第13話 後編 のんびり旅と、小さな異変(魔物と、迫る気配)
――ガサッ。
草むらが大きく揺れた。
玲は思わずレオンハルトの背中を見る。
「レオンハルト……」
「下がっていろ」
レオンハルトが剣を抜いた。
その瞬間――
草むらから、大きな影が飛び出した。
「きゃっ!」
玲が声を上げる。
現れたのは、狼に似た魔物だった。
ただし、その身体は普通の狼より一回りも二回りも大きい。
鋭い牙を剥き出しにし、こちらを睨みつけている。
「魔物……!」
レオンハルトが構える。
「玲、馬から離れろ!」
「う、うん!」
玲が慌てて馬から降りる。
その前に雷電が立った。
「雷電!」
雷電は低く唸りながら魔物を睨みつける。
アビーも玲の足元から飛び出した。
『玲、下がって!』
「アビーも無理しないで!」
魔物が唸り声を上げる。
次の瞬間――
地面を蹴った。
「来る!」
レオンハルトが前へ出る。
ガキィン!
魔物の牙と剣がぶつかった。
「くっ……!」
レオンハルトが踏ん張る。
魔物の力は想像以上に強い。
「レオンハルト!」
「大丈夫だ!」
そう言ったものの、押されている。
「雷電!」
玲が叫ぶ。
「ワン!」
雷電が地面を蹴った。
魔物の横へ回り込み、足元に噛みつく。
「グルァッ!」
魔物が体勢を崩す。
「今だ!」
レオンハルトが剣を振り抜いた。
――ザシュッ!
魔物が地面に倒れた。
しばらくして、動かなくなる。
「……終わった?」
玲が恐る恐る近づく。
レオンハルトが魔物を確認する。
「ああ。もう大丈夫だ」
「よかったぁ……」
玲はその場にへたり込んだ。
「怖かった……」
「無理もない」
レオンハルトが剣を収める。
「怪我は?」
「ないよ」
「本当に?」
「うん。大丈夫」
レオンハルトは玲の姿を確認すると、ほっとしたように息を吐いた。
「……ならいい」
その声に、玲は少しだけ胸が温かくなる。
「レオンハルトは?」
「俺は大丈夫だ」
そう答えたレオンハルトの手の甲から、一筋の血が流れているのが見えた。
「……大丈夫じゃないじゃん」
「これくらい、怪我のうちに入らない」
「ダメ。血が出てる」
玲はレオンハルトの手を取った。
「ちょっと見せて」
「玲?」
「じっとしてて」
玲はマジックバッグから救急セットを取り出した。
傷口を綺麗にして、消毒する。
「しみる?」
「これくらい平気だ」
「強がらなくていいの」
「強がっているつもりはないが……」
玲は小さな絆創膏を貼った。
「はい。これでよし」
レオンハルトは自分の手を見る。
「……これだけか?」
「これだけって何よ」
「いや……」
レオンハルトが少し困ったような顔をする。
「ありがとう」
「どういたしまして」
玲は笑った。
その様子を少し離れたところから見ていたアビーが、雷電の方を振り返る。
『ねえ、雷電』
「ワン」
『玲、もう完全にレオンハルトのこと心配してるよね』
「ワフ」
『やっぱり?』
二匹が顔を見合わせる。
『これは順調かも』
「ワン」
「ちょっと! 聞こえてるから!」
玲が二匹を睨む。
アビーは知らん顔で毛づくろいを始めた。
「もう……」
玲はため息をつく。
すると、レオンハルトが小さく笑った。
「仲がいいな」
「そうなの。二人とも私をからかってくるの」
「そうか」
「レオンハルトも笑わないでよ」
「すまない」
そう言いながら、レオンハルトはまた笑った。
その表情を見て、玲も自然と笑ってしまう。
魔物との戦いの緊張が、少しずつ解けていった。
「じゃあ、今日はここで休もうか」
「そうだな」
レオンハルトが辺りを見回す。
「日が落ちる前に野営の準備をしよう」
「賛成!」
玲はマジックバッグを開いた。
「今日の晩ご飯、何にしようかなぁ」
「……また妙なものを出すのか?」
「妙って言わないでよ!」
玲の明るい声が街道に響く。
その夜。
焚き火を囲みながら、玲たちは遅めの夕食を取っていた。
昼間の魔物騒ぎが嘘のように、穏やかな時間だった。
玲は温かいスープを飲みながら、ふと空を見上げる。
満天の星。
王城にいた頃には、こんなふうにゆっくり星を見る余裕なんてなかった。
「綺麗……」
「そうだな」
隣からレオンハルトの声がする。
玲は横を見る。
「辺境に行ったら、もっと綺麗な星が見えるかな?」
「ああ。王都より空気も澄んでいる」
「楽しみだなぁ」
玲は笑った。
「辺境に着いたら、まず冒険者ギルドに行かないとね」
「身分証なら王都で作っただろう?」
「うん。でも、辺境のギルドでも登録の確認とか必要なんじゃないかな」
玲が笑う。
その穏やかな時間を――
一匹の鳥が横切った。
バサッ、バサッ。
アビーが突然、顔を上げた。
『……?』
雷電も耳を動かす。
「ワン……」
「どうしたの?」
玲が二匹を見る。
アビーはしばらく遠くを見つめていた。
『……何かいる』
「昼間の魔物?」
『違う』
アビーの声が低くなる。
『もっと遠く。でも……人間』
レオンハルトも立ち上がった。
「人間?」
「何か分かる?」
玲が尋ねる。
レオンハルトは目を細め、街道の先を見た。
「……まだ分からない」
その時。
風に乗って、かすかな音が聞こえてきた。
馬の蹄の音。
――パカッ……パカッ……。
一頭ではない。
複数。
玲の胸がざわついた。
「……まさか」
レオンハルトが焚き火を消す。
「全員、静かに」
玲は息を潜める。
遠くの暗闇に、いくつもの灯りが見え始めた。
松明。
そして――
先頭の馬に掲げられた旗。
月明かりに照らされ、その紋章が浮かび上がる。
王家の紋章。
玲の顔から血の気が引いた。
「……王家?」
レオンハルトは黙って頷く。
アビーが玲の足元に寄り添った。
『玲……』
雷電も低く唸る。
「……私を探してる?」
玲の呟きに、レオンハルトは答えなかった。
ただ、静かに剣へ手を添える。
遠くから、馬の蹄の音が近づいてくる。
――パカッ。
――パカッ。
玲たちの穏やかな旅は、ここで終わりを告げようとしていた。
そして王家の使者は、確実に玲たちへ近づいていた。
――第十三話 後編 終――




