第14話 後編 追いついた騎士
「……ねえ」
玲は森の奥を見つめた。
――ガサッ。
また枝が揺れる。
レオンハルトがすぐに剣の柄へ手を添えた。
「下がっていろ」
「うん」
玲が一歩下がる。
雷電は玲の前へ出た。
「ワン……」
アビーも玲の足元へ寄る。
『何か来るよ』
「魔物?」
『……たぶん違う』
その直後。
「――レオンハルト団長!」
森の奥から、男の声が響いた。
レオンハルトの眉が動く。
「……この声は」
木々の間から、一人の騎士が姿を現した。
長身の男だった。
使い込まれた鎧を身につけ、腰には剣。
長旅の疲れが少し滲んでいる。
けれど、こちらを見つけた瞬間、その表情が明るくなった。
「やっと見つけました!」
男はレオンハルトの前まで歩いてくる。
「……グレン」
「ご無事で何よりです、レオンハルト団長!」
レオンハルトが剣から手を離す。
「お前一人か?」
「はい」
グレンは周囲を確認するように視線を巡らせた。
「他の者たちは?」
「先に辺境へ向かわせました」
「そうか」
レオンハルトが頷く。
「よく追いついたな」
「追いついたというより……」
グレンが苦笑する。
「団長がどこへ向かったのか、ようやく見当がついた、と言った方が正しいでしょう」
「それで?」
「辺境へ向かっていると分かりまして」
グレンはレオンハルトを見る。
「まったく。急に王都を離れたと思ったら、連絡も寄越さないんですから」
「必要がなかった」
「団長……」
グレンが呆れたようにため息をつく。
その時。
「……ワン」
グレンが振り返った。
視線の先にいるのは雷電。
「……?」
雷電はじっとグレンを見上げている。
グレンも雷電を見る。
「なんだ?」
「ワン……」
雷電の目が細くなる。
玲はその様子を見て、嫌な予感がした。
「雷電?」
「ワフ」
アビーが雷電の横に並ぶ。
『雷電』
「ワン」
『また雄が増えたね』
「ちょっと!」
玲が慌てて止める。
「アビー!」
グレンが眉を寄せる。
「……今、何か言ったか?」
「気にしないで」
「そうですか?」
グレンは首を傾げた。
雷電はまだグレンをじっと見ている。
「……ワン」
まるで、
『また男か』
とでも言いたげな顔だった。
玲は頭を抱える。
「もう……」
すると、レオンハルトが小さく息を吐いた。
「雷電。グレンは気にしなくていい」
「ワン」
「だから、その返事は何なの?」
玲が雷電を見る。
グレンは不思議そうに雷電を見つめていた。
「……この犬は、玲の?」
「うん。雷電。私の相棒」
「そうですか」
グレンがしゃがみ込み、雷電と目線を合わせる。
「俺はグレン・ハルトマン。辺境騎士団の副団長だ」
「……」
雷電は無言。
グレンが手を差し出す。
「よろしくな」
「……ワフ」
一応、挨拶は返した。
玲はほっとする。
「よかった……」
『玲』
「なに?」
『雷電、まだ納得してないよ』
「聞こえてるから!」
グレンが困ったように笑った。
「……随分と賑やかですね」
「いつもこんな感じだ」
レオンハルトが淡々と答える。
「そうですか」
グレンが玲を見る。
「では、改めまして。私はグレン・ハルトマン。辺境騎士団の副団長を務めています」
「玲です」
玲も頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
グレンは一瞬、玲の姿を確認するように見た。
そして、レオンハルトへ視線を戻した。
「……なるほど」
「何がだ?」
「いえ」
グレンが意味ありげに笑う。
「なんでもありません」
「……」
レオンハルトの目が細くなる。
玲には、その二人のやり取りの意味が分からない。
「?」
その時だった。
グレンの表情が変わった。
「団長」
「なんだ?」
「王都の件です」
玲の表情が強張る。
「……王都?」
グレンは頷いた。
「はい」
そして玲を見る。
「王都では、すでに玲が王城から姿を消したことが知られています」
「……やっぱり」
玲の胸が重くなる。
「私を探してるんだよね」
「はい」
グレンの返事は迷いがなかった。
「王家から正式に捜索命令が出ています」
「……」
玲は唇を噛む。
やっぱり。
あのまま王城に戻っていたら、何をされていたか分からない。
「ただし」
グレンが続けた。
「王家から出された命令には、少々妙なところがあります」
「妙?」
レオンハルトが聞き返す。
「はい」
グレンは声を落とした。
「玲を『保護するように』という命令ではありますが……その理由が明確にされていません」
玲が顔を上げた。
「え?」
「王家が何故そこまで玲を探しているのか。こちらには詳しい情報が届いていません」
「……じゃあ」
玲の声が震える。
「私を捕まえて、何をするつもりなのかも分からない?」
「そういうことです」
玲の背筋が冷たくなる。
レオンハルトが玲を見る。
「だからこそ、辺境へ急いでいる」
「レオンハルト……」
「辺境騎士団の管轄へ入れば、王都の騎士が勝手に玲を連れていくことはできない」
グレンも頷く。
「その通りです」
そして少しだけ表情を緩めた。
「だから、私も団長を追ってきました」
「グレン……」
「団長一人に任せておけませんからね」
「俺一人でも問題ない」
「そういうところですよ」
グレンが即座に返す。
「団長は昔から何でも一人で片付けようとする」
「……」
レオンハルトが黙る。
玲は思わず笑ってしまった。
「ふふっ」
二人が玲を見る。
「あ、ごめん」
「何がおかしい?」
レオンハルトが尋ねる。
「いや……」
玲は笑いを堪えながら答えた。
「レオンハルトって、やっぱりそういう人なんだなって」
「……」
レオンハルトが微妙な顔をする。
グレンが吹き出した。
「ははっ! 玲、よく分かっていらっしゃる!」
「グレン」
「はい」
「余計なことを言うな」
「承知しました」
全く反省していない顔だった。
そんな二人を見ていた雷電が、
「……ワフ」
と小さく鳴いた。
アビーが雷電を見る。
『どうしたの?』
「ワン」
『ああ……』
アビーが玲を見る。
『男の人がまた増えたって言ってる』
「雷電!」
玲の声が森に響いた。
「今はそれどころじゃないでしょ!」
「ワン……」
雷電が少しだけ目を逸らす。
グレンが笑いを堪えている。
「……なんだか、面白い犬ですね」
「でしょ?」
玲が胸を張る。
「私の相棒だから」
レオンハルトが玲を見る。
ほんの少しだけ、表情が柔らかくなった。
「……そろそろ出発するぞ」
「うん」
グレンが周囲を確認する。
「ここに長居するのは危険です」
「追手か?」
「はい」
グレンの顔が引き締まる。
「王家の騎士たちは、まだこの辺りを探しているでしょう」
「……そっか」
玲は自分の馬へ近づいた。
手綱を握る。
レオンハルトも馬に乗る。
グレンも自分の馬へ跨った。
「グレン」
「はい」
「辺境まで、どれくらいだ?」
「このまま進めば、そう遠くありません」
グレンが前方を見る。
「他の騎士たちは先に向かっています。辺境へ到着すれば、団長を出迎える準備もできているでしょう」
「そうか」
玲は少しだけ安心した。
一人じゃない。
レオンハルトだけじゃない。
辺境には、味方になってくれる騎士たちがいる。
それが、今の玲には心強かった。
「じゃあ、行こう」
玲が馬に乗る。
レオンハルトが玲の横へ並んだ。
グレンは二人の少し後ろにつく。
そして、森の向こうへ目を向けた。
「……急ぎましょう」
「何かあるの?」
玲が聞く。
グレンは少しだけ振り返った。
「いえ」
そう答えたものの、その表情には僅かな緊張が残っていた。
「ただ……王都が動いている以上、辺境へ着くまでは油断できません」
「うん」
玲は頷いた。
レオンハルトが手綱を握る。
「行くぞ」
「うん!」
玲たちは、それぞれの馬に跨り、再び辺境を目指して走り出した。
王都からの追手を振り切りながら。
玲はまだ知らない。
この先に待っている辺境が――
自分の人生を大きく変える場所になることを。
そして。
そこで出会う人々との縁が、レオンハルトにとっても、玲にとっても、これからの人生を大きく変えていくことを。
――第十四話 後編 終――




