◆第二十二章 狂いゆく歯車
慶長五年(一六〇〇年)七月。
奥州・白河口には、鉛色の雲が低く垂れ込めていた。
上杉家の家老・直江兼続は、陣幕の外に立ち、じっと南の空を睨んでいた。その双眸には常に冷徹な知性が宿っているが、今は微かに焦燥の影が差し込んでいる。
越後・会津百二十万石を誇る上杉家は、徳川家康の再三にわたる理不尽な上洛要求をはねつけ、ついに征伐軍を迎え撃つ構えを見せていた。
上杉兵の戦意はこの上なく高まっている。かつて「軍神」と呼ばれた上杉謙信以来、「義」を重んじる上杉家にとって、この戦いは主君筋である豊臣家の幼君を守り、不義を成す家康を討つための神聖なる「義戦」であった。
兼続の頭の中に描かれた「必勝の図」は、壮大にして緻密なものであった。
総勢八万とも言われる家康の大軍を、山深く険しい会津の地へと引きずり込む。鉄壁の防御を施した白河口などの侵入口で徹底的に迎え撃ち、徳川の進軍を停滞させる。補給線が伸びきり、疲労が頂点に達した頃合いを見計らい、上方で盟友・石田三成が毛利ら西国の雄を糾合して一気に挙兵。怒涛の勢いで関東へなだれ込む。
前面には堅牢なる上杉軍、背後には豊臣恩顧の大軍。慌てふためく家康を東西から挟み撃ちにし、徳川の野望をその首ごと関東平野に埋める――それが、兼続と三成が結んだ密約の全貌であった。
だが、その完璧なはずの図面は、早々に音を立てて狂い始めていた。
家康の軍勢は東海道を進み、江戸から北上して会津に現れるはずであった。本来ならすでに国境に到達して激戦が始まっていてもおかしくない頃合いだが、その進軍の足はあまりにも遅い。無数に放った忍びたちから飛び込んでくる情報によると、家康本隊はようやく江戸を出立したところだという。
(内府め……あきらかに時間稼ぎをしている)
兼続は扇子で手のひらを叩いた。
(治部殿……焦るなよ。家康は我らではなく、上方の動きを窺っているのだ)
「もう一度、石田治部殿へ遣いを出せ!」
早計な挙兵を思いとどまらせる文を忍ばせ、商人に身を窶した上杉の遣いが、一路上方を目指して駆けてゆく。
領内を出てしばらく走り抜け、人気が少なくなった山間に差し掛かったその時。
「ぐわっ」
男は背後から一刀のもとに切り捨てられた。
刀を収め、返り血を浴びた男の顔には、大きな青黒い痣。
「半蔵様、もう何人目か数え切れませんな」
もう一人の忍びが、切り捨てられた男に駆け寄り、その懐から密書を見つけ半蔵に手渡した。半蔵は中身をさっと一瞥して、大きな木箱の中に放り投げた。そこには三十は優に超える数の密書が折り重なっていた。
「死体はいつものように捨て置け。密書の数で倒した忍びの数はわかる」
手荒開く死体を道の端の草むらに隠す下忍を観ながら、
(……つまらぬ役目じゃ)
半蔵はそう呟いて、暗雲垂れ込める西の空を仰いだ。
数日後。若松城で軍議を開いていた兼続たちの元へ、泥だらけの伝令が転がり込むように平伏した。
「申し上げます! 上方にて、石田治部少輔殿が反徳川の諸将を糾合し、挙兵いたしました!」
「……何だと!」
兼続は思わず立ち上がり、手にしていた扇子をきつく握りしめた。
続けて飛び込んで来た第二の伝令が、血相を変えて叫ぶ。
「徳川内府の軍勢、下野国の小山にて突如反転! 会津への進軍を中止し、上方へ向けて西上を開始いたしました!」
兼続の口から、呻くような声が漏れた。
「治部殿……挙兵が早すぎる……! 内府の偽情報に踊らされたか!」
家康はまさにこれを待っていたのだ。会津への行軍を意図的に遅らせる一方で、「すでに会津で激戦が始まった」「いや、まだ関東を出たばかりだ」というあらゆる偽情報を上方にばらまき、三成の判断を狂わせた。
結果として三成は、「いくら何でも行軍が遅すぎる。これは上方を押さえ込むための偽情報であり、すでに会津では戦端が開かれているはずだ」と誤認してしまった。
初戦の情報戦において、三成は完全に後れを取った。家康は、会津の死地へ足を踏み入れる前に「三成挙兵」の大義名分を手に入れ、堂々と軍を返す口実を得てしまったのである。
「殿!ここは全軍を挙げて、反転した内府の背後を急襲すべきです!」
兼続は主君・上杉景勝に向かって声を張り上げた。
だが、その主張に、古参の猛将・本庄繁長が真っ向から反対した。
「なりませぬ! 我らの背後には、最上義光、伊達政宗が控え、虎視眈々とこの会津を狙っております。ここで全軍を南の関東に向け追撃に出れば、領国を丸裸にするも同然。上杉の民が蹂躙されますぞ!」
一歩も引かぬ兼続の怒吼が響く。
「この戦は一世一代、天下の趨勢を決する大いくさぞ! 会津を失おうとも、内府の背を突き崩し、三成殿と呼応すれば、あの広大な関東を切り取り放題ではないか! 義の戦において、ここで後れを取っては上杉の末代までの恥辱!」
気迫に押される家臣たち。その場にいる皆の視線が、上座で目を閉じている当主・景勝に集まった。
寡黙な景勝は、ゆっくりと目を開いた。その瞳には、燃えるような決意が宿っていた。上杉の家を守るより、天下の正統を守ることこそ、謙信公より受け継ぎし上杉の「義」である。景勝が兼続の策に重々しく頷きかけた――その時だった。
新たな伝令が、悲痛な声と共に飛び込んできた。
「申し上げます! 伊達軍が国境を越え、我が領内へ侵入! 最上軍も進軍を開始した模様!」
奥州の情勢は、すでに家康の巧妙な外交工作によって動かされていた。上杉の背後に控える二つの野心が、ついに牙を剥いたのである。
出羽国山形城の主にして、「羽州の狐」の異名をとる知将・最上義光。
義光は、愚直なまでに「義」に生きる上杉とは真逆の、冷徹な現実主義者であった。彼の悲願は、かつて上杉に奪われた庄内地方の奪還である。
「上杉が会津の守りに気を取られている今こそ好機よ。徳川の内府殿には恩を売りつつ、わしは自分の切り取りたい領地をいただくまでよ」
義光は、徳川の権威を己の領土拡大のための隠れ蓑として利用し、抜け目なく軍を進めていた。
そしてもう一人。陸奥国を支配する「独眼竜」・伊達政宗である。
政宗は出陣の陣幕の中で、家康から届けられた書状を鼻で笑いながら放り投げた。そこには「上杉を討てば、奥州百万石を伊達に与える」という、家康直筆の『百万石のお墨付き』が記されていた。
「狸親父め……。俺に上杉を背後から突かせ、自分は無傷で上方へ向かう腹積もりよ。俺を徳川の捨て駒にするつもりだろうが、そう問屋が卸すか」
政宗の隻眼が、野心の炎でギラリと光った。
政宗にとって上杉は、幾度も奥州の覇権を争った宿敵であり、会津はかつて太閤秀吉に奪われた伊達の旧領でもあった。だが、家康のために上杉と死闘を演じて自軍をすり減らす気など毛頭ない。
「この機に上杉の領地を切り取って小競り合いを演じ、家康と石田治部が共倒れになるのを待つ。もし家康が上方で敗れれば……この政宗が奥州から天下へ号令をかけてやるわ!」
家康の謀略を利用しつつ、その裏をかいて天下を狙う。それが、野心家・伊達政宗の思い描く「関ヶ原」であった。
次々に入る報せは、絶望的なものだった。国境の砦が次々と落とされ、田畑が焼き討ちに遭い、伊達・最上の両軍が会津領内を容赦なく進攻してきているという。
「見なされ! このまま領民を見放すおつもりか!」
「領地の一族郎党が皆殺しにされても良いと申すのか!」
反発する家臣たちの声に、兼続はギリッと舌打ちをした。
(動きが読まれている……。家中に、伊達や徳川に通じる内応者がおるのか)
家康の巧妙な外交工作によって、背後の敵が同調して動いたのだ。伊達と最上の侵攻を目の当たりにし、軍議の空気は一気に「追撃」から「防戦」へと傾いてしまった。景勝もまた、領民の血が流れる報せを聞き、無言のまま目を伏せた。
「……無念じゃ」
兼続は固く目を閉じ、遠く西の空を仰いだ。
(治部殿……我らは内府を背後から討つことが叶わなくなった。上杉は、この奥州で伊達・最上を食い止めることしかできぬ。頼むぞ、左近殿、信繁殿……!)
兼続は奥州の空に祈るように呟き、過酷な北の防衛戦へと馬首を巡らせた。
◆第二十三章 「安房守の鬼謀」に続く




