◆第二十八章 九度山の陽だまりと影
東西が激突した天下分け目の大戦から、数年の月日が流れていた。
大坂城の豊臣家は形骸化され、天下の覇権は完全に徳川家康の手に移った。世は静かな泰平の眠りにつこうとしているかのようでもあった。
ある昼下がり。とある質素な屋敷に、荷車いっぱいの仕送りが届けられた。
奥から慌ただしく表に出てきたのは、真田信繁である。
「おお、兄上からか。米に味噌、それに酒まである。ありがたいことだ」
信繁は目尻を下げ、届いた品々を嬉しそうに検分した。
関ヶ原で西軍に与した真田家は本来ならば改易、そして昌幸・信繁両名は死罪を免れない立場であった。特に、第二次上田合戦で真田に翻弄され、関ヶ原の本戦に遅参するという生涯最大の屈辱を味わされた徳川秀忠の恨みは凄まじく、「真田親子は絶対に許さぬ」と強硬に主張していた。
しかし、東軍として戦功を上げた兄・信之と、その義父である徳川の重臣・本多忠勝が、「真田を斬るなら、我らと一戦交える覚悟を」と身命を賭して助命を嘆願したため、家康も折れ、死一等を減じて紀伊国(和歌山県)・高野山の麓にあるこの小さな九度山村への流罪(蟄居)となったのである。
「兄上には、一生頭が上がらぬな」
信繁が深く感謝を口にする一方で、知らぬ間に縁側に座って酒の瓶を眺めていた昌幸は、鼻で笑った。
「何を言うか。徳川に味方した信之の当然の務めよ。堂々と受け取っておけばよいのだ」
どこまでも不敵な父の態度に、信繁は苦笑するしかなかった。
九度山での生活は決して楽なものではなかったが、屋敷には不思議と明るい笑い声が絶えなかった。ここには昌幸、信繁に加え、高梨内記、信繁の妻である竹姫とその従者・菊。そして、戸隠から付き従う幸村と佐助も共に身を寄せていた。
縁側では、信繁の正室、関ケ原で命を落とした大谷吉継の娘、竹姫たちが色鮮やかな紐を編んでいた。
「それにしても、この『真田紐』というのは本当に丈夫で便利ですね。これでまた、少しはお金になりますわ」
竹姫が微笑むと、隣で荷造りをしていた佐助が誇らしげに胸を張る。
「戸隠の里に伝わる組み紐の技を応用したものですからね。荷縛りにも武具の修繕にも重宝すると、大坂の町でも評判なのです」
流人である昌幸や信繁は村の外へ出ることを禁じられていたが、幸村と佐助は「仕入れと行商」という名目で、比較的自由に出入りができた。真田紐を売り歩くことで、彼らは生活の足しを得ると共に、外の情勢を探る密偵としての役割も果たしていたのである。
この屋敷には、紀州を治める浅野家から二人組の見張りが常駐していた。彼らもまた、縁側で出された渋茶をすすりながら、今日も竹姫や菊ら真田家の人々と一緒になって笑っていた。
「いやあ、真田の皆さんには本当に良い人ばかりだで。最初は大層な謀将だと警戒しておりましたが、こんなに居心地の良い屋敷の見張りなら、一生続けたいものですな」
見張りの武士たちはすっかり情を移されており、監視の目は名ばかりの緩やかなものとなっていた。もっとも竹姫らは、昌幸から監視の目を少しずつ緩やかにしておくよう、密かに役目を仰せつかっていた。
「でも、どうすればよいのです?」
「なあに、ただ、監視の面々と毎日楽しく話をしてくれていたらいい」
昌幸が髭を撫でながら竹姫に言った通りの成果が出ていた。
「そうそう、先日信州からお酒が届いたので、よろしければ…」
竹姫の言葉に、菊が用意をしに立ち上がった。
見張り役の番頭である平松弥右衛門は、わざと真面目な顔を作り、
「いや、我ら仕事中なので……。まあ、少しなら」
と照れ笑いを浮かべ、どっと温かな笑い声が起こり、九度山の山々にこだました。
没落流転の身とはいえ、ここ九度山には、戦国の喧騒から離れた確かな「陽だまり」があった。
しかし、幸村が外から持ち帰る噂話は、平和な九度山の空気に時折、冷たい風を運んできた。
ある夜、幸村は深刻な顔つきで信繁に報告した。
「あの小早川秀秋様が、若くして亡くなられたそうです。酒に溺れ、半狂乱になって果てたとか……」
信繁は目を伏せた。関ヶ原での「天下の裏切り者」という重い業を背負いきれず、秀秋は病に倒れたという。
「稲葉正成や平岡頼勝ら、裏切りを主導した家老たちはどうなった?」
「主君をそそのかした不忠者として徳川から疎まれ、小早川家は無嗣断絶。家老たちも浪人の身に落ちたとのことです」
「そうか……」
因果応報といえばそれまでだが、家康という巨大な権力の中で使い捨てられた彼らもまた、戦国の哀れな犠牲者であった。
そんな折、九度山の真田屋敷に一通の書状が届いた。差出人は、越後・上杉家の直江山城守兼続からであった。
書状には、上杉家の窮状が淡々と綴られていた。彼らもまた徳川から睨まれ続けており、手紙の類は検閲される可能性もあるため、細心の注意が払われていた。
昌幸はさっと書状に目を通した後、信繁に手渡した。
『義によって立ち上がったが、勝負は時の運。我が上杉家は百二十万石から三十万石へと大幅に減らされ、米沢の地で辛うじて存続を許された。今は狭い領地で多くの家臣を養うため、皆で泥に塗れて開墾を行い、貧乏極まりない暮らしを強いられている』
信繁は、兼続の苦労を思って胸を痛めたが、書状の後半を読んで表情を引き締めた。
『本来ならば改易は免れないところを、お家存続を許された。今は、上杉としては徳川将軍家に深い義理を感じている』
信繁は書状をたたみ、静かに昌幸へ差し出した。
「父上。これは暗に、『この先、大坂の豊臣が徳川を相手に立ち上がったとしても、上杉は決して味方にはなれない』という宣言ですな」
昌幸は書状を受け取ると、一瞥もせずに火鉢の中へ放り込んだ。ジリジリと燃え上がる文を眺めながら、昌幸はニヤリと笑った。
「義理、か。堅物の直江山城守らしい言い分よ。……だが、よい。越後が立たずとも、戦のやりようなどいくらでもある」
「……」
「信繁。わしは少し休む。しばらく誰も呼ぶな」
そう言って、昌幸は屋敷の奥の居間へと姿を消した。
昌幸は九度山へ来てからというもの、時折奥の居間に籠り、何時間も、時には半日以上も出てこないことがあった。
竹姫や内記は「大殿もすっかりお老いになられた。塞ぎ込んでおられるのだろう」と心配していたが、信繁だけは、父が真に何を考えているのかを知っていた。
ある夜、信繁が奥の居間を覗き込むと、行灯の薄暗い灯りの中で、昌幸は無数の木簡と絵図面を広げ、何やらブツブツと呟きながら駒を動かしていた。
その瞳は、上田城で徳川の大軍を迎え撃った時と同じ、猛禽類のような鋭い光を放ち、壁に映る昌幸の影は、まるで巨大な生き物のように行灯の炎に揺らめいていた。
(父上は、決して諦めてなどおられないのだ……)
信繁は静かに襖を閉めた。
昌幸は知っていた。徳川家康が生きている限り、必ずや大坂の豊臣家との間で最後の決戦が起こることを。
天下の覇権を懸けたその戦いが起きた時、真田の六文銭をいかにしてなびかせ、いかにして家康の首を獲るか。老いた梟雄は、九度山という鳥籠の中で、来るべき大坂の陣での「幻の戦術」を、ただ一人、血の滲むような執念で練り上げ続けていたのである。
それからしばらくして。
ある日、昌幸は幸村を密かに居室へと呼び出した。
「これを、大坂城の速水守久殿に届けてくれ」
手渡された書状の宛名は、豊臣の事実上の主である『淀殿』となっていた。
幸村はその密書を深く懐に仕舞い込むと、深夜、大坂城に向けて音もなく駆けだした。
その懐の密書が、この先の豊臣家、天下の行く末に巨大な影響を及ぼすことになろうとは、この時の幸村はまだ知る由もなかった。
◆二十九章 「安房守の密書」に続く




