明るすぎる星
Webブラウザで楽しめるARG(代替現実)ゲームとして開発した「コンセプトカフェ ステラリウム」のサイドストーリー。
ゲームをクリアした後に読んでいただくと、より楽しめるはずです。
https://celadon-strudel-70d511.netlify.app/
すばるは、「卒業」という言葉が嫌いだった。
卒業は、前へ進む人のための言葉だ。
花束を抱えて、泣きながら笑って、また会おうねと言える人のためのものだ。
ほのかは前へ進んだわけではない。会おうと言っても、もう会えない。
だから二〇二五年三月、ひかりが告知文を見せたとき、すばるは最初の一行でスマートフォンを伏せた。
《キャスト「ほのか」卒業のお知らせ》
「やだ」
「すばる」
「やだって。出さなくてよくない?」
営業後の店内に、すばるの声が響いた。
「ブログだけ置いとけばいいじゃん。月一回でいいから更新しよ。あたし書くよ。今度は間違えない。誕生日も、曜日も、ちゃんと確認するから」
「そういう問題じゃない」
みおが言った。
「じゃあ何の問題なの」
「ほのかの時間を、私たちが勝手に進め続けること」
「止めたら死んじゃうじゃん!」
声にしてから、すばるは自分の言葉の残酷さに気づいた。
るなが泣き出した。
ひかりは何も言わなかった。
ほのかが亡くなったあとも、ブログを三ヶ月続けた。
最初の一週間は、予約済みの記事が残っていた。誰も止められなかった。二十一時になると、生きていたときと同じように記事が公開された。
《あけましておめでとう!》を書いたのはひかりだった。
その記事についた「嘘つき」というコメントを、すばるは十回読んだ。
反論を書いては消した。
何も知らないくせに。
これは嘘じゃない。
ほのかちゃんが楽しみにしてたんだから。
じゃあ今は、誰のために書いているの。
最後の問いだけが消せなかった。
「ステラだっているじゃん」
すばるはカウンターの隅に置かれた、星型の小さな端末を指した。サイトのチャットボットと同じ顔が描いてある。
「ほのかちゃんの言葉でしゃべってる。ステラはずっといてよくて、ブログはダメなの?」
「ステラは、新しいことを言わない」
ひかりが静かに答えた。
「私たちは、ほのかに新しい言葉を言わせ続けてる」
「いいじゃん」
「よくない」
「なんで!」
「間違えるからです!」
ひかりが初めて声を荒らげた。
「私たちは、ほのかなら何を好きになるか、来年どんな言葉を使うか、もう知ることができない。ずっと二年前のあの子を、私たちの都合で動かすことになる。それは——」
ひかりはそこで言葉を切った。
店の時計が、二十一時を指していた。
何も投稿されない二十一時だった。
すばるは椅子を蹴るように立ち、店を出た。
夜の駅前を歩いた。コンビニのラジオから、昔のアイドル曲が流れていた。
ほのかが好きだった曲だ。
高校の文化祭で、五人で振り付けを覚えた。ほのかは誰より下手で、すばるは誰より大げさに踊った。病室でも小さく手だけ動かして、二人で笑った。
すばるはコンビニの前でしゃがみ込んだ。
曲が終わるまで泣いた。
翌日、病院のあった場所へ行った。
建物は何も変わっていない。面会受付の前を、知らない人たちが通り過ぎる。ほのかがいた部屋には、もう別の誰かがいる。
すばるは待合室の端で、スマートフォンを開いた。
ほのかとの最後のメッセージを読む。
《あしたのブログなに?》
《ひみつ☆》
《すばるが書くとすぐわかる》
《なんで!?》
《明るすぎるから》
あのときは文句を言った。いま読むと、それは褒め言葉だった気がした。
明るすぎる星は、昼の空では見えない。
消えたあとも、暗くなって初めて届く光がある。
すばるは告知文を開いた。
ひかりが書いた文章は短かった。理由を書かない。イベントもしない。感謝だけを記す。
その下に一文を足した。
《これまで、ほのかを見つけてくださったすべての方へ、心より御礼申し上げます。》
消して、もう一度打った。
見つけてくださった。
在籍していた、でも、応援してくれた、でもない。その言葉なら、ほのかを過去形だけにしなくて済む気がした。
店へ戻ると、四人はまだ昨夜と同じ席にいた。
「卒業イベントは、やらないから」
すばるは言った。
「ほのかちゃんが来られないイベント、絶対やらない。写真も増やさない。ブログも、もう書かない」
ひかりが頷いた。
「でも、消さないで」
「消しません」
「プロフィールも、見えなくするだけ。データは消さないで」
「はい」
「あと、卒業って、あたしはまだ納得してない」
「はい」
「ずっと納得しないから」
「それでいいです」
三月二十日、告知が公開された。
すばるはその日、ブログを書かなかった。
代わりに閉店後、ほのかの好きだった曲を流した。
誰も踊らなかった。曲の最後になって、るなが小さく手を動かした。病室のほのかがしていたのと同じ振りだった。
すばるも手を上げた。
みおが続き、最後にひかりが続いた。
四人しかいない店で、五人分の振り付けが揃った。
曲が終わると、すばるは泣きながら笑った。
「ぜんぜん卒業できてないじゃん」
「しなくていいんじゃない」
みおが言った。
「店を、辞めても」
端の椅子を見た。
「友達は、辞めないから」




