◆第二十三章 安房守の鬼謀
信濃国・上田城。
城の裏手にある鬱蒼とした木立の中で、風を切る鋭い音が幾度も響いていた。軍議のため本丸へ向かう信繁が音のする方へと歩み寄ると、そこには上半身裸で汗まみれになりながら、一心不乱に槍を振るう佐助の姿があった。
京の路地裏で服部半蔵と相対した夜から、佐助は取り憑かれたように修練を積んでいた。圧倒的な実力差。命を削る戸隠の秘技をもってしても、半蔵は涼しい顔で致命傷を避けた。何もできなかった己への悔しさと、何よりも体の奥底を突き刺す、今まで感じたことのない底知れぬ恐怖が、佐助を動かしている。
(今のままでは主を守ることはできない…。今のままでは……!)
その執念だけが、佐助の槍に鬼気迫る鋭さを宿させていた。
それが痛いほどわかる信繁は、優しく声をかけた。
「間もなく戦が始まる……あまり無理はするなよ、佐助」
佐助はピタリと槍を止め、深く一礼した。その瞳の奥には、冷たい炎が燃えていた。
昌幸と信繁の親子は、張り詰めた空気の中で城の普請と軍議に明け暮れていた。本丸での軍議の場には昌幸、信繁を中心に、高梨内記、蒲生郷舎が顔を揃え、少し離れた下座には幸村の姿も見える。
真田の役目は、会津から反転し、中山道を通って上方へ向かうであろう家康本体、あるいはその別動隊を叩く事にあった。
「父上、報告によりますと、内府の本隊は東海道を急進。一方で中山道へは、嫡男・徳川中納言(秀忠)率いる別動隊三万八千がこちらに向かっていると」
「……ほう。あの古狸、こちらを通らなんだか」
昌幸は顎髭を撫で、口元を歪めた。
「どこまでも悪運の強い男よ……」
武田信玄の元で頭角を現し、武田家滅亡後は上杉、徳川、北条と大国の間で生き残ってきた昌幸は、この戦いが戦国最後の大いくさになるであろう事を本能的に理解していた。家康が中山道を通り、万が一にも討ち取ることができれば、天下に真田の六文銭の旗を打ち立てる事すら夢ではない――それが、戦国の梟雄と呼ばれた男、真田安房守昌幸の胸に秘めた野望であった。そして、その家康を討ち取る秘策も胸に秘めていた。
だが、家康が東海道を選んだことで、その野望はあっけなく崩れ去った。秀忠を討ち取ったところで家康が生き残っていれば大勢に影響はない。
すでに、昌幸の頭の中は、秀忠軍を相手とした作戦に切り替わっていた。
少し間をおいて、高梨内記が少し心配そうに昌幸に伝える。
「大殿。物見の報告によると、秀忠軍の中に六文銭の旗印が見えたと言います。信幸様の軍も参陣しているようです。」
「我が城、我が手の内を知り尽くす信幸がいるならば、戦い方も考えないとならんな。もっとも身内の寝返りなどと内通を疑われる立場で、信幸がどこまで作戦に口出しできるか……。あやつをどう使うかで、秀忠の力量が問われるというものじゃな」
困ったような表情を見せる昌幸だが、どこか嬉しそうでもあった。
「とはいえ、歴戦の侍大将を含む三万八千の大軍。いかが戦うおつもりで」
若い蒲生郷舎は、はやる気持ちを抑えきれぬようであった。
昌幸は立ち上がり、眼下に広がる上田城下を見下ろして言った。
「そう焦るな、われらの戦いをするまでよ」
「秀忠軍をここ信濃に釘付けにできれば、徳川の大幅な戦力低下を意味します。我ら西軍にとって、これ以上の援護はありませぬ」
信繁の言葉に、軍配を地図上の上田城に力強く突き立てた。
「うむ。青二才の秀忠と信幸に、真田の戦の神髄をとくと教えてやろう」
軍議が解散となった後、信繁は一人、胸の奥で密かに義父・大谷吉継の身を案じていた。
吉継は、最後まで三成の無謀な挙兵を止めるべく奔走した。しかし、友の決意が揺るがないと知ると、三成と行動を共にする事を約束したのである。
「信繁殿。あやつは昔から要領の悪い奴でな。誰かが奴の正義に殉じてやらねばならん」
不器用な友のために死地へ赴くことを決意した吉継は、やるからには全力で、そして勝つための算段を整え、自分が泥を被ってでも支えると決めたのである。
(義父上の覚悟、決して無駄にはせぬ……!)
数日後――。
中山道を進む徳川秀忠軍三万八千の大軍を信繁が出迎えた。
「真田左衛門佐信繁にございます。我が父、安房守昌幸は、徳川様の天下の大軍を前に恭順の意を示しております。どうか曲げて上田の城へお立ち寄りいただき、城をお受け取りくださいませ」
真田との激しい戦いを覚悟し、緊張していた秀忠付の侍大将たちは、この見事なまでの降伏の口上に安堵した。
「さすがの真田も、三万八千の大軍を前には恐れをなしたか」
得意顔の秀忠は、中山道の本流から外れ、上田の城へと駕籠を曲げるよう命じた。
だが、その傍らに控えていた本多佐渡守正信だけは、渋い顔をして秀忠に耳打ちをした。
「若君、真田を侮ってはなりませぬ。あれは表裏比興の者。降伏と見せかけて時間を稼ぐ腹積もりに違いありません。ここは上田など無視し、一気に家康公の待つ美濃へ急ぐべきです」
正信の諫言に、横から鼻で笑う者がいた。徳川軍の重鎮の一人、大久保忠隣である。
「佐渡殿は、相変わらず臆病でござるな」
忠隣の父・大久保忠世は、十五年前の第一次上田合戦において、徳川軍の指揮官として真田の離間工作とゲリラ戦法に翻弄され、大敗を喫していた。生前の父から「真田の策略には気をつけろ。ひどく痛い目に遭った」と耳にタコができるほど聞かされていた忠隣だが、胸の内にあるのは警戒よりも、野心と傲慢であった。
(古い戦しか知らぬ父は、真田の小細工に踊らされたのだ。だが、俺は違う。父より俺の方がはるかに優秀であることを、この戦で証明してみせる)
忠隣は秀忠に向き直り、熱を込めて焚きつけた。
「若君、真田の小城など、我が大軍で一息に踏み潰せまする。降るというなら城を受け取り、従わぬならひねり潰して、真田の首を内府公への手土産にしましょうぞ!積年の恨み、この忠隣が果たしてご覧に入れます!」
血気盛んな若き大将・秀忠は、忠隣の勇ましい言葉に大きく頷いた。
「忠隣の申す通りじゃ。たかが数千の真田に怯えていては、徳川の名が廃る」
「……」
正信は深くため息をついた。若君の向こう見ずな自尊心と、忠隣の功名心を止める術はない。
傍で黙って控えている真田信幸に、正信は目をやった。親兄弟が分かれての戦い、遠慮から積極的には発言しにくい立場であり、信幸は伏し目がちに控えていた。
再び大きなため息をついた正信は、自席に戻り座り直した。
(……若君では、あの真田安房守の相手にはならん)
半ば諦めの境地で口を閉ざした。
上田城では、信繁の前に幸村と佐助が控えていた。
「幸村、お前は急ぎ上方へ向かい、義父・大谷様をお支えせよ」
「はっ」
「佐助、お前は戸隠の者を率い、戦端が開けば敵軍を徹底的に攪乱せよ。橋を落とし、道を塞ぎ、夜討ちをかけて奴らの眠りを奪え。焦燥を煽り、上田に釘付けにするのだ」
二人はすぐにその場を後にした。
その後は、本多正信の描いた通りの展開が待ち受けていた。
昌幸の「城を明け渡すための準備がある」「いや、体調を崩してしまい、もう少し時間がほしい」「我らを信じられぬと申すか」という、のらりくらりとした弁明に振り回され、時間だけが刻々と過ぎていく。
数日待たされ挙句に届いた書状を、秀忠は震える手で握りしめていた。そこにはこう書かれていた。
「江戸中納言(秀忠)殿 大変お待たせ申した。ご猶予をいただいたおかげで、十分軍備を整える事が出来ました。存分にかかってまいられよ。真田安房守昌幸」
謀られたことに気づいた秀忠は激怒した。
「おのれ真田め!たかが数千の兵で生意気な、一息に潰してしまえ!」
「お待ちあれ!」
これもお役目と、本多正信は口を挟む。
「若君。上方で戦機が熟しております。ここは真田など捨て置き、急ぎ西へ……」
「だまれ!」
このまま何の成果も得ず、時間だけを浪費して上方に向かったとなれば、無能の誹りを免れない。父・家康の呆れた冷たい表情を思い出すと、秀忠は身震いした。
だが、それが昌幸の仕掛けた罠の始まりであった。
城門を開け放ち、わざと徳川軍を城下へ引き入れると、隠れていた真田兵が四方から一斉射撃を浴びせる。混乱して退却しようとする徳川軍の背後では、信繁率いる精鋭が神出鬼没のゲリラ戦を展開した。
夜になれば佐助率いる戸隠の忍びたちが火矢を陣に仕掛け、各地で兵糧は焼かれ、川の堰が切られて陣が水浸しになる。秀忠軍は目に見えぬ敵に恐怖し、疲労困憊となっていった。
「ば、馬鹿な……!なぜだ、なぜたかが数千の小勢に、我が軍が崩されるのだ!」
泥まみれになりながら、大久保忠隣は絶叫した。父を超えようと意気込んだ男は、皮肉にも父とまったく同じように真田の策に嵌まり、手玉に取られていたのである。
散々攪乱され、多大な被害を出した秀忠は、ここ上田で七日間の日数を無駄に費やし、ようやく「これ以上は無駄だ」と上田攻略を諦め、西へと軍を進めた。
「殿。徳川軍が中山道の方に引いてまいります」
天守より逃げゆく大軍眺める昌幸と信繁。
「上出来だろう。あとは、治部殿に預けるしかないの」
そう言って昌幸は、畳の上に大の字になって寝転がった。
沈みゆく夕陽と、遠ざかってゆく徳川の大軍を、信繁はいつまでも見送っていた。
◆第二十四章 「暗雲の関ヶ原」に続く




