↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛犬たちと異世界辺境スローライフ~王家から逃げたアラサー女子、スマホ通販で快適生活~  作者: 紅しょうが


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/89

第21話 レオンハルト編 辺境騎士団長の朝

レオンハルトが目を覚ましたのは、いつもと変わらない時間だった。


 身支度を整え、部屋を出る。


 ふと、昨日から玲たちが暮らし始めた離れのことが頭に浮かんだ。


 あの離れは、これまでほとんど使われていなかった。


 昨日、玲たちを迎え入れるために急いで整えたばかりだ。


 玲にとっては、王都から逃げてきて初めて与えられた住まい。


 少しでも不自由がないようにと準備させたつもりだが、何か足りないものがあるかもしれない。


「……様子を見ておくか」


 レオンハルトは、離れへ向かった。


 昨日の朝までなら、そこへ行く理由などなかった。


 だが今は、玲と雷電、そしてアビーが暮らしている。


 王都から命を狙われ、ようやくここへ逃げてきた三人――いや、一人と二匹だ。


 無事に朝を迎えたか。


 それを確認するくらいはしておこう。


 そう考えて、離れの扉を開けた。


「玲?」


 返事がない。


 レオンハルトは眉を寄せた。


「……玲」


 もう一度呼ぶ。


 静かだった。


 居間にもいない。


 寝室にもいない。


 雷電の姿もない。


 アビーもいない。


「……」


 レオンハルトの表情から、わずかに笑みが消えた。


 部屋の中を見回す。


 荒らされた形跡はない。


 家具が倒れているわけでもない。


 争った跡も見当たらない。


 窓にも異常はない。


 それでも――。


「いない、か……」


 昨日ここへ来たばかりなのだ。


 しかも玲は、王都で命を狙われた。


 その事実を知っているからこそ、レオンハルトは楽観できなかった。


 玲が自分の意思で出掛けた可能性もある。


 だが、何者かに連れ去られた可能性もゼロではない。


 レオンハルトはすぐに離れを出た。


「おい」


 近くにいた騎士へ声を掛ける。


「はっ!」


「玲の姿がない。雷電とアビーもだ」


 騎士の表情が変わる。


「玲様が……?」


「まだ騒ぐな。誘拐と決まったわけではない」


 レオンハルトは落ち着いた声で続ける。


「だが、念のため確認する。門の出入りを調べろ。今朝、不審な者が街へ入っていないか確認」


「承知しました!」


「それと離れの周囲も調べろ。争った形跡がないか確認する」


「はっ!」


「ただし、玲が自分の意思で外出している可能性もある。街中で無用な騒ぎを起こすな」


「分かりました!」


 騎士が走っていく。


 レオンハルトはその背中を見送った。


 冷静に。


 確実に。


 必要なことだけを指示する。


 それが辺境騎士団長として当然のことだった。


 だが――。


 胸の奥には、嫌な予感が残っていた。


 昨日、玲はここへ来た。


 王都から逃げ、ようやく安全な場所へ辿り着いたのだ。


 その翌朝に姿を消した。


「……何もなければいいが」


 レオンハルトは低く呟いた。


 しばらくして、先ほどの騎士が戻ってきた。


「団長!」


「どうした」


「門番に確認しました。今朝、玲様が街の外へ出た記録はありません」


「……街の中か」


「その可能性が高いかと」


「目撃情報は?」


「それが……市場のほうで、玲様らしき女性を見たという話が」


「市場?」


「はい。犬を二匹連れていたそうです」


 レオンハルトは一瞬、黙った。


 雷電とアビー。


 それなら間違いない。


「市場へ行く」


「はっ!」


 レオンハルトは歩き出した。


 誘拐ではない可能性が高くなった。


 それでも、自分の目で玲の無事を確認するまでは安心できない。


 市場へ近づくにつれ、人の声が聞こえてくる。


「喋ったって?」


「本当に犬が?」


「俺はまだ見てないぞ」


「小さいほうの犬だってよ」


「……犬が?」


 レオンハルトは足を止めた。


「……何の話だ?」


 嫌な予感とは、別の意味で胸がざわついた。


 人だかりの向こう。


 その中心に――。


「玲」


 いた。


 玲は無事だった。


 腕にはアビー。


 足元には雷電。


 怪我をしている様子もない。


 レオンハルトは、ようやく胸の奥にあった緊張を解いた。


「玲!」


 声を掛ける。


「あ……」


 玲が振り返った。


 そして、レオンハルトの姿を見た瞬間。


 何とも言えない顔をする。


「レオンハルトさん……」


「何をしている」


「えっと……散歩です」


「……散歩?」


「はい」


 レオンハルトは玲の姿を確認する。


 怪我はない。


 服も乱れていない。


 雷電も無事。


 アビーも無事。


「……そうか」


 ようやく理解した。


「朝、離れへ行った」


「あ……」


 玲の顔が固まる。


「誰もいなかった」


「……すみません」


「誘拐された可能性を考えた」


「本当にすみません!」


 玲が慌てて頭を下げる。


「ちょっと散歩に出ただけで……」


「次からは、外出するなら一言伝えてくれ」


「はい」


 玲が素直に頷く。


 レオンハルトはそれ以上責めなかった。


 玲が無事だった。


 それだけで十分だった。


 ――その時。


『レオンハルト、玲がさらわれたと思ったんだよ』


「…………」


 レオンハルトの動きが止まった。


 玲も止まった。


 周囲の人間も止まった。


 レオンハルトは、ゆっくりと玲の腕の中へ視線を向ける。


 アビー。


 昨日、辺境伯の前で話していたチワワ。


「……アビー」


『おはよう』


「…………」


 レオンハルトは無言で玲を見る。


「……アビーです」


「それは知っている」


「ですよね……」


『レオンハルト、怖い顔してる』


「アビー、お願いだから今は黙って」


『なんで?』


「……」


 レオンハルトは目を閉じた。


 アビーが喋ること自体には驚かない。


 昨日、すでに聞いている。


 だが――。


「……街の者にも聞こえるようになったのか」


 玲が困ったように頷いた。


「どうやら……」


『そうみたい』


「だから喋らないでってば!」


 玲が頭を抱える。


 周囲からざわめきが起こる。


 レオンハルトは市場を見回した。


 どうやら、かなりの人数に聞かれてしまったらしい。


「……」


 レオンハルトは小さく息を吐いた。


 玲の誘拐を心配して騎士を動かしたと思ったら。


 実際には、玲たちは朝の散歩を楽しんでいた。


 そして今度は、アビーが街中で喋るという別の騒ぎを起こしている。


「……朝から忙しいな」


「すみません……」


「玲に言ったわけではない」


『私?』


「……」


 レオンハルトはアビーを見る。


 アビーは不思議そうに首を傾げた。


 この小さなチワワが、これから辺境の街でどれほどの騒ぎを起こすことになるのか。


 この時のレオンハルトには、まだ知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。