◆第三十二章 垂れ込める暗雲
昌幸の死を境に、九度山の真田屋敷に対する浅野家からの監視の目は、必然的に形ばかりの緩やかなものとなっていった。
監視役の番頭・平松弥右衛門は、今日も縁側で渋茶をすすりながら、信繁に向かって人の良さそうな苦笑いを浮かべていた。
「大殿が亡くなられて、はや二年ですか。今や浅野の御本城様も、真田屋敷の事などすっかりお忘れのようですじゃ。我らへの日々の報告の催促も、ぱったりと途絶えましてな」
「それは重畳。弥右衛門殿も、これで少しは肩の荷が下りたのではないですか」
信繁が穏やかに微笑みかけると、弥右衛門は照れ隠しのように頭を掻き、ふくよかな腹を揺らした。
「もう、すっかりこの屋敷の居心地の良さに甘えっぱなしでして。信繁様も、わたしは見ておりませぬゆえ、お好きに散策などなされませ」
大げさに手で目を覆ってから、弥右衛門は豪快に笑って見せた。彼もまた、長年の付き合いの中で真田の者たちにすっかり情を移していたのである。
ある日、信繁は幸村と佐助を伴い、今後の情勢を探るべく、町人の姿に身をやつして密かに大坂の町へ向けて出立した。屋敷の入り口詰所では、弥右衛門が手で目を隠しながら手を振っていた。
大坂への道中、前を歩く幸村の背中を、信繁は言葉少なに見つめていた。
脳裏には、亡き父・昌幸の遺言状の文面が何度もよぎる。
(幸村は、自分と私が双子の兄妹であることを……知っているのだろうか)
今思えば、かつて幸村にあふれる己の想いをぶつけた時の、あの幸村の激しい動揺と不自然だった態度が鮮明に蘇る。あの時、幸村は悲痛な顔で信繁の想いを退けた。
おそらくは、己が双子の妹であることを知っていたからこそ、決して結ばれぬ運命に苦しみ、あえて想いを拒絶したのであろう。男の身なりをして歩く細い肩、決して振り向かずに前だけを歩く、忍びとしての孤独な背中。己の影として過酷な道を歩みながら、誰よりも近くで自分を守り続けてきた幸村。
そう思うと、その背中がいじらしく、胸が締め付けられるほどに愛おしく感じられた。自らの思いを封じ込め、ただただ信繁の「影」であろうとするその生き様が、たまらなく切なかった。
「……信繁様? どうかされましたか」
ふと視線に気付いた幸村が振り返り、不思議そうに小首を傾げた。その瞳の奥には、変わらぬ忠誠と、微かな憂いの色が揺れている。
「いや、なんでもない。少し考え事をしていただけだ」
信繁はふっと微かな笑みを浮かべ、胸の痛みを悟られまいと、誤魔化すように視線を前に戻した。
その二人の間に流れる、僅かで甘やかな、それでいて張り詰めた空気の変化を、最後尾を進む佐助は静かに見つめていた。
歩みを進めながら、信繁の思考は再び父の残した遺言状へと戻っていった。
昌幸の遺言状には、真田の行く末のみならず、この先の天下の動向についても恐ろしいほどの洞察が記されていた。そこには、昌幸が亡くなる二カ月ほど前に行われた、大御所徳川家康と豊臣家当主秀頼の歴史的な面会についての顛末が描かれていた。
徳川の世も浸透し、大御所として駿府で過ごす家康は、豊臣家を一大名として存続させることも認めようとしていた。かつての家康の同盟者で、秀吉の主君でもあった織田信長の子や孫がそうしてきたように、豊臣家さえ強硬な態度を捨て、徳川に頭を下げてくれさえすれば、それでよいと考えていたのだ。そのためにも、家康は自分の目が黒い内に、何としても秀頼に頭を下げさせる必要があった。
上座下座の無い、京での私的な対面の場ならばと、加藤清正ら豊臣恩顧の大名たちの決死の説得により、淀殿ら強硬派の面々も渋々ながら応じたのである。
二条城の対面の間。
家康が待ち受ける中、静々と現れた豊臣秀頼の姿を見た瞬間、家康は息を呑んだ。
「大御所様、お久しゅうございます」
そこにいたのは、かつての大坂城で見た、淀殿の陰に隠れるひ弱な少年の姿ではなかった。
秀吉とは似ても似つかない、見上げるような立派な体躯と、知性と気品に満ちた涼やかな立ち振る舞い。秀頼自身が放つ「天下人」としての堂々たる器量が、そこにはあった。
(なんという事だ……。あの幼子が、ここまで立派な若武者に成長しておったとは……)
家康は完全に圧倒されていた。涼やかな秀頼の瞳の奥に、かつての若き日の信長や、全盛期の秀吉の影を見たような気がしたのだ。老い衰え、節々の痛みに悩まされる自らの肉体とは対照的な、眩いばかりの若さとカリスマ性。
ふと視線をやると、同席していた加藤清正ら豊臣恩顧の大名たちが、見違えるように成長した秀頼の姿に感極まり、密かに男泣きしているのが見えた。その光景が、家康の心に決定的な恐怖と焦燥を植え付けた。
(わしが死ねば……天下は、ふたたび豊臣に……!)
面会を滞りなく終え、秀頼が二条城を去った後、誰もいなくなった部屋で、家康は一人、床几に深く座り込んでいた。体の芯から湧き上がる冷たい震えを抑え込むように、家康は自身の両手を強く握りしめた。
長年の苦労と屈辱の果てに泰平の世を切り拓いた老将は、微かに震える唇を噛み締めながら、冷徹なる決意を固めた瞬間であった。
まるでその場に居合わせたかのような生々しい文章で記されていた昌幸の遺言状。
驚くべきことに、その後の世の中は、まるで『預言書』のごとく記されている通りに進んでいった。
面会直後に始まった諸大名への統制強化はもとより、豊臣恩顧の大名らは、加藤清正、浅野幸長、池田輝政らが不自然なほど相次いで世を去っていった。世間では、徳川による忍びを使った毒殺の可能性が囁かれていた。
さらにキリスト教禁教令によりキリシタン大名らも改易となり、不平不満を抱えた浪人が世にあふれかえった。世の中は表面上の安寧の中に巨大な火薬庫を抱え、いつ暴発してもおかしくない状態に陥っていた。その期待は反徳川の旗頭として、自然と大坂の豊臣家へと集まっていく。そして、秀頼を擁しての大坂蜂起へと事態は一直線に進みつつあった。『予言書』曰く、その時は間もなくやってくる、慶長十九年であると。
今回の大坂行きは、その状況を自らの目で確認するためであった。
賑わう大坂の町へ入ると、表向きの活気とは裏腹に、町の中には拭い去れぬ不穏な空気が蔓延していた。
行き交う商人や浪人たちの間で交わされるのは、きな臭い噂ばかりであった。「徳川はいよいよ豊臣と一戦を交える覚悟を決めたらしい」「大坂城に腕に覚えのある浪人が続々と集まり始めている」といった物騒な声が、あちこちからさざ波のように聞こえてくる。
大坂の町を歩きながら観察すると、目つきの鋭い、殺気を帯びた浪人衆の多さが際立っていた。肌を刺すような人々の緊張感。信繁らは、思った以上に東西の手切れがすぐ目の前にまで迫っていることを肌で実感していた。
預言書の通り、天下が再び真二つに割れる巨大な戦の足音が、ついそこまで近づいている事を確信した。
「……九度山に戻るぞ」
信繁の低く力強い声に、幸村と佐助は無言で頷いた。
垂れ込める戦雲を見上げる信繁の瞳には、かつてない鋭い光が宿っていた。亡き父が夢見た、徳川を打ち砕くための最後の大舞台が、ついに整いつつあるのだ。
◆第三十三章 「忍び寄る戦火」に続く




