必要な計量器具とか、温度を測るものとか。研究に使えそうな道具を通販で買う」
『でも、材料は?』
「この世界の薬草」
『なるほど』
「異世界の材料と、日本の便利な道具。それに――」
玲は自分を指差す。
「私の知識」
『最強だね』
「……そうかな?」
『うん』
アビーが即答する。
玲は少し考えてから、笑った。
「じゃあ……やってみようかな」
その言葉が口から出た瞬間。
胸の奥が、少しだけ熱くなった。
王都から逃げて。
追われて。
何も分からないまま、この世界に来た。
ずっと「どうやって生き残るか」ばかり考えていた。
けれど。
今は違う。
何をして生きていくか。
それを考え始めている。
「まずは、何が作れるか調べないとね」
『玲、研究モードになってる』
「そう?」
『なってる』
「じゃあ、帰ったら調べよう」
『何から?』
「まずは石鹸かな」
『石鹸?』
「うん。化粧品を作るなら、まずは肌に触れるものから考えたい」
玲は歩きながら、頭の中で材料を考え始める。
この世界の薬草。
植物。
油。
香り。
保湿に使えそうなもの。
肌に優しいもの。
「……薬草のことも、もっと知りたいな」
『じゃあ、薬草を探すの?』
「うん。でも、私一人じゃ分からないことも多いから……」
そこで玲は少し考え込む。
「詳しい人に聞かないとね」
『誰かいるかな?』
「それもこれから探そう」
まだ何も決まっていない。
材料も。
作り方も。
売り方も。
協力してくれる人も。
全部これからだ。
それでも。
「なんか……ちょっと楽しみ」
玲は笑った。
『玲が仕事の話してる時、すごく楽しそうだよ』
「……そう?」
『うん』
「そっか」
玲は辺境の街を振り返る。
ここで暮らす。
ここで働く。
そして、自分で何かを作る。
それは――。
王都から逃げてきた玲にとって、初めて自分から選んだ未来だった。
「よし」
玲は前を向く。
「まずは調べるところから!」
「ワン!」
『雷電も頑張るって』
「雷電は何を頑張るの?」
「ワン!」
『食べること』
「……仕事じゃないじゃん」
雷電は何の迷いもなく尻尾を振っている。
『雷電らしいね』
「まあ……雷電だもんね」
玲は笑った。
まだ、小さな一歩。
けれど。
玲の異世界での新しい仕事が――
静かに動き始めた。




