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愛犬たちと異世界辺境スローライフ~王家から逃げたアラサー女子、スマホ通販で快適生活~  作者: 紅しょうが


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第20話 辺境の朝は賑やかで

 朝。


 玲は、いつもより少し早く目を覚ました。


「んー……」


 窓から差し込む朝の光に目を細める。


 王都から逃げ出して、辺境へやって来て。


 昨日は本当に色々なことがありすぎた。


 辺境伯に保護され、住む場所まで用意してもらって。


 そして、ようやく落ち着いて眠ることができた。


「……よく寝た」


 玲はベッドから起き上がる。


 足元を見ると、雷電がすでに起きていた。


「おはよう、雷電」


「ワン!」


「……元気だね」


 尻尾をぶんぶん振っている。


 どうやら雷電は、玲が起きるのを待っていたらしい。


 その少し離れたところでは、アビーが丸くなっていた。


「アビー、おはよう」


『おはよう、玲』


 チワワのアビーが顔を上げる。


「今日、どうしようか」


『散歩』


「やっぱり?」


『雷電が行きたそう』


 言われて雷電を見る。


「……本当だ」


 雷電はすでに玄関のほうを向いている。


「分かった分かった。散歩行こう」


「ワン!」


「そんなに嬉しい?」


 玲は笑いながら支度を始めた。


 リードを手に取る。


 アビーはいつものように玲の足元へ寄ってきた。


「アビーも歩く?」


『私は玲のそばにいる』


「はいはい」


 結局、玲はアビーを抱き上げた。


 そして雷電にリードをつける。


「じゃあ、行こうか」


「ワン!」


 こうして、玲たちの辺境での最初の朝の散歩が始まった。


     * * *


「へぇ……」


 離れを出て少し歩いただけで、玲は周囲を見回した。


「朝から結構、人がいるんだね」


 辺境の街は、もう動き始めていた。


 王都のような華やかさはない。


 建物も素朴だ。


 道も少し土が残っている。


 けれど――。


「なんか、活気があるなぁ」


 通りには朝市が開かれていた。


 野菜や果物。


 肉や魚。


 焼き立てのパン。


 干した薬草らしきものまで並んでいる。


 店先では店主たちが声を張り上げ、住民たちが買い物をしていた。


「おはよう!」


「おう、おはよう!」


「今日の肉、いいの入ってるよ!」


「じゃあ、それをもらおうかね」


 あちこちから聞こえてくる声。


 その中を、武器を身につけた冒険者たちが歩いていく。


 剣を腰に下げた人。


 大きな斧を背負った人。


 魔法使いらしきローブ姿の人。


 そして、辺境騎士団の騎士たち。


「王都とは全然違うね」


『うん』


 アビーも玲の腕の中から周囲を眺めている。


『でも、こっちのほうが面白そう』


「そう?」


『うん。みんな楽しそう』


「確かにね」


 玲も笑った。


 王都では、どこか緊張していた。


 自分が異世界から来たこと。


 自分の能力のこと。


 そして――命を狙われたこと。


 何をするにも、周囲を気にしていた気がする。


 でも、ここでは。


 まだ来たばかりなのに、不思議と肩の力が抜けていた。


「……ここで暮らすんだ」


 玲はぽつりと呟いた。


 その言葉を聞いた雷電が、


「ワン!」


 と鳴いた。


「ふふっ。雷電はもう気に入った?」


 雷電は答える代わりに、ぐいっと前へ進もうとする。


「ちょっと!」


 玲は慌ててリードを持ち直した。


「雷電、待って。引っ張らないで」


「ワン!」


「もう……」


『朝から元気だねぇ』


「アビーも歩く?」


『私は玲のそばにいる』


「はいはい」


 玲はアビーを抱いたまま、雷電の後を追う。


 その先に見えてきたのは、街を囲む大きな城壁だった。


「……すごい」


 近くで見ると、その大きさに圧倒される。


 城壁の上には見張り台があり、騎士が周囲を警戒している。


 ところどころには魔物の侵入を知らせるための鐘や、魔道具らしき設備も設置されていた。


「魔物対策もしっかりしてるんだ」


『辺境だもんね』


「うん」


 城壁の向こうへ目を向ける。


 そこには、広い草原が広がっていた。


 その先には森。


 王都では見ることのなかった、どこまでも続くような自然。


「……本当に辺境なんだ」


 少し怖い。


 でも、それ以上に。


「なんか、いいな」


 玲はそう思った。


 自分はここで暮らす。


 この街で。


 雷電とアビーと一緒に。


「よし」


 玲は小さく頷いた。


「新生活、頑張ろう」


「ワン!」


『おー!』


「アビー、そこは普通に返事するんだね」


 玲が笑った、その時だった。


「あらぁ!」


 突然、横から声を掛けられた。


 玲が振り向く。


 朝市の店先にいた、ふくよかな女性がこちらを見ていた。


「可愛いワンちゃんだねぇ!」


「あ、ありがとうございます」


 女性が笑顔で雷電を見る。


「立派な柴犬だこと。名前はなんていうの?」


「雷電です」


「まあ、雷電ちゃん! 格好いい名前だねぇ」


「ありがとうございます」


 女性は今度は玲の腕の中にいるアビーへ視線を移した。


「こっちの子は?」


「アビーです」


「まあまあ! こっちも可愛いねぇ」


 女性がアビーへ手を伸ばす。


 アビーは玲の腕の中で、女性を見上げた。


『ありがとう』


「…………」


 玲が固まった。


 女性も固まった。


 雷電が、


「ワン?」


 と首を傾げる。


「…………え?」


 女性がゆっくり玲を見る。


「今……」


「…………」


「今、この子……」


 女性の指が、アビーを指す。


「喋った?」


 玲の背中に、冷たい汗が流れた。


 ――あ。


 そうだった。


 ここでは。


 アビーの声が――。


「……聞こえました?」


 玲が恐る恐る聞く。


「聞こえたよ!」


 女性の目が大きくなる。


「えっ……」


 玲も目を見開く。


 アビーは、何が問題なのか分かっていない。


『玲、この人、聞こえたって』


「分かってる!」


『じゃあ、挨拶していい?』


「待って!」


 しかし遅かった。


 アビーは女性を見て、尻尾を小さく振った。


『こんにちは』


「…………」


 女性が口を開ける。


「…………」


 玲は固まる。


「…………」


 雷電まで固まった。


 数秒後。


「しゃ、喋ったぁぁぁぁぁっ!!」


「ちょっ!」


 女性の声が朝市に響き渡った。


「喋る犬だよ! 喋る犬がいるよ!!」


「アビー!!」


『なに?』


「今は喋らないで!!」


『なんで?』


「なんでって……!」


 周囲の人たちが何事かと振り返る。


「何だ?」


「犬が喋ったって?」


「え?」


「どこどこ?」


「…………」


 玲は顔を引きつらせた。


「……嘘でしょ」


 まさか。


 こんなに早く。


 辺境に来て、たった一晩。


 アビーの新しいチートが――。


 バレた。


『玲?』


「……アビー」


『なに?』


「お願いだから、今は黙ってて」


『分かった』


 玲がホッとした瞬間。


 市場のおばちゃんがアビーを見つめながら叫んだ。


「この子、本当に喋れるんだね!?」


『うん』


「アビー!!!!!」


「ワン!」


「雷電まで!!」


 朝市は、さらに騒がしくなった。


 玲はアビーを抱きしめながら、遠い目をする。


「……新生活初日から、これ?」


 王都では、アビーの声は玲にしか聞こえなかった。


 それなのに。


 辺境へ来た途端。


 なぜか、他人にも聞こえるようになった。


 新しい土地。


 新しい暮らし。


 そして――新しいチート。


 玲の辺境生活は、どうやら静かには始まってくれないらしい。


『玲』


「……なに?」


『朝市、楽しそうだね』


「誰のせいだと思ってるの……」


『?』


「もう……」


 玲は深いため息をついた。


 その隣で雷電が、楽しそうに尻尾を振っている。


「雷電も楽しそうだし……」


「ワン!」


「……まあ、いいか」


 玲は苦笑した。


 こうして――。


 玲と雷電とアビーの、辺境での最初の朝は。


 喋る犬の登場によって、盛大に幕を開けたのだった。

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