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愛犬たちと異世界辺境スローライフ~王家から逃げたアラサー女子、スマホ通販で快適生活~  作者: 紅しょうが


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第16話 辺境到着


遠くに見えていた城壁が、少しずつ大きくなっていく。


山々の間にそびえる巨大な城壁。


近づけば近づくほど、その迫力に玲は圧倒された。


「……でかい」


思わず呟く。


「辺境の城壁は、魔物から街を守るためのものだ」


隣を進むレオンハルトが答えた。


玲は改めて城壁を見上げる。


ところどころに補修された跡がある。


王都で見た城壁とは違う。


美しさや威厳を見せるためというより――


生き残るために造られた城壁。


「ここって、やっぱり魔物が多いんだよね?」


「王都周辺とは比べものにならない」


グレンが答えた。


「だからこそ、辺境騎士団がいるんです」


「そっか……」


玲は城壁の上を見る。


見張りの騎士たちが、こちらを確認している。


その姿を見ていると、ようやく実感が湧いてきた。


本当に――


辺境まで来たんだ。


玲の足元では雷電が歩いている。


その少し横をアビーも歩いている。


長旅で疲れているはずなのに、二匹とも元気そうだった。


『玲』


「ん?」


『あの城壁、すごいね』


「うん。私もそう思ってた」


『でも、ちょっと怖い』


「アビーでも怖いんだ?」


『私だって怖いものくらいあるよ』


「へぇ」


『……何、その顔』


「いや、アビーって何でも平気そうだから」


『失礼だなぁ』


玲は小さく笑った。


もちろん――


この会話が聞こえているのは玲だけ。


それが、今までの当たり前だった。


***


城門が近づく。


すると、門の前に何人もの騎士たちが立っているのが見えた。


そして――


「レオンハルト団長!」


大きな声が響いた。


「団長、お帰りなさい!」


「ご無事で何よりです!」


「グレン副団長も!」


レオンハルトが馬を止める。


「お前たち、先に戻っていたのか」


「はい!」


騎士たちが一斉に敬礼する。


その光景に、玲は少し驚いた。


旅の間、ずっと一緒にいたレオンハルト。


時々冗談を言ったり、玲を心配したり。


そんな姿を見ていたから――


目の前にいる彼が、辺境騎士団を率いる団長なのだと改めて思った。


「……レオンハルト」


「なんだ?」


「本当に団長なんだね」


「……今さらか?」


「だって普段は普通に話してるから」


「俺だって普通に話す」


「そうだけど」


玲が笑う。


その様子を見ていた騎士の一人が、恐る恐る口を開いた。


「団長……」


「なんだ」


「そちらの女性は……?」


レオンハルトが玲を見る。


「玲だ」


「玲……さん?」


「俺と一緒に来た」


騎士たちの視線が玲に集まる。


玲は慌てて頭を下げた。


「一ノ瀬玲です。よろしくお願いします」


「……」


騎士たちが顔を見合わせる。


「団長が女性を連れて戻ってきた……」


「しかも、ずいぶん親しそうな……」


「聞こえているぞ」


レオンハルトの低い声。


「申し訳ありません!」


騎士たちが慌てて姿勢を正す。


玲は思わず吹き出した。


「ふふっ」


「玲」


「ごめん。だって……」


その時だった。


『玲』


足元から声がした。


「ん?」


『あの人たち、レオンハルトを怖がってるね』


「……」


玲の動きが止まる。


アビーだった。


いつも通り。


玲にだけ聞こえるはずの声。


「そうだね」


玲は普通に答えた。


『でも、あの人たち嬉しそう』


「うん。レオンハルトが帰ってきたからじゃない?」


『じゃあ、レオンハルトってやっぱり人気あるんだ』


「……」


玲は思わずレオンハルトを見る。


「何だ?」


「いや……」


『玲、顔赤いよ』


「アビー!」


思わず声が大きくなる。


「……?」


レオンハルトが玲を見る。


グレンも見る。


騎士たちも見る。


玲は固まった。


「あ……」


何かがおかしい。


今までなら――


玲にしか聞こえていない。


なのに。


「……今」


グレンが辺りを見回した。


「何か聞こえませんでしたか?」


「え?」


玲の心臓が跳ねる。


レオンハルトが眉を寄せる。


「何がだ?」


「女性の声……のような」


玲はゆっくり足元を見る。


アビーが玲を見上げていた。


『……あれ?』


玲の顔から笑みが消える。


「アビー?」


『玲』


アビーが首を傾げた。


『今、私の声……聞こえた?』


「……うん」


『みんなにも?』


「……分かんない」


玲が周囲を見る。


グレンがアビーを見る。


「……その犬が?」


「アビーはチワワだよ」


「いや、そこではなく……」


そして――


アビーがもう一度口を開いた。


『こんにちは』


「…………」


「…………」


「…………」


辺境の城門が、静まり返った。


玲は目を見開く。


レオンハルトもアビーを見ている。


グレンは完全に固まっていた。


そして――


「今の声」


一人の騎士が呟いた。


「……聞こえました」


「俺にも」


「私にもです」


「……」


玲はゆっくりアビーを抱き上げた。


小さなチワワの身体を胸に抱く。


「アビー……」


『うん』


「今、みんなに聞こえたよね?」


『うん』


「なんで?」


『私に聞かれても分からないよ』


「だよね!」


玲が頭を抱える。


『でも……』


アビーが周囲を見る。


『玲だけじゃなくて、みんなと話せるようになったみたい』


「…………」


玲は絶句した。


異世界に来て、人間の言葉を話せるようになったアビー。


その能力が――


また変化した?


「アビー」


『なに?』


「もう一回、みんなに話しかけてみて」


『いいよ』


アビーは玲の腕の中から顔を出した。


『こんにちは。私はアビーです』


「「「…………」」」


騎士たちは口を開けたまま固まっている。


グレンが震える声を出した。


「……団長」


「なんだ」


「犬が……」


「聞こえている」


「喋っています」


「俺にも聞こえている」


「ですよね!?」


玲は思わず笑ってしまった。


「ふふっ……」


『玲、笑ってる場合じゃないよ』


「だって……」


『私もどうしてこうなったのか分からないんだから』


「そうだね」


レオンハルトが二人を見た。


正確には――


玲と、玲に抱かれているアビーを。


「アビー」


『はい』


「本当に人の言葉を話しているのか?」


『そうみたい』


「……」


レオンハルトが黙り込む。


「レオンハルト?」


「いや……」


しばらく考えたあと。


「驚いている」


「だよね」


『レオンハルトって、顔に出ないね』


「アビー!」


「……」


レオンハルトの眉が僅かに動いた。


「今のも聞こえたぞ」


「…………」


玲とアビーが同時に固まる。


『……玲』


「うん」


『これ、結構恥ずかしいね』


「私もそう思う」


「二人とも」


レオンハルトが呆れたように言った。


「全部聞こえている」


「……はい」


グレンがとうとう吹き出した。


「ははっ……!」


「グレン!」


「申し訳ありません!」


そう言いながらも、笑いが止まらない。


その時。


玲はふと、足元にいる雷電を見た。


「……あ」


玲が雷電の前にしゃがむ。


「じゃあ、雷電は?」


「?」


レオンハルトが玲を見る。


「雷電?」


玲は雷電をじっと見つめる。


「雷電も喋れる?」


「……」


雷電が玲を見つめ返す。


「ほら、アビーは喋れるようになったんだよ?」


「……」


「雷電も何か喋ってみて?」


雷電はしばらく玲を見たあと――


「ワンッ!」


「…………」


玲が固まる。


アビーが尻尾を振った。


『雷電、いつも通りだね』


「アビー!」


『だって、ワンって言っただけだよ』


「いや、そうだけど!」


グレンが口元を押さえる。


レオンハルトは視線を逸らした。


騎士たちは――


「……普通の犬だ」


「普通の犬ですね」


「よかった……」


「何が!?」


玲が叫ぶ。


「雷電だって、もしかしたら喋れるかもしれないじゃん!」


「ワン!」


『玲、諦めなよ』


「アビーまで!」


玲の足元で雷電が尻尾を振る。


まるで――


俺はこれでいい。


とでも言っているようだった。


「……まあ、雷電は雷電か」


玲が頭を撫でる。


「ワン」


『そうだよ』


「……アビー、通訳しなくていいからね?」


『えー』


騎士たちの間から、また笑い声が漏れる。


先ほどまでの緊張は、いつの間にか消えていた。


レオンハルトも小さく息を吐く。


「……とにかく」


団長の声に、騎士たちが姿勢を正す。


「俺たちは帰還した」


その一言で空気が変わった。


「はい!」


「お帰りなさいませ、団長!」


今度の声には、先ほどまでとは違うものがあった。


信頼。


安堵。


そして――


喜び。


玲はそれを見ながら、少しだけ胸が温かくなった。


ここが。


レオンハルトが守っている場所。


そしてこれから――


自分が暮らすことになる場所。


「玲」


「ん?」


「行くぞ」


レオンハルトが馬を進める。


「辺境伯への報告が先だ」


「あ……うん!」


玲はアビーを抱いたまま、馬から降りる。


「え?」


「どうした?」


「アビー、歩ける?」


『歩けるよ』


「じゃあ行こう」


玲がアビーをそっと地面に下ろす。


小さなチワワが玲の足元に寄り添う。


その横を雷電が歩く。


玲は二匹を見てから、前を向いた。


そして――


玲たちは、辺境の街へと入っていった。


***


街の中は、王都とはまるで違っていた。


建物は無骨で、石造りのものが多い。


道も華やかではない。


けれど、人々の生活がある。


店があり。


子どもたちが走り。


鍛冶屋からは金属を打つ音が響く。


そして、何より目につくのが――


騎士たちの姿だった。


「……ここが辺境」


玲が呟く。


『うん』


アビーが玲の足元で答える。


『王都よりずっと騒がしいね』


「そう?」


『人の声も、馬の音も、いろんな匂いもする』


「そっか」


玲は少し考えた。


異世界に来てから、アビーは人間の言葉を話せるようになった。


そして今日――


その声が、玲以外にも聞こえるようになった。


一体、アビーに何が起きているのだろう。


「アビー」


『なに?』


「あとでゆっくり話そう」


『うん』


玲は前を向いた。


今はまず――


自分たちのこれからを決めなければならない。


***


辺境伯の屋敷は、騎士団の詰所から少し離れた場所にあった。


立派ではある。


けれど王都の貴族屋敷のような華美さはない。


ここもまた、実用を重視した造りだった。


屋敷の前で馬を止める。


「……緊張してきた」


玲が呟く。


「心配するな」


レオンハルトが答える。


「辺境伯は話の分かる方だ」


「本当に?」


「ああ」


「私、ちゃんと挨拶できるかな」


「できる」


「即答……」


玲が苦笑する。


すると、足元から声がした。


『玲』


「ん?」


『私も一緒に行くよ』


玲はアビーを見る。


「うん」


『雷電も』


「もちろん」


「ワン」


雷電が尻尾を振る。


玲は少し笑った。


一人じゃない。


それだけで、少し心強かった。


レオンハルトが屋敷の扉を見る。


「行こう」


「うん」


グレンが先に扉へ向かう。


そして――


大きな扉が開かれた。


「辺境伯様がお待ちです」


玲は一度、深呼吸した。


王都を出て。


追手から逃げて。


長い旅をして。


ようやく辿り着いた。


ここからは――


逃げるための旅ではない。


自分が、この世界で生きていくための場所を決める。


玲はアビーを見た。


アビーも玲を見上げる。


『玲』


「うん?」


『大丈夫だよ』


「……うん」


玲は頷いた。


そしてレオンハルトの隣に並ぶ。


その先に待っているのは――


辺境を治める男。


アルベルト・フォン・グランヴァルト辺境伯。


玲の異世界での新しい生活は、ここから始まる。


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