第四十九話 カエデなんかに負ける気がせん(メグとご陰キャさまの冒険譚 七)
商店街をぬけて三人は神社に辿りついた。鳥居をくぐるまえに由香とメグが深々とお辞儀をして、ご陰キャさまもふたりに倣ってぺこりと頭をさげる。
真っ昼間だというのに、大樹にかこまれた神社は少し薄暗かった。参道の両脇にはさまざまな種類の屋台が並んでいる。祭りにはまだ時間があるため、いずれの屋台にも人はいなかった。だがメグとご陰キャさまは、屋台に並べられたもののひとつひとつに過剰に反応しては、賑やかに喋りながら本殿までの石畳を歩いていったのだった。
メグとご陰キャさまは、賽銭箱にどれだけ小銭が入っているのか、気が済むまで覗きこんでから、階段をのぼって拝殿にあがった。拝殿をぬけ本殿の奥にある台座に、それらしき木箱が置かれているのを目にしたご陰キャさまは、あくまで真剣な表情で、何本もの見えないロープをかいくぐるように、片方ずつ足をあげたり身体を屈めたりして木箱に近づいていった。そのうしろを歩いているメグが冷静にツッコむ。
「いちおう聞いてあげるけど、あんた、さっきからなにやってんの」
「ソードの盗難対策のために赤外線が張り巡らされてるんじゃないかと思って」
「そもそも赤外線が見えてなかったらブザー鳴りまくりだろうが、アホっ」
「あの、盗まれるようなものでもないので、そういった仕掛けはしていません」
由香が困惑したような表情を浮かべながら言った。ご陰キャさまが由香のほうを向いて、居たたまれなさそうな表情をして言った。
「いや由香りん、お願いだからそんなマジな顔でツッコまんでくれる」
メグがご陰キャさまの言葉に被せるようにして言った。
「由香っち、蓋を開けてくれんかの?」
由香がうなずいて木箱の蓋を開けた。メグとご陰キャさまは興味津々な感じで木箱のなかを覗きこんだ。木の板に縄で括ってあるソードを見てメグが言った。
「なあるほど。ソードに当てている木の棒に溝を切りこんで、そこに縄を結んでるのか。考えたわね。つかこのソード、やたらぴかぴかしてて鏡みたいだな。ふわあ。めちゃくちゃかわいい女の子が映ってんだけど、いったいこれ誰? もしかしてソードに宿っちゃってる妖精とか? なんかお人形さんみたいに整った顔してんだけど‥‥あ、なんだあたしか」
メグはしばらくのあいだソードを眺めていたが、とつぜん躊躇することもなく木箱のなかに手を突っこんで、そのままソードを素手で握って持ちあげたのだった。由香が鋭い悲鳴をあげて言った。
「えっ、ちょっと‥‥なにしてるんですか」
なぜかメグのほうが不思議そうな表情を浮かべて由香の顔を見る。
「ん? へーきだよ。あたし、こーゆーのへっちゃらだから」
由香が両手を口に当てながら、ソードを握っているメグの手を信じられない目で見た。
「手は切れてないんですか」
メグはぶるるんと首を振る。
「うんにゃ、実際は切れてんのよ。でも切れてるそばから手の皮膚を再生させているんで、外見的にはまったく切れているように見えないってだけなの」
由香は目を丸くしたまま、ソードを握っているメグの手をまじまじと見た。
「どうしてそんなことができるんですか」
「どうしてって‥‥だってあたし、選ばれし英雄だもんっ。てへっ」
メグは片足を跳ねあげてウインクしながらペコちゃんのように舌を出した。由香が怯えた表情でゆっくりとうなずいて言った。
「‥‥ですよね」
ご陰キャさまが呆れた表情をしてメグに言った。
「メグちん、あんま由香りんをびっくりさせんでくれる。なんかめちゃくちゃ怖がってるんだけど」
メグはご陰キャさまの言葉を無視して、ソードに映りこんでいる自分の姿を眺めながら言った。
「このままの状態で龍と戦ってもいいんだけどねえ‥‥でもやっぱ違和感あるよなあ」
ご陰キャさまがうなずいて言った。
「柄がついてない状態じゃ、しっくりこないもんね。龍も二度見するんじゃね。あれ、素手で持ってんのこの人、って」
メグがやはり真顔でうなずいた。
「ありうるね。龍が存在して動きまわってんのがそもそも変なんだから、お前がそこ引っかかってんじゃねえよって話なんだけどさ。でもさ、龍はともかく、瑞生クンと合流したときに、なんかツッコまれそうでイヤなんだよなあ。瑞生クンのほうはちゃんと柄とかつけてそうだしさ。なんだ、お前のほうは柄をどうするか思いつかなかったのかよ、ふん、クソが、とか思われそうだし」
「瑞生クン、そういうのうるさそうだもんね」
「うん、それもなんか悔しいしね。やっぱ龍んとこまで行って、鱗にこれ突き刺してくっぺか」
「えっ、龍の鱗にソードを突き刺してどうするつもりですか」
まだ頭が混乱したままの由香が大声でそう言った。メグがまた不思議そうな表情を浮かべて由香の顔を見た。
「どうするって‥‥龍の鱗をソードの柄にしてやろうと思ってさ。由香っちもそう言ったじゃない、石化した龍の身体がソードの柄になる唯一のものだって」
「実際に口に出して言ったのはメグちゃんのはずだけど‥‥でも龍にソードを突き刺したりなんかしたら、今日にでも龍がめざめてしまいませんか? 石板にはソードで切り刻むと龍がめざめると書かれているんですが」
「そこは大丈夫だぴょん。石板に龍がめざめんのは明日って書かれている以上、龍は明日までめざめることはないはずなの。それに龍をめざめさせるのは向こう側にいる悪漢たちであって、あたしたちがめざめさせるとは、ひとことだって書かれてないわけだしね」
「あの‥‥龍ってそういう理屈が通じる相手だとは思えないんですが」
「まあそうなんだけどさ、あたしたちが戦おうとしているのは、龍そのものというより‥‥どっちかっつうと龍を制御している相手なんだよね」
「えっ‥‥もしかしてそれって、神さまと戦うっていうことですか」
由香がそう言うと、メグが人さし指を突きたてながら、よくわからないドヤ顔をきめて言った。
「そう。由香っち、よくわかったね。あたしたちが戦うのは、じつはこの世界をつくった神さまなのよ」
さらに怯えた表情を浮かべた由香を見て、ご陰キャさまがやや引き気味にメグに言った。
「メグちん、由香りんの目に、ぶっちぎりでヤバイ奴に映ってると思うんだけど」
メグがまたペコちゃんのように舌を出して、よくわからないキメ顔でご陰キャさまに言った。
「レッドゾーン振り切れちゃった?」
「たぶん」
それでも反省した風でもなくメグは由香のほうを向いて言った。
「由香っち、あたしたちこれから龍のとこ行くけど、いっしょに来る?」
「あ、はい」
メグはうなずくと、手に握っているソードを斜めに寝かせ、刃先を肩に当てながら本殿の出口に向かって歩き出した。由香が両手を口に当てて、表情を引きつらせながら言った。
「えっ、ソードが肩に触れて‥‥」
メグが振りむいて由香に聞きかえした。
「ん? 由香っち、なんか言った?」
しかし由香は諦めたような表情を浮かべて首を振って言った。
「いいえ‥‥なんでもないです」
神社を出た三人は振り向いて一礼すると、商店街をとってかえして石橋を渡った。遊歩道をしばらく歩いてから住宅地に入り、遠くに見えていた龍の石像がしだいに近づいてきた。民家の数がだんだん減っていき、あたりは荒涼とした砂利だらけの道へと変わっていった。
龍に沿った道まで来ると、由香が眩しげに龍の石像を見あげながら、感慨深げに言った。
「なんか久しぶりにここ来たなあ」
ご陰キャさまが由香に訊いた。
「どれくらいぶりなの?」
「小学校のときの遠足以来かなあ」
ご陰キャさまはおかしそうに笑って言った。
「いや、由香っち、どんだけ龍に興味ないんよ」
「だってぇ、こっちのほうに用事とかないですもん」
目のまえを歩いていたメグが立ちどまり、いきなりソードを構えて、龍の鱗にぐりぐりと突き刺した。由香が絶叫にちかい悲鳴をあげた。メグが由香のほうを振りいて、平然とした顔で言った。
「うん? びっくりさせちゃった?」
由香は少しキレているような口調で言った。
「あの、そういうことをするときは、これからやるぞって宣言してからやってください」
メグは職人が作業でもするように、無表情のまま鱗にソードを押しこみつづけながら、首を傾げて言った。
「うーん。なんかこの姉妹は、英雄のやることにいちいちケチつけなきゃ気が済まないタイプなのかな」
ご陰キャさまが目を閉じて額に手を当てて、困り果てたように首を振りながら言った。
「つか、メグちんもメグちんでけっこうデリカシーないんかもな」
「は? お前がそれ言うか?」
メグの突き刺した部分の鱗が赤く発光しだして、そこだけ独立した生き物のようにうねりはじめた。触手を持った海洋生物が餌を捕食するように、軟体化した鱗はうねりながらソードにねちっこく絡みついた。メグは憎たらしげな顔をして、さらに鱗にソードをねじこみつづける。
「ほーれほれ、これからどーなんの、どーなんの、ああ?」
「そろそろ手を離したほうがよさそうな気がするんだけど‥‥」
ご陰キャさまがそう言ったとたん、柔らかくなった鱗がソードを包みこんだまま、龍の身体からいきおいよくぴょんと飛び跳ねてきた。ソードを握ったままだったため、鱗はメグの額に思いきり命中したのだった。メグは額に手を当てながら表情を歪めて大声で喚いた。
「痛ったぁ‥‥」
「言わんこっちゃない」
ご陰キャさまが呆れた声で言った。
「んもー。ぜったいわざとだよ、これ」
メグは片手で額を押さえながら、もう片方の手のなかでソードをするすると滑らせ、柄となった鱗の部分を持った。鱗はメグの手のなかでうねりながら、やがてソードにぴったり誂えたようなフォルムとなって固形化した。メグは柄のついた状態となったソードをあらためて眺めてた。
「あんたにはこれ使いこなせないよなあ」
メグがそう言って柄の部分を差し出してきたため、両手でソードを受け取ったが、ソードはご陰キャさまが想像していたよりも遥かに重かった。じっと垂直に立てていることさえ困難で、ご陰キャさまはバランスを崩してあやうくソードを落としそうになった。メグが焦った表情でご陰キャさまのほうに手を伸ばしながら言う。
「無理すんなってば。由香っちのまえでいい格好したいのはわかるけど、あんたの体力じゃどう転んでもムリだよ」
「ばれた? もう持ってるだけでも精一杯なんよ」
「アイマスクかけて仮想空間に参加すると、あくまで現実世界の身体能力が反映されるからね。ニートで運動不足のあんたにこんなもの使いこなせるわけがないもん」
ご陰キャさまは素直にメグにソードを渡しながら言った。
「じゃあ向こうも瑞生クンじゃなくて、ブルーベルのおっさんがソードで龍と戦うことになるってわけ?」
メグは刃の部分を受けとって、またするすると手のなかで滑らせ柄の部分を握りなおしながら言った。
「そういうことになるね。これまでろくに身体を動かしてこなかった感じの瑞生クンと公安の人間であるブルーベルとじゃ、身体能力が桁違いだもん。龍にソードを突き刺して、このどでかい図体を引き裂けるだけの力なんかぜったいにないはず。あんたたちみたいなパソコンオタクの腕力じゃ、このやたら重たいソードを数分くらい持ってるのがせいぜいじゃない」
「つうことは今回は俺と瑞生クンに見せ場はまったくないってこと?」
「そーゆーことになるね。てか、あんたにこれまで見せ場なんかあったっけ」
「たしか二回くらいはあったはずなんだけど‥‥今回はまったく出る幕がないわけか。それもなんか肩すかしな感じだなあ。メグちんとブルーベルのおっさんが龍と戦っているあいだ、俺と瑞生クンはなにしてたらいいわけ」
「デッキチェアでも借りて持ってきて、グラサンかけてアイスソーダでも飲みながら、瑞生クンとふたりでぼうっと眺めてたらいいんじゃない。それかチアガールの格好してボンボン振ってもらうか、そのどっちかだね。‥‥しっかしだりぃわぁ。どうせうちらが勝つに決まってるんだもん」
メグが余裕たっぷりにそう言うと、ご陰キャさまがたちまち不安げな表情を浮かべた。
「あのさメグちん、不吉だから、龍と戦うまえからそういうこと言うのやめてくれる?」
「なんでよ。カエデなんかに負ける気がせんのだけど」
「よくある死亡フラグっぽく見えんのよ」
「んもう。あんたもチキンだねえ。あたしにはいまから最終決戦の画が見えんの。龍がめざめたとき、あたしがこの剣をぎゅっと握って対峙するでしょ。するとあたしの髪の毛がぎんぎんに逆立って、空を覆いつくした灰色の雲から電流みたいな赤い線がいくつもおりてきて、あたしの身体のまわりにまとわりつくの。そんであたしのこのきゃわいいきゃわいいぱっちりお目目がきらきらと青く光るわけ」
「なにその大昔の安っぽいアニメみたいな展開。それにさ、そういうのって絵的になんか、でんじろうの科学実験みたいな感じなんだけど。だいたい、メグちん、自分の力でそういうことできるわけ」
「あたしはできないけど、カエデが演出してくれるんじゃないの」
「なんで敵のカエデっちがわざわざそんな演出してくれると思うんよ」
「そのほうが盛りあがるじゃないよ。カエデだってさ、せめて自分の散り際くらい、ギンギラギンにさりげなく派手な演出するんじゃないの。知らんけど」
「だからさ、そういうこと言えば言うほど、フラグっぽくなるんだってば」
「いざとなったらブルーベルのやつなんか頼りにせず、メグちゃんひとりでこの龍倒しちゃうかんね」
メグはそう言って片足をあげ、何度も龍に蹴りを入れるジェスチャーをした。
「うーん。ますますフラグっぽくなっていってんだけど、大丈夫かなあ」
「あんたってほんと肝っ玉ちっさいよね。そんなんだとこっちの世界の由香っちにも嫌われちゃうよ」
ご陰キャさまがそろそろ本気で心配そうな表情をして心細げな声で言った。
「いや、マジで大丈夫かな‥‥」
ふたりのやりとりがひと段落したところで由香が声をかける。
「おふたりはこれから予定とかあるんですか」
メグが由香のほうにソードの先端を向け、よくわからない決めポーズをつくりながら答えた。
「もちろん、なーんにもにゃいよ」
「じゃあお祭りに行きません? 龍の大判焼き、無料でサービスしますし」
「由香っち、えらくそれこだわるよね。そこまで龍の大判焼き推してて、しみったれたあんこの詰め方してたら、由香っちの顔に食べかけの大判焼き思いっきり投げつけてやるからね。その覚悟はあんの」
「その覚悟はありますっ」
「あんのかーい。まあいいけど。でもさ、こんなロリロリの格好でお祭りなんか行って、浮いちゃわないかな」
メグは視線を落として、自分の着ているヒラヒラのついたステージ衣装をあらためて眺めた。
「ミキの浴衣があるんで、それを着ていったらいいですよ。背丈も同じくらいだし」
「でもそれミキちゃんが着るんじゃないの?」
「ミキとあたしは巫女の格好をして神社の行事をこなしたりしなくてはいけませんから、ミキもあたしも祭りのあいだに浴衣を着ることはありません」
「ああ、そっか。由香っちとミキちゃんは神社の娘なんだもんね。でもあれだけ毛嫌いしてるあたしなんかに、ミキちゃんは自分の浴衣を貸してくれんのかな」
「そこは姉であるあたしがちゃんと説き伏せますんで」
「んー。龍よりも手ごわそうに思えるんだけど‥‥。ま、貸してくれなかったら最悪この格好で行くわ。せっかくだからあたしたちはお祭りを楽しんじゃうけど、由香っちたちは祭りの行事で忙しいんじゃないの?」
「はい。一年でいちばんのかき入れどきですから。でも途中で抜けだして合流できると思います」
「こういうときだけはちゃんと働こうね、由香っち」
「え、由香りんの巫女姿、拝めんの?」
「はい、これでも巫女なんで、ちゃんとそういう格好に着替えますよ」
ご陰キャさまは呆然とした表情をして、それからふたりに背中を向けて肩でむせび泣いた。
「生きててよかった、生きててよかった‥‥」
メグがご陰キャさまの着ている茶色の半袖のシャツとカーキ色のズボンというラフな服装を眺めながら言った。
「こいつはこの格好でもいいんじゃない」
「亡くなった父とちょうど背丈が同じくらいなので、箪笥に眠っている浴衣を着てもらえればいいですよ」
ご陰キャさまがふたりのほうを振り向いて言った。
「え、俺は由香りんの浴衣着るんじゃないの」
由香があくまで微笑みながら言った。
「陰キャさんが女性用の浴衣なんか着たら、祭りに来ている人たちにジロジロ見られて生き恥さらすことになりますよ」
「いいのいいの、そういうの俺にとってはご褒美だから」
「ご褒美?」
「お前がよくても、由香っちがイヤなの」
メグにそう言われ、引きつった笑顔を浮かべている由香の顔を見たご陰キャさまは、観念したような表情をしてがっくりとうなだれた。
「露骨にがっかりしてんじゃねえわ、この真正ど変態がっ。さ、用事も済んだことだし、そろそろアパートに戻るよ。たぶんミキちゃんが頭からツノ生やして待ってるはずだし」




