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愛犬たちと異世界辺境スローライフ~王家から逃げたアラサー女子、スマホ通販で快適生活~  作者: 紅しょうが


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第18話 新しい我が家と、最初の晩餐

辺境伯の屋敷を出ると、レオンハルトが玲たちを自分の屋敷へと案内してくれた。


「ここが俺の屋敷だ」


「……結構大きいね」


 玲は目の前の建物を見上げる。


 貴族の屋敷だけあって、それなりに立派だ。


 ただ、王都で見た貴族の屋敷ほど華美ではない。


 辺境らしく、どこか無骨で実用的な造りだった。


 屋敷の横手へ回ると、少し離れた場所にこぢんまりとした建物が建っている。


「ここが離れだ」


「これ?」


「ああ」


 玲は建物を眺める。


 大きすぎない。


 けれど、一人と二匹で暮らすには十分そうだ。


「……いいじゃん」


 思わず声が漏れる。


「気に入ったか?」


「うん!」


 玲が振り返る。


「ここ、私の家にしていいんだよね?」


「ああ」


「そっか……」


 玲はもう一度、離れを見る。


 王都から逃げて。


 何度も追手を警戒しながら旅をして。


 ようやく辿り着いた辺境。


 そして今――


 自分の家ができた。


「玲」


『玲』


 レオンハルトとアビーの声が重なった。


「ん?」


『嬉しそうだね』


「うん。嬉しい」


 玲は笑った。


「じゃあ、入ろう!」


「そうだな」


 レオンハルトが扉を開ける。


 中は思ったより広かった。


 簡素ではあるが、生活に必要な家具は揃っている。


 テーブル。


 椅子。


 ベッド。


 棚。


 小さな厨房もある。


「これなら、すぐ暮らせそう」


 玲が部屋を見回す。


『結構いいね』


 アビーは玲の足元を歩きながら、部屋の隅々を確認している。


 雷電も部屋に入った。


 そして――


「ワン」


 玲が振り返る。


「どうしたの?」


「ワン」


『雷電、お腹空いたって』


「……」


 玲が雷電を見る。


「もう?」


「ワン!」


『もう、だって』


「旅の途中でも食べたじゃん」


「ワン!」


『あれはあれ。これはこれ』


「……食欲だけは元気だね」


 アビーが尻尾を振る。


『雷電だもん』


「まあ、そうだけど」


 レオンハルトが苦笑した。


「腹が減っているなら、先に食事にするか?」


「そうしよう!」


 玲が即答する。


 雷電の尻尾が勢いよく振られた。


「ワン!」


「はいはい。分かったから」


 玲は厨房へ向かった。


 だが――


「……」


 しばらくして、玲が戻ってくる。


「レオンハルト」


「なんだ?」


「ここ、明かりどうするの?」


「ランタンがある」


 レオンハルトが壁際を指差す。


 そこには、確かにランタンが置かれていた。


「そっか」


 玲は頷く。


 レオンハルトが火を灯そうとした、その時。


 玲がふと思いついた。


「……あ」


「どうした?」


「ちょっと待って」


 玲はマジックバッグから何かを取り出した。


 それは――


 LEDランタン。


「何だ、それは?」


「LEDランタン」


 レオンハルトが眉を寄せる。


「……?」


 玲はテーブルの上に置いた。


 そして――


 カチッ。


 パッ――!


 部屋が一気に明るくなった。


「…………」


 レオンハルトが固まる。


 グレンも絶句している。


 玲は二人を見る。


「……どうしたの?」


 レオンハルトが、ゆっくり口を開く。


「玲」


「はい?」


「……旅の時に、お前のテントだけ妙に明るかったのは、これか?」


「そうだよ」


 玲はあっさり答えた。


「テントの中で使ってたの」


 グレンもLEDランタンを見つめる。


「野営の際、玲様のテントだけ明るかったので何だろうとは思っていましたが……」


「これです」


 玲がランタンを指差す。


「火を使わないから、テントの中でも安心して使えるんだよ」


「なるほど……」


 グレンは頷いたものの、納得したというよりは理解しようとしている顔だった。


 レオンハルトもLEDランタンを凝視する。


「……しかし、こうして間近で見るのは初めてだ」


「ああ、そうだね」


 玲は頷く。


「旅の時はテントの中に置いてたから」


「火は?」


「ないよ」


「……」


「電池で光るの」


「電池?」


「うん」


 レオンハルトがLEDランタンを凝視する。


「魔石は?」


「使ってない」


「では……何故、光っている?」


「えーっと……電気が――」


「待て」


 レオンハルトが片手を上げる。


「それ以上はいい」


「え?」


「分からない」


 横でグレンも頷く。


「私もです」


『玲』


 アビーが足元から玲を見上げる。


「なに?」


『二人とも完全に固まってるね』


「……アビー」


『なに?』


「それ、二人にも聞こえてるからね?」


「…………」


 レオンハルトがアビーを見る。


「……そうだったな」


「ふふっ」


 玲は笑いながらLEDランタンを見る。


「まあ、明るいからいいじゃん」


「……そうだな」


 レオンハルトはまだ納得していない顔だった。


 けれど、ランタンの明るさを見て、少しだけ目を細める。


「……確かに便利だ」


『玲』


「ん?」


『これ、辺境で売ったら儲かるんじゃない?』


「……」


 玲の目が輝いた。


「アビー」


『なに?』


「それ、ちょっと面白いかも」


 レオンハルトが嫌な予感を覚えたように玲を見る。


「玲」


「なに?」


「……余計なことは考えるなよ」


「まだ何も考えてないよ?」


『玲、考えてる顔してる』


「アビー!」


***


「さて」


 玲がパンと手を叩く。


「ご飯にしよう!」


 その瞬間。


「ワンッ!」


 雷電が元気よく鳴いた。


「はいはい!」


 玲は厨房へ向かう。


「雷電、そんなにお腹空いてるなら先にご飯ね」


「ワン!」


『待ってた!』


 アビーが通訳する。


「アビーは?」


『私は玲と同じでいいよ』


「了解」


 玲はマジックバッグから食材を取り出していく。


 米。


 肉。


 野菜。


 調味料。


「今日はちょっと豪華にしようかな」


「……」


 レオンハルトが並べられていく食材を見ている。


「玲」


「ん?」


「夕食は俺たちも手伝おう」


「え?」


「長旅の後だ。玲一人に任せるつもりはない」


「でも――」


「俺も料理くらいはできる」


「……レオンハルト、料理できるの?」


「簡単なものならな」


「じゃあお願いしようかな」


「任せろ」


 グレンも苦笑しながら続く。


「私も手伝いますよ」


「ありがとう!」


 こうして、辺境での最初の夕食作りが始まった。


 玲が料理をしている間、雷電は厨房の入り口でじっと玲を見つめていた。


「雷電」


「ワン」


「まだだよ」


「……」


「そんな顔してもダメ」


「ワン……」


『玲、雷電が死にそうな顔してる』


「大げさだなぁ」


「ワン……」


「はいはい。もうすぐだから」


 レオンハルトがその様子を見て笑う。


「ずいぶん待ち遠しいようだな」


「雷電、食べるの大好きだから」


『食べることしか考えてないよ』


「アビー、それ本人に聞こえてるよ」


「ワン!」


『何だよ!』


「ほら、怒ってる」


 玲が笑う。


 そして――


「できた!」


 テーブルに料理を並べる。


 温かい料理。


 焼いた肉。


 野菜。


 そして炊き立てのご飯。


「……」


 レオンハルトが目を見開く。


「これが……夕食?」


「うん」


「王都で食べていたものより……」


「豪華?」


「……いや」


 レオンハルトが料理を見る。


「見たことのない料理ばかりだ」


 玲は少し得意げに笑った。


「私、日本では料理も結構してたからね」


「そうなのか」


「うん」


 玲は椅子に座る。


 アビーを自分の隣へ。


 雷電には床に食事を置く。


「ほら、雷電」


「ワンッ!」


 ものすごい勢いで食べ始めた。


「ちょっと! ゆっくり食べて!」


「ワンワン!」


『美味しいって!』


「はいはい」


 雷電の食べっぷりを見て、玲も笑う。


 その様子を見ていたレオンハルトが、ふと口元を緩めた。


「……ようやく落ち着いたな」


「え?」


「玲も」


「……」


 玲は一瞬、言葉を失った。


 レオンハルトが続ける。


「王都を出てから、ずっと気を張っていただろう」


「……そうかな」


「ああ」


 玲は手元を見る。


 確かに。


 ずっと逃げていた。


 追手が来ないか。


 毒を盛られないか。


 次はどこへ行けばいいのか。


 考えることばかりだった。


 でも――


 今は違う。


 目の前に温かい食事がある。


 隣にはアビー。


 足元には雷電。


 そして目の前には――


 レオンハルトがいる。


「……うん」


 玲は小さく笑った。


「ちょっとだけ、安心したかも」


「そうか」


「ここなら……ちゃんと暮らせそう」


 その言葉に、レオンハルトは静かに頷いた。


「そうしてくれ」


「うん」


 玲は箸を持つ。


「じゃあ――」


 辺境での初めての夕食。


「いただきます!」


「……いただきます?」


 レオンハルトが首を傾げる。


「あ、日本の食事前の挨拶」


「そうか」


 レオンハルトも玲を真似する。


「……いただきます」


「そうそう!」


 アビーが小さく鳴く。


『私もいただきます』


「はい、どうぞ」


「ワン!」


『俺も!』


「雷電はもう食べてるでしょ!」


「ワンッ!」


『まだ食える!』


「食べ過ぎ!」


 笑い声が、離れの中に響いた。


 窓の外では、辺境の夜が静かに広がっている。


 王都から遠く離れた場所。


 玲はまだ知らない。


 この小さな離れが――


 これから始まる彼女の異世界生活の、最初の拠点になることを。


 そして。


 この日の夕食が、玲にとって――


 「辺境で暮らす」という実感を初めて持った夜になることを。

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