◆第三十三章 忍び寄る戦火
駿府城の奥深く。厳重な警護に囲まれた静寂の中、大御所・徳川家康は険しい表情で庭の老松を凝視していた。
傍らには、幕政の重鎮たる本多正純が控えている。父・正信は江戸にて現将軍・秀忠に側仕えして幕閣を牛耳り、ここ駿府においては息子の正純が家康の手足となって冷徹に立ち回っていた。
「……正純よ。真田安房守が死んだのは、間違いないのであろうな」
沈黙を破った家康の乾いた声に、正純は微かに眉を動かした。
真田昌幸が九度山で病没したという報が届いてから、すでに三年の月日が流れている。いよいよ豊臣家を完全に滅ぼす決意を固めた家康にとって、今の徳川と豊臣では武力も兵站も比べ物にならないほどの圧倒的な差がある。万に一つも豊臣家が生き残る可能性などない。だが、この期に及んでもなおこの百戦錬磨の老将は、真田安房守を恐れている。
正純が答えようとした時、襖の奥から、底冷えするような低い声が響いた。
「間違いございません。大御所様」
声の主は、黒衣を纏った怪僧・南光坊天海であった。音もなく現れたその姿に、正純は思わず冷や汗をにじませる。
「以前も申し上げました通り、この天海自らが九度山へ赴き、真田安房守の亡骸を確かに確認してまいりました」
「左様であったな」
家康は天海と正純を前にして、重い腰を上げて座り直した。正純は何か言いかけたが、天海の放つ底知れぬ威圧感に押され、一歩下がって控えるしかなかった。
「淀の御方も、もう少し利口になれば、秀頼の命を縮める事もなかろうにのう、天海……」
「まこと、愚かで哀れなことにございます」
天海は深く頭を下げながら、九度山で真田安房守の葬儀を見届けた後、大坂城へ立ち寄ったあの夜の事を思い出していた。
***
深夜の大坂城、奥御殿の控えの間。
「お入りくだされ」
速水守久の言葉に、天海は襖を開けた。
その先には豪華絢爛な衣装をまとったこの城の主がいる。
「お久しゅうございます。茶々さま」
「……!!」
突如として目の前に現れた「家康の側近」たる黒衣の僧の姿に、淀殿は扇子を落としそうになるほど怯えの表情を見せた。
しかし、天海が頭巾を深く脱ぎ、蝋燭の揺らめく光の中にその顔を晒した瞬間、淀殿は息を呑んだ。そこに刻まれた深い皺と眼光に、幼き日に見たある男の面影が重なったのだ。
「お主は……」
「明智日向守光秀にございます、御台様」
「なんと……! 生きておられたのか……」
かつて天下を夢見て主君・織田信長を本能寺で討ち、直後に羽柴秀吉に討たれたはずの織田の宿老・明智光秀。密かに生き延びて素性を隠し、現世を捨てて僧籍に入りながらも、何の因果か家康に見出され、今では金地院崇伝と並ぶ家康の最重要ブレーンとして権勢を振るっていた。
戦慄する淀殿に対し、天海は諭すように優しく語りかけた。
「ご心配なされるな。私は豊臣家に対し、何の恨みも抱いてはおりませぬ」
「お、大御所は、お主の真の素性を知っておいでか?」
「さて、どうでしょうか……」
優しい笑みをたたえながら答えた天海であったが、やがてスッと襟を正して言った。
「私は、今も昔も思いは一つにございます。わが主は『足利将軍家』のみ。そして今は十三代将軍・義輝公の落胤で、足利宗家の正統をお継ぎあられます、真田左衛門佐信繁様こそ、我が真の主と仰いでおります」
「……!」
その後、天海を交えた三人は深夜遅くまで密談を交わし、東の空が白みがかってきた頃、天海は誰にも見咎められることなく、幻のように城を後にしていったのである。
***
「……天海殿。……聞いておられるのか、天海殿」
正純の怪訝そうな声に我に返った天海は、慌てる様子もなく、相好を崩してさらりと答えた。
「おや、最近はどうも耳が遠くなりましてな。失礼いたしました」
「では、例の計画。手筈通り進めてくれ」
家康の無慈悲な声に、正純と天海は深く平伏して部屋を下がった。
慶長十九年(一六一四年)夏。
ついに、歴史の堰が切って落とされる。
豊臣家の莫大な富を削ぐために家康が勧めていた、京都・方広寺大仏殿の再建。そこに奉納された新たな梵鐘に刻まれた銘文が、致命的な火種となった。
『国家安康、君臣豊楽』
林羅山や金地院崇伝ら、家康の御用学者たちがこの文言を曲解し、天下に向けてこう弾劾したのである。
「『家』と『康』の名を分断して呪詛し、豊臣を君主として楽しむという意味である! これは明確なる大御所様への呪いにして、徳川への宣戦布告に他ならぬ!」
世に言う『方広寺鐘銘事件』の勃発であった。
徳川家康が何年もかけて周到に準備してきた、豊臣家殲滅のための巨大な罠が、ついにその牙を剥いたのである。
大坂城内は、駿府から届けられたこの理不尽な難癖に激震が走っていた。
家老の片桐且元は、なんとか家康の怒りを鎮めようと自ら駿府へ赴き、必死の弁明と謝罪に奔走したが、家康は冷酷にも面会すら拒絶した。青ざめた且元が持ち帰ったのは、家康からの過酷な三か条の要求であった。
「――秀頼公を江戸へ参勤させるか、淀殿を人質として江戸へ送るか、さもなくば大坂城を明け渡して国替えに応じるか。このいずれかを呑まねば、容赦はせぬとの事にござる……!」
大広間に且元の悲痛な声が響き渡ると、大野治長をはじめとする主戦派の諸将が激しく床を叩いて立ち上がった。
「馬鹿な! 太閤殿下の恩を忘れ、我が豊臣を一大名に貶めるつもりか! そのようなふざけた要求、断じて呑めるはずがなかろう!」
「且元殿! そなた、駿府で家康に脅され、徳川の犬に成り下がったのではあるまいな!」
血気盛んな治長の糾弾に、且元は「滅相もない!」と青ざめて首を振る。
織田有楽斎が扇子を震わせながら仲裁に入った。
「ま、待たれよ大野殿。腹立たしいのは痛いほど分かるが、相手は将軍徳川家じゃ。いま戦を構えても勝ち目はない。ここは一度、大御所の顔を立てて穏便に……」
喧々諤々と議論がまとまらない中、上座の御簾の奥から、淀殿の冷たく張り詰めた声が響き渡った。
「有楽斎、且元。そなたらの弱腰こそが、家康を図に乗らせるのです。秀頼は天下人・太閤殿下の嫡男。泥棒猫の家康などに傅く謂れはありませぬ。……我らは、一歩も退かぬ」
大坂城内では淀殿の意を汲んだ大野治長ら主戦派が完全に実権を握り、和睦を説いた片桐且元は「徳川への内通者」の烙印を押されてしまった。
その夜。命の危険を感じた且元が大坂城から脱出するように追放されたことで、徳川と和解する一縷の望みは完全に絶たれた。
豊臣と徳川の激突は、もはや誰の目にも避けられない情勢となったのである。
◆第三十四章 「入城」に続く




