1.
寒風が、枯れ葉を転がして駆け抜けていく丘の上。
「おまえ、相変わらずぼーっとしてんな。今、奇跡の瞬間を百回くらい見逃したぞ」
――亡くなったはずの先輩が現れたのは、事故から二週間後のことだった。
☆
橙黄色に染まり始めたすじ雲が空を覆い尽くした頃、それは現れた。
おなじみの声。おなじみの口調。
おなじみの……決まり文句。
――ほら、ぼーっとしてんな。奇跡の瞬間を見逃すぞ。
部活中、わたしが物思いにふけっていると、必ずかけられていたその言葉。
一瞬、幻聴かと思った。声が聞こえた方へ視線を動かし、ありえない人物を目の当たりにして硬直する。
そこには、生前と寸分変わらぬ姿の斎己先輩が立っていたのだ。
「はあ。木の芽、おまえ、こんなところにいたのか。葬式にも出ないで何やってんだよ」
絶句して、ただ見上げることしかできない私に、それは音もなく近づいてきた。足を動かして歩いているようで、しかし実際は、靴の底が地面についていない。
二次元の背景に、先輩の動画を無理やり合成したような強烈な違和感。
それでも、暖かなオレンジ色の光と、顔の形に添ってかかる木の枝の陰影は、彼の動きに沿って流れていく。
「まったく……。おまえ、霊感とかゼロなのな。ずっと側にいたのに全っ然見えねえんだもん。葬式にも来ねえし、おまえにだけ挨拶できなかったから、わざわざ死後の世界から戻って来てやったんだぜ」
「…………」
……私は、夢か幻でも見ているのだろうか。
死後の世界? 霊感?
先輩に見える物体は、なんだか意味不明なことを口走っている。
「――って、聞いてんのか」
「痛っ!」
びしっと指で額を突かれてのけぞった。反射的に悲鳴を上げてしまったが、実際は痛くもかゆくもない。けれど、確かに触れられた感触があった。
(……どういうこと?)
頭は鉛が詰まったようで、重くて鈍くて理解が進まない。だが、先輩に似た物体は私の返答を待っている。彼に促されるようにして、口が勝手に言葉を紡いだ。
「……葬式、は……、私、ご愁傷様って……、言えないんで……」
しばらく声を発していなかったせいで、聞き触りの悪い音がひゅうひゅうとのどから漏れた。思わず顔をしかめたが、皮膚がこわばっていて、眉根を寄せることすらうまくできない。
「……社交辞令って、苦手なんです。前、言ったじゃないですか……」
納得していない顔をしていたので、仕方なく言葉を継ぎ足した。自分の言葉じゃない気がするから常套句のような言葉は苦手だと、以前、先輩には伝えたのだが、果たしてこの幻は知っているのだろうか。
すると、目の前の人物は、信じられないというようにぽかんと口を開けた。
「社交辞令って……! なに、おまえ。俺が死んだのに悲しいとか思わねえの?」
「先輩がバカで本当にすみませんって本音なら言えるんですけど……」
「ああ、うん……。おまえ、葬式に来なくて正解だったかもな……」
彼は苦笑いを浮かべると、両手を組んで頭の後ろにまわした。そんな何気ない仕草に胸が締め付けられる。
「……本当に、先輩なんですか……?」
知らず震えてしまった声に、彼は笑ってこう答えた。
「俺に決まってんだろ。なんか、頑張ったら実体化できたんだよ」
調子のいいことばかり言っていた先輩は、死んでからも超・適当だった。




