第11話 後編 初めての野宿
辺りが暗くなり始めた。
森の中に差し込んでいた夕日の光も、少しずつ消えていく。
「今日はここで休む」
レオンハルトさんがそう言った。
「ここで……?」
「ああ」
私は周囲を見回した。
木。
地面。
草。
そして――何もない。
「……寝る場所は?」
「地面だ」
「…………」
私はレオンハルトさんを見る。
「地面?」
「そうだ」
「布団とかは?」
「ない」
「テントは?」
「ない」
「…………」
私はスマホを見る。
【異世界通販】
その文字が輝いて見える。
「……ありますよ」
「何がだ?」
「テント」
「…………」
レオンハルトさんの眉がわずかに動いた。
「玲」
「はい」
「君はテントを持っているのか?」
「今から買います」
「今から?」
「はい」
「…………」
私はスマホを操作する。
異世界モード。
異世界通販。
検索欄に、
キャンプ用品
と入力。
「うわ……」
商品がずらっと表示された。
テント。
ランタン。
寝袋。
折りたたみ椅子。
調理器具。
簡易コンロ。
食器。
その他にも、見たことのあるものがいろいろある。
「……何でもある」
『玲』
「うん」
『買いすぎないでね』
「分かってるって」
『本当?』
「本当」
私は商品を一つずつ確認していく。
まずはテント。
大人一人と犬二匹が寝られるくらいのサイズ。
「これかな」
次に寝袋。
「これも必要」
ランタン。
「夜、真っ暗だと困るよね」
簡単な調理器具。
「ご飯も作らないと」
そして――
「……あ」
私は手を止めた。
画面を見つめる。
「レオンハルトさんの分もいるよね」
私は振り返った。
「レオンハルトさん」
「何だ?」
「テント、一人用も買いますね」
「…………」
「寝袋も」
「……待て」
「はい?」
「なぜ私の分まで?」
「え?」
私はきょとんとした。
「だって、レオンハルトさんも寝るじゃないですか」
「私は野営には慣れている」
「でも地面で寝るんですよね?」
「ああ」
「嫌です」
「……なぜ君が嫌がる?」
「いや、だって……」
私は少し考える。
「一緒に旅してるのに、一人だけ地面で寝るって変じゃないですか?」
「……」
「それに、レオンハルトさんが風邪ひいたら困ります」
「私が?」
「はい」
「なぜ?」
「辺境まで連れて行ってもらわないといけないから」
「…………」
レオンハルトさんが黙った。
「何ですか?」
「いや……何でもない」
なんだろう。
妙に変な顔をしている。
私は気にせず商品を選んだ。
「よし。二人分のテントと寝袋」
『玲』
「何?」
『レオンハルトさん、ちょっと嬉しそう』
「え?」
私はレオンハルトさんを見る。
「……普通の顔じゃない?」
『そう?』
「そうだよ」
『玲は鈍いわね』
「何が?」
『何でもない』
「……?」
私は首を傾げた。
そして、さらに必要なものを選んでいく。
ランタンは一つ。
調理器具も共有できる。
食器は二人分。
犬たちの水入れも。
「これくらいかな」
私は購入手続きを進める。
「……結構するな」
思わず値段を見て呟く。
でも、旅はまだ続く。
野宿することも増えるだろう。
だったら、最初に揃えておいたほうがいい。
「よし」
購入ボタンを押す。
「……購入!」
タップ。
数秒後。
目の前に次々と商品が現れた。
「…………」
レオンハルトさんが固まった。
当然だ。
私だって、初めて見た時は固まった。
「……玲」
「はい」
「今、何をした?」
「買いました」
「何を?」
「キャンプ用品です」
「…………」
レオンハルトさんの視線が、地面に並んだ荷物へ移る。
テント。
寝袋。
ランタン。
調理器具。
食器。
その他いろいろ。
「……これだけの物を?」
「はい」
「どうやって持ってきた?」
「…………」
私は自分のバッグを見る。
いつも使っている散歩袋。
雷電とアビーの散歩に持っていくために使っていた、小さなショルダーバッグ。
……見た目は。
私はバッグを開けた。
そして――
テント。
寝袋。
ランタン。
調理器具。
食器。
全部入れる。
入った。
普通に。
まだ余裕がある。
「…………」
レオンハルトさんを見る。
「…………」
レオンハルトさんも私を見る。
「……何ですか?」
「いや」
「何か言ってくださいよ」
「……その袋は?」
「散歩袋です」
「…………」
「犬の散歩に使うやつです」
「……その袋に、今の荷物が全て入ったように見えたが?」
「…………」
私はバッグを閉じた。
「気のせいです」
「気のせいではないと思うが」
「…………」
アビーが私の足元にやってくる。
『玲』
「何?」
『それ、誤魔化せてないわよ』
「……分かってる」
雷電もバッグを覗き込む。
「ワン」
(何でも入るな)
「雷電まで!」
「ワン」
(事実だ)
「もう……」
私はバッグを肩に掛けた。
レオンハルトさんは何も言わなかった。
ただ、じっと私を見ている。
「……レオンハルトさん?」
「玲」
「はい」
「その力のことは、誰かに話したか?」
「……いいえ」
「王城では?」
「話してません」
「冒険者ギルドでは?」
「それも……」
私は首を横に振る。
「話してません」
レオンハルトさんが黙る。
「……そうか」
そして、焚き火を作る場所へ視線を移した。
「なら、今後も話さないほうがいい」
「……え?」
胸の奥が、少しだけざわついた。
「危険だからだ」
「……やっぱり?」
「ああ」
レオンハルトさんがこちらを見る。
「君はすでに、王家から命を狙われている」
その言葉に、胸がきゅっとなる。
「そんな君が、さらに他人には理解できない力を持っていると知られたら……」
レオンハルトさんは一度言葉を止めた。
「王家が君を放っておくとは思えない」
「…………」
私はスマホを握った。
確かにそうだ。
異世界通販。
異世界銀行。
アイテム収納。
マップ。
翻訳。
ステータス。
私自身、いまだにこの力が何なのか分かっていない。
そんなものを王家が知ったら。
また捕まえられるかもしれない。
利用されるかもしれない。
今度こそ、逃げられないかもしれない。
「……分かりました」
私は小さく答えた。
「誰にも言いません」
「そうしてくれ」
レオンハルトさんはそう言った。
でも、その表情が少し苦しそうに見えた。
「レオンハルトさん?」
「何だ?」
「……何か、心配ですか?」
「いや」
「嘘」
「……」
レオンハルトさんが黙る。
「私、こういう顔には気づくんですよ」
「どういう顔だ?」
「困ってる顔」
「……そうか」
レオンハルトさんが小さく息を吐いた。
「君の力が怖いわけではない」
「……え?」
「便利な力だと思っている」
少しだけ意外だった。
「なら……」
「だが」
レオンハルトさんの声が低くなる。
「便利だからこそ、危険なんだ」
「…………」
「もし、その力を持っていることが知られれば、君を利用しようとする者が現れる」
「……」
「王家だけとは限らない」
私はスマホを見る。
「だから、隠したほうがいい」
「はい」
私は頷いた。
レオンハルトさんは焚き火を見つめる。
しばらく沈黙が続いた。
そして私は、ふと気づいた。
「……でも」
「何だ?」
「レオンハルトさんには、知っておいてもらったほうがいいですよね」
「……」
「私、スマホで色々買えるし、収納もできます」
「……ああ」
「これから旅をするなら、何かあった時に説明できないと困るし」
「それはそうだな」
「だから……」
私はレオンハルトさんを見る。
「秘密にしてくれますか?」
レオンハルトさんの目が、まっすぐ私を見る。
「もちろんだ」
迷いのない返事だった。
「君の許可なく、誰かに話すつもりはない」
「……ありがとうございます」
私はほっと息を吐いた。
「これで安心しました」
その言葉に、レオンハルトさんの表情が一瞬だけ変わった。
「……そうか」
何かを考えるように視線を逸らす。
私は気づかず、テントを取り出した。
「じゃあ、テント張りましょう!」
「ああ」
まずは私たちのテント。
大人一人と犬二匹が寝られるサイズだ。
広げていく。
「こうかな?」
「そこを持て」
「はい」
「反対側を――」
「はい!」
二人で組み立てていく。
思ったより簡単だった。
あっという間に完成。
「できた!」
私は満足げにテントを見る。
次はレオンハルトさんの一人用テント。
「こっちも」
「私がやろう」
「え?」
「君は休んでいろ」
「でも――」
「私はこういうことには慣れている」
「……じゃあお願いします」
レオンハルトさんは手際よくテントを組み立てていく。
「早……」
さすが騎士団長。
野営にも慣れているらしい。
テントが完成した。
「これでよし」
「すごいですね」
「これくらいはな」
私はレオンハルトさんのテントを見る。
ちゃんと一人で寝られる。
寝袋もある。
「よかった」
「何がだ?」
「レオンハルトさんの分も買って」
「……」
「だって、私たちだけ快適でレオンハルトさんだけ地面って変じゃないですか」
「…………そうだな」
また、少し変な顔。
「何です?」
「いや……」
レオンハルトさんが視線を逸らす。
「ありがとう」
「……?」
「何ですか、急に」
「礼を言っただけだ」
「そうですか」
私は首を傾げながら、ランタン小さくつけた。
明かりが灯る。
周囲が柔らかく照らされた。
「……快適」
アビーがテントの中を覗き込む。
『玲、これが野宿?』
「たぶん」
『野宿って、もっと大変なものじゃないの?』
「私もそう思う」
雷電もテントの中へ入ってくる。
「ワン」
(悪くない)
「雷電、気に入った?」
「ワン」
(まあな)
「素直じゃないなぁ」
『雷電はいつも素直じゃないわよ』
「アビー、それ本人の前で言わないの」
「ワン!」
(聞こえてるぞ)
「……ふふ」
私は笑った。
そして、テントの外を見る。
焚き火の向こうには、レオンハルトさんがいる。
私と犬たちのテント。
その隣に、レオンハルトさんのテント。
それだけなのに――
なんだか、本当に旅をしているんだなと思った。
「レオンハルトさん」
「何だ?」
「ご飯にしましょう」
「ああ」
私は買ったばかりの調理器具を取り出した。
簡単な食事を作り、二人で食べる。
雷電とアビーにもご飯をあげる。
いつもの散歩袋から、必要なものが次々と出てくる。
そのたびにレオンハルトさんの視線を感じたけれど――
もう何も言わなかった。
食事を終えると、私は寝袋へ入った。
「……あったかい」
『玲』
「何?」
『快適ね』
「うん」
『これ、本当に野宿?』
「……私も分からなくなってきた」
私は小さく笑った。
雷電が丸くなり、アビーも私の隣へ来る。
外では焚き火がパチパチと音を立てている。
王都を出て三日。
まだ辺境までは遠い。
王家が私を探している。
これから何が起こるのかも分からない。
それでも。
今は、少しだけ安心できた。
雷電がいる。
アビーがいる。
そして――
レオンハルトさんもいる。
私は目を閉じた。
その頃。
自分のテントに入ったレオンハルトは、しばらく眠れずにいた。
脳裏に浮かぶのは、あの小さな散歩袋。
そこへ次々と消えていったキャンプ道具。
あり得ない収納量。
そして、何もないところから品物を手に入れた玲の姿。
「…………」
騎士団長としてなら、警戒すべきだ。
玲の力は、あまりにも未知数だ。
もし悪用すれば、どれほどのことができるのか。
想像すらつかない。
だからこそ――
王家に知られてはいけない。
他の者にも知られてはいけない。
それは、玲自身を守るためだ。
「……だが」
レオンハルトは目を閉じる。
玲は、あの力を自分に見せた。
そして――
秘密にしてほしいと頼んだ。
信頼されている。
そう思うと、胸の奥がわずかに熱くなる。
「……守らなければならないな」
それが騎士としての責任なのか。
それとも――
別の感情なのか。
レオンハルト自身にも、まだ分からなかった。
ただ一つだけ確かなことがある。
玲を王家へ戻すつもりはない。
この先、何があったとしても。
レオンハルトは静かに目を閉じた。
こうして、異世界へ来て初めての野宿の夜が更けていった。




