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夕紅(ゆうくれない)に君待ちて  作者: 鍵の番人


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12/13

12.

 陽が落ちる。もう、時間がない。

 伊緒利先輩から聞いた斎己先輩の様子は、タイムリミットが近いことを指し示しているようだった。


 決意が揺るがないうちに、丘を登る。枯れ葉を踏みしだき、一本の桜の木を目指す。

 周囲を取り囲む夕靄(ゆうもや)の向こうに、淡い、かすかな光が見える。


 きっと、そこに先輩はいる。まだ、私を待っている。


 ここは、私がつくった(おり)のようだ。目を塞ぎ、口を閉ざし、何もしない代わりに誰も傷つけない、透明な檻。

 ずっと、その中でまどろんでいるつもりだった。


 ――斎己先輩さえ、現れなければ。


 先輩がしゃべるたび、強引に私を連れ出そうとするたび、檻に小さな亀裂が入った。適当で、いい加減で。私の拒絶なんかタンポポの綿毛よりも軽く蹴飛ばして。


 約束を破ることも多々あった。……けれど、私は、その軽さに救われてきたのだ。


 一歩一歩、桜に近づく。一足進むごとに、先輩との思い出が一つずつ思い出されてゆく。

 そのたびに亀裂は増え続けて――、とうとう、上から下までを貫く大きなヒビが入った。


 手を伸ばし、亀裂をそっとなぞる。それだけで檻はバキンと砕け、無数の破片となって降り注いだ。


 キラキラ、キラキラと舞い落ちる透明な欠片が、とても切なくて。

 その合間に見えた青白い花びらに、息が止まった。


 ――桜。


 桜が、咲いている。丘に昔から立っている、樹齢二百年ともいわれる巨大な一本桜が。


 幻でも、見間違いでもない。確かに白い花々が、夕闇の中に浮かんでいた。


「――よお。やっと来たな」

「……先輩……」


 先輩の顔色は明らかに悪かった。それでも、体を持ち上げ、立ち上がって笑ってみせる。


「……まだ、待ってたんですね」

「待っていたのは、おまえだろ」


 ――おまえが俺を、待ってたんだろ。


 目線で語る先輩に向かって、私も辛うじて微笑んでみせた。


 そうだ、先輩の言う通り。


 ――待っていたのは、私だった。


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