2.
午後四時すぎ。昼から夕方に移り変わる直前の、中途半端であいまいなひととき。雲を縁取る金色の光に黄味がかった色が混じり、どこか息苦しさを感じ始める。
街を見下ろす丘の上で、私は膝を抱えて座っていた。隣には、寂しく佇む一本の桜の木。その桜の前に、先輩の姿がじわじわと浮かび上がってくる。
彼が言うには、一日八時間ほど日光に当たっていると、日が落ちるまでのおよそ二時間、実体化できるようになるらしいのだ。
「……なんか、燃費の悪い太陽電池みたいですね」
カメラを掲げ、ファインダーを覗き込みながら私はつぶやく。徐々に現れていく先輩の姿は、ファインダーの中にもばっちり映っている。
肉眼でもレンズ越しでも認識できてしまう先輩は、本当に太陽の残り香のようだった。彼の近くにいると、淡く光っているのがわかるし、三月の初めだというのに温かさも感じるのだ。そのおかげで、日が落ちて周囲が闇に染まっても、先輩の姿を捉えることができた。
「そんなこと言うなよ。わざわざこんな手間をかけてまで、おまえに会いに来てやってるんだぞ」
先輩は幽霊のくせに、ぺらぺらとよくしゃべった。
「大体なあ。本来なら俺って、今ごろは死出の旅路なわけよ。三途の川も渡って七つの審判を受けてるところなわけよ! それをさあ、監視の目を盗んでとんずらして、ここまで戻って来た労力ってわかる? おまえはもっとこう、斎己先輩って後輩思いでステキ! 先輩の鑑! むしろ神! とかって感謝してしかるべきだと思うね!」
どこまでも押しつけがましい先輩だ。そんな彼にも伝わるよう、私は目いっぱい不機嫌な声で言い返す。
「…………それで、その偉大な先輩様はなんでここに?」
「だーかーらー、言っただろ!? おまえが心配で抜け出してきたんだって!」
先輩は大げさにため息をつくと、突然、口調を改めた。
「……なあ。なんで部活に来ねえんだ? みんな、おまえのこと心配してるぞ。顔色も悪いし、ろくに毎日寝てねえんだろ? もっと体を大切にしろ」
死んでしまった人が何を言っている。私はそっけなく答えて横を向いた。
「先輩には関係ないでしょう」
あれから毎日繰り返される、この質問にもうんざりだ。最初は当たり障りのない答えを返していたが、さすがにもう不毛なやり取りは終わりにしたい。
私はカメラを下ろし、改めて膝を抱え込んだ。問答は終わりだという意志表示のつもりだったが、先輩はじれったそうに正面に回り込んできた。
「はあ? 関係ないわけねえだろ! 俺はおまえの先輩だぞ?」
私はため息をついて、再度カメラを持ちあげる。
「もう関係ないですよ。信号無視して車に轢かれたなんてバカな先輩、私にはいませんでした」
「そりゃないだろ。俺はこんなに愛しているのに!」
「その愛は彼女さんにあげてください」
先輩には、相思相愛の彼女がいる。何度か会わせてもらったが、子どもじみた先輩と違って、頼りがいのある大人の女性だ。何がどうなってこの二人が付き合うことになったのか、今でも理解不能である。
先輩は自慢げに胸を張ると、キメ顔で微笑んだ。
「もちろん、あいつのことは全身全霊で愛してるぜ! 恋人として、百パーセントの愛を捧げている! 家族には百パーセントの家族愛を! そしておまえには、百パーセントの師弟愛を捧げているのさ!」
うっとおしいジェスチャーに舌打ちをした。
歯の浮くようなセリフも、調子のいい言葉も、何から何まで斎己先輩を思い起こさせた。その本物っぽさと気障なセリフに、心の底からイライラする。
何が愛だ。ふざけるな。
本当に愛しているというなら、なぜ……!
だが、その思いを舌にのせることはなく、私はひたすら睨むにとどめた。
「……おい。もう死んでるんだから、そんな、射殺しそうな目で見るなよ」
「カメラ越しなのに見えるんですか?」
「めっちゃ怖い気配を感じる」
隠していたつもりだったのに、私の背後で立ち上る怒りのオーラを感じ取ったらしい。やっぱり先輩はでたらめだ。
さらに怒りを募らせると、先輩は慌てたように、当たり障りのない話題へ転じた。
「あー、そういえば、猫とか犬とかが霊を感じるって本当なんだなあ。ここに来るときも、あいつら、結構反応してさあ……」
先輩のマメ知識なんて心底どうでも良い。けれど、彼の無駄話は止まるところを知らなかった。
BGM代わりに聞き流し、適当に返事をしているうちに、いつの間にか先輩の姿は消えていたのだった。




