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愛犬たちと異世界辺境スローライフ~王家から逃げたアラサー女子、スマホ通販で快適生活~  作者: 紅しょうが


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第22話 辺境の街を歩いて

朝市に響き渡ったアビーの声。


 その騒ぎも、レオンハルトが駆けつけてくれたことで、ようやく少しずつ落ち着いてきた。


「……本当に喋るのか?」


「今、確かに聞こえたぞ」


「小さい犬が喋ったんだよな?」


「魔物じゃないのか?」


「違うよ!」


 玲は慌てて答えた。


「この子はアビー。私の大事な家族です」


 腕の中のアビーを抱き直す。


『家族だって』


「うん。家族」


 玲が笑うと、アビーは満足そうに尻尾を振った。


 その様子を見ていたレオンハルトが、周囲の人々へ向き直る。


「玲たちが騒がせてすまない。アビーは危険な存在ではない」


「団長がそう言うなら……」


「でも、喋る犬なんて聞いたことないぞ」


「俺だってない」


「そもそも犬は喋らんだろ」


 ひそひそと声が飛び交う。


 玲は小さく息を吐いた。


 まあ、そうなるよね。


 自分だって日本にいた時、突然犬が人間の言葉を話したら絶対に信じない。


 しかもこの世界には魔法や魔物がいる。


 だからといって、喋るチワワが普通というわけでもないらしい。


「……アビー」


『なに?』


「しばらく、私以外の人の前ではあんまり喋らないでね」


『どうして?』


「今の状況を見て分からない?」


 玲が周囲を見る。


 みんなアビーを見ている。


『みんな、私のこと見てるね』


「でしょう?」


『人気者?』


「そういうことにしておこうか」


 玲は苦笑した。


 レオンハルトがそんな二人を見て、わずかに口元を緩める。


「玲」


「はい?」


「せっかく街まで来たんだ。少し見て回っていくといい」


「いいんですか?」


「ああ。辺境で暮らすなら、街を知っておいたほうがいい」


「……そうだね」


 玲は辺境の街を見回した。


 朝市はまだ賑わっている。


 せっかくここまで来たのだ。


「じゃあ、少し歩いてみようかな」


「ワン!」


 足元から元気な声が上がった。


「雷電も行きたい?」


「ワン!」


『行きたいって』


「はいはい」


 玲は笑って、雷電のリードを持ち直した。


 レオンハルトは騎士たちへいくつか指示を出すと、


「俺は一度戻る。何かあれば屋敷の者に言ってくれ」


「分かりました」


「それから――」


 レオンハルトがアビーを見る。


『なに?』


「……」


「アビー、喋らないの」


『まだ何も言ってないよ』


「顔が何か言いたそうだったから」


 レオンハルトが小さく息を吐く。


「……まあいい。では、気をつけて」


「はい。ありがとうございました」


 レオンハルトが去っていく。


 玲はその背中を見送った。


「さて」


 雷電を見る。


「じゃあ、行こうか」


「ワン!」


 今度こそ、辺境の街を歩き始めた。


     * * *


 朝市を抜けると、少しずつ人の流れが変わっていった。


 商店が並ぶ通り。


 荷車が行き交う道。


 武器や防具を身につけた冒険者たち。


 そして、街のあちこちを巡回する騎士たち。


「……冒険者、多いね」


『昨日もいたよ』


「ちゃんと見てなかったから」


 王都にも冒険者はいた。


 けれど、辺境ではその存在がもっと身近に感じられる。


 魔物が出る森が近い。


 だからこそ、冒険者たちが街の外へ出ていく。


 食料や素材を求めて。


 時には魔物を討伐するために。


 玲は歩きながら、すれ違う人々を眺めた。


「なんか、王都とは違うね」


『うん』


「王都はもっと……綺麗だったけど」


『こっちはごちゃごちゃしてる』


「そうそう」


 でも。


 玲は嫌いじゃなかった。


 むしろ――。


「こっちのほうが落ち着くかも」


『玲らしいね』


「そう?」


『うん』


 店先では店主が客と笑いながら話している。


 冒険者たちは今日の予定を相談している。


 騎士たちは街の様子を確認しながら歩いている。


 子供たちは大人の間をすり抜けて走り回っている。


 華やかではない。


 けれど、活気がある。


 ここで暮らしている人たちの生活が、そのまま見える。


「……いい街だね」


 玲はぽつりと呟いた。


『うん』


 その時。


「ワン!」


 雷電が突然、玲の前へ出た。


「ちょっと、雷電?」


 ぐいっ。


「待って」


 さらにぐいっ。


「引っ張らないでって」


「ワン!」


『雷電、先に行きたいって』


「どこに?」


『分からない』


「分からないのに引っ張ってるの?」


「ワン!」


『こっち!』


「はいはい。走らない」


 玲がリードを短く持つ。


 雷電は不満そうだ。


「もう……朝から元気だなぁ」


『雷電は散歩が大好きだからね』


「それは知ってる」


 アビーは玲の足元を歩きながら、雷電の様子を眺めている。


『あんまり引っ張ると、玲が転ぶよ』


「ワン……」


『ほら』


「アビー、お姉さんみたい」


『お姉さんだよ』


「え?」


『私、雷電よりお姉さんだもん』


 アビーが胸を張る。


「……そうだったね」


『雷電はまだまだ子供だから』


「ワン!」


『何?』


「ワンワン!」


『生意気だって』


「ふふっ」


 玲は思わず笑った。


 アビーは9歳。


 雷電はそれより年下で、まだ6歳くらい。


 二匹が一緒にいると、アビーが少しお姉さんぶって雷電を見守っているように見える。


 もちろん雷電は、そんなアビーの言うことを毎回素直に聞くわけではない。


 今だって――。


「ワン!」


 また雷電が前へ出ようとした。


「ちょっと!」


『雷電!』


「ワン……」


 アビーに怒られた雷電が、しぶしぶ歩く速度を落とした。


「……アビー、ちゃんと効いてるじゃん」


『当然』


「すごいね、お姉ちゃん」


『もっと褒めていいよ』


「調子に乗らない」


『なんで?』


 玲は笑いながら二匹を見る。


 なんだか、この二匹のやり取りを見ているだけで楽しい。


 しばらく歩くと、建物の隙間から大きな城壁が見えてきた。


「あ……」


 玲は足を止めた。


 昨日は屋敷へ向かうことに精一杯で、ちゃんと見ていなかった。


 辺境の街をぐるりと囲む、高い城壁。


 その上には見張り台があり、騎士たちが周囲を警戒している。


「大きい……」


『あれ、魔物から街を守るんだって』


「うん」


 玲は城壁へ近づいていく。


 門の周辺には、いくつか見慣れない設備もあった。


 石造りの台座。


 そこに埋め込まれているのは、魔石らしい。


「昨日、レオンハルトさんが言ってた魔物避けかな」


『たぶん』


 街を守るために。


 この街の人たちは、毎日こうして備えている。


 王都では、魔物の存在を身近に感じることはなかった。


 けれどここでは違う。


 街の外には、広い草原がある。


 そしてその先には――。


「……森」


 玲は目を細めた。


 遠くに、緑の森が広がっている。


 木々が連なり、どこまでも続いているように見える。


「……あそこに魔物がいるんだ」


『いるんじゃない?』


「怖くない?」


『私は玲がいるから平気』


「……アビー」


 玲は思わずアビーを見る。


『なに?』


「そういうこと言うの、ずるい」


『なんで?』


「……なんでもない」


 玲はアビーを抱き上げた。


 そして、もう一度森を見る。


 王都から遠く離れた辺境。


 魔物がいる。


 危険もある。


 それでも。


「ここで暮らすんだな……」


 今度は、はっきりそう思えた。


 王都から逃げてきた。


 仕方なくここへ来た。


 最初は、ただ生き延びるためだった。


 けれど。


 昨日、離れを見て。


 今日、この街を歩いて。


 少しずつ気持ちが変わってきた。


「……ここ、好きかも」


『玲、嬉しそう』


「うん」


 玲は素直に頷いた。


「ここなら、普通に暮らせそう」


 その瞬間。


「ワン!」


 雷電が大きく鳴いた。


「びっくりした!」


 玲が振り返る。


 雷電は尻尾をぶんぶん振っている。


『雷電もここ好きだって』


「まだ聞いてないけど?」


『分かるよ』


「どうして?」


『私、お姉さんだから』


「……それ、何でも通ると思ってない?」


『通るよ』


「アビー……」


 玲は笑った。


 街を歩く。


 人の声を聞く。


 市場の匂い。


 焼きたてのパンの香り。


 冒険者たちの笑い声。


 遠くでは騎士たちが巡回している。


 城壁の向こうには草原。


 さらにその先には森。


 ここには、王都にはなかったものがたくさんある。


 不便なこともあるだろう。


 危険なこともあるだろう。


 それでも。


「……帰る場所ができたんだ」


 玲は小さく呟いた。


『うん』


 アビーが玲の腕の中で答える。


 足元では雷電が、相変わらず楽しそうに歩いている。


「雷電」


「ワン?」


「これからいっぱい散歩できるね」


「ワン!」


『すごく喜んでる』


「だよね」


 玲は笑った。


 辺境での暮らしは、まだ始まったばかり。


 何が起きるのかも分からない。


 けれど――。


 今は、それでいい。


 玲は雷電のリードを持ち直し、アビーを抱いたまま歩き出した。


「帰ったら朝ご飯にしようか」


「ワン!」


『私も食べる』


「アビーはさっき食べたでしょ」


『散歩したからお腹空いた』


「……」


「ワン!」


『雷電も!』


「二匹とも食べ過ぎ!」


 辺境の朝。


 玲と二匹の新しい生活は、こうして少しずつ始まっていくのだった。

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