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愛犬たちと異世界辺境スローライフ~王家から逃げたアラサー女子、スマホ通販で快適生活~  作者: 紅しょうが


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第10話 いざ、辺境へ


 王都を離れ、辺境へ向かうことになった私たちは、朝早くから出発の準備をしていた。


 とはいっても、私が何か特別なことをするわけじゃない。


 必要な荷物はバッグに詰めてある。


 雷電とアビーの食事や水も準備した。


 これで大丈夫。


 ……たぶん。


「玲」


「はい?」


 レオンハルトさんに呼ばれて振り向く。


「そろそろ行くぞ」


「はい!」


 私は元気よく返事をした。


 そして――


「……あれ?」


 目の前にいるものを見て、足が止まる。


「馬?」


「そうだ」


 そこには二頭の立派な馬がいた。


「……辺境まで?」


「当然だろう」


「歩いていくんじゃないんですか?」


「なぜそう思った?」


「いや……」


 だって、異世界の旅って言ったら、徒歩のイメージだったんだもん。


 私は馬をじっと見る。


 大きい。


 思っていた以上に大きい。


「……私、馬に乗ったことないんですけど」


「そうなのか?」


「はい」


 レオンハルトさんが少し意外そうな顔をする。


「乗れないのか?」


「乗れません」


「……」


「でも」


 私は少しだけ胸を張った。


「ポニーなら子供の頃に乗ったことあります!」


「…………」


 沈黙。


「何ですか?」


「いや……」


 レオンハルトさんが馬を見る。


 そして私を見る。


「ポニーと馬は違うぞ」


「分かってますよ!」


 思わずムッとする。


「でも、乗ったことがあるのは本当です!」


「それは分かった」


 レオンハルトさんの口元が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。


「笑いました?」


「笑っていない」


「今、絶対笑いましたよね?」


「気のせいだ」


「……」


 なんだか納得いかない。


 その時。


「ワン!」


 雷電が鳴いた。


「雷電?」


 振り向くと、雷電が馬を見上げていた。


「どうしたの?」


「ワン」


 ――こいつに乗るのか?


「たぶんね」


「ワン……」


 雷電が微妙な顔をする。


「大丈夫だって」


 私はしゃがんで雷電の頭を撫でた。


「レオンハルトさんが一緒だから」


「ワン」


 ――俺は歩いてもいいぞ。


「ダメ。辺境まで何日あると思ってるの」


「ワン……」


 ――そうか。


 雷電は諦めたように座り込んだ。


 その様子を見ていたアビーが私の足元にやってくる。


『雷電、嫌そうね』


「うん」


『馬、怖いのかしら?』


「どうだろう」


『でも、籠よりはいいんじゃない?』


「……籠?」


『犬用の籠に入れて運ばれるより』


 私は想像してみる。


 籠の中で不機嫌そうな雷電。


「……それは絶対嫌がるね」


『でしょう?』


「雷電、籠に入れられるのと馬に乗るの、どっちがいい?」


「ワン!」


 即答だった。


「馬ね」


『でしょうね』


「じゃあ決まり」


 私は立ち上がった。


 レオンハルトさんが雷電を見る。


「雷電は俺の馬に乗せる」


「え?」


「俺のほうが馬に慣れている。後ろに乗せておけばいい」


 確かに。


 私が雷電まで面倒を見るより、そのほうが安心だ。


「お願いします」


「分かった」


 レオンハルトさんが雷電を抱き上げる。


「ワン!」


 ――おい。


「雷電、大丈夫?」


「ワン……」


 ――仕方ない。


 レオンハルトさんの馬の後ろに雷電を乗せる。


 思ったより大人しい。


「雷電、いい子だね」


「ワン」


 ――当然だ。


『玲』


「ん?」


『雷電、ちょっと得意げ』


「やっぱり?」


 私は笑ってしまう。


 そして次は――私。


「……」


 目の前の馬を見る。


 大きい。


 やっぱり大きい。


「玲」


「はい」


「乗れるか?」


「…………」


「玲?」


「……無理かもしれません」


「ポニーには乗ったことがあるんだろう?」


「子供の頃です!」


「そうだったな」


 レオンハルトさんが馬の横に立つ。


「足をここに」


「はい」


「手綱を持って」


「はい」


「怖がらなくていい」


「怖いです!」


「馬は何もしない」


「でも馬ですよ!?」


「……」


 レオンハルトさんが黙った。


 アビーが私の足元から私を見上げている。


『玲』


「何?」


『頑張って』


「他人事だと思って……」


『私は抱っこされてればいいから』


「……」


 確かに。


 私はアビーを抱き上げる。


 ふわっとした身体を胸元に抱きしめた。


「アビーはここね」


『うん』


「落ちないようにちゃんと掴まっててね」


『分かった』


 私はアビーを抱いたまま、馬に近づく。


 レオンハルトさんが手を差し出した。


「ほら」


「……お願いします」


 私はその手を借りて、なんとか馬にまたがった。


「……乗れた」


 自分でも驚く。


「乗れた!」


『乗れたわね』


「アビー、もっと喜んで!」


『玲、子供みたい』


「いいじゃん!」


 思わず笑う。


 レオンハルトさんが私を見る。


「では、行くぞ」


「はい!」


 レオンハルトさんが先に馬を進める。


 雷電もその後ろ。


 私はアビーを抱っこしたまま、ゆっくり馬を歩かせる。


「……おお」


 馬が一歩進む。


「……おおお」


 もう一歩。


「すごい!」


 思っていたより高い。


 景色が全然違って見える。


 そして何より――


 ちゃんと進んでいる。


「玲、手綱を引きすぎるな」


「はい!」


「力を抜け」


「はい!」


「前を見ろ」


「はい!」


「そんなに緊張しなくても大丈夫だ」


「だって初めてなんですよ!」


 レオンハルトさんが振り返る。


「ポニーには?」


「だから子供の頃に一回だけですって!」


 また、口元が少し緩んだ。


「……笑いましたよね?」


「笑っていない」


「絶対笑ってる!」


「玲」


「はい?」


「前を見ろ」


「……はい」


 私は渋々前を向いた。


 その時、アビーが私の腕の中で小さく動いた。


『玲』


「ん?」


『楽しそうね』


「……うん」


 王城を出て。


 命を狙われていると知って。


 これから先、どうなるのかも分からない。


 それでも――


 今は少しだけ、楽しい。


 私は前を走るレオンハルトさんを見る。


 その後ろには雷電。


 私の腕の中にはアビー。


 そして、その先には――


 私たちがこれから向かう辺境がある。


「……行こう」


 小さく呟く。


 アビーが顔を上げた。


『うん』


 雷電が振り返る。


「ワン!」


 ――行くぞ。


「うん!」


 私は手綱を握り直した。


 王都を離れ、私たちは辺境へ向けて旅を始めた。


 馬の蹄が街道を踏み鳴らす。


 一歩。


 また一歩。


 遠ざかっていく王都を振り返ることはなかった。


 もう、戻るつもりはない。


 私には――


 雷電とアビーがいる。


 そして今は、一緒に辺境を目指してくれるレオンハルトさんもいる。


「辺境って、どんなところなんだろうね」


『楽しみね』


「雷電は?」


「ワン」


 ――飯があればどこでもいい。


「……雷電らしい」


 私は笑った。


 こうして私たちの旅は始まった。


 王家から逃げたアラサー女子と、二匹の愛犬。


 そして一人の騎士団長。


 目指すは――


 王都から遠く離れた、辺境。


 そこにどんな生活が待っているのか。


 この時の私は、まだ知らなかった。

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