第四十五話 最初からお前のその手を読んで裏まで読んでさらにその裏まで読んで読んで読んで読みつくしておったわい(メグとご陰キャさまの冒険譚 五)
「指が触れただけでそのまますっと骨まで裂ける剣ってさ、それいくらなんでもちょっとヤバくない?」
メグが眉間に皺を寄せて、あたかもそれを設定したカエデ本人であるかのように、非難がましい目つきでミキを睨みながら言った。
「ですよねえ」
能面のように無表情のまま、ミキは平坦な声でそう言った。
「でも柄の部分はちゃんとついてるんだよね?」
「ありません。そのソードをつくった刀職人は、柄を取りつける直前に病で死んでしまったんです」
メグは苛立たしげに小さく舌打ちする。
「えらいタイミングでくたばりやがったな」
「は?」
「ううん、なんでもない。で、ソードはいまどこに保管してあんの?」
「神社の本殿に祀ってます」
まえにも増して素っ気なく話すミキにたいして、メグは機嫌を窺うかのように、せいいっぱいの笑顔を浮かべながら言った。
「じゃあさ、なんでも切れちゃうソードをどうやってそこまで運んだか、いちおう聞かせてもらってもいいかな」
「木の板に縄でくくりつけて運んだみたいですね」
無愛想な声でそれだけ言って、それ以上話そうとはしないミキに、メグは何度もうんうんうなずいてから言った。
「うん、ミキちゃんらしいラフでアバウトな説明だね。でも縄でくくりつけただけだったら、木の板をちょっと動かしただけで、ソードの刃が接触して縄が切れちゃうんじゃないの。そうならないようにたぶんなにか細工を施してるはずだよね。そこらへんの仕組みを詳しく説明してくれるかな?」
「嫌です」
ミキは能面のような表情のまま即答した。
「はえ?」
「聞こえませんでしたか。嫌です、って言ったんです」
「嫌ですとかってあんの。こういうそこそこ大事な場面で、説明すんの嫌ですとかあるわけ」
メグは過呼吸の一歩手前のように、苦しそうに息を喘ぎながらそう言った。
「嫌というか、説明する気が失せたんです」
メグはまだ苦しそうに胸に手を当てながら、引きつった笑顔を浮かべて言った。
「めちゃくちゃ複雑な構造をしているとか?」
「いえ、説明するのがむずかしいとかじゃなくて‥‥いまもそんな感じでしたけど、説明しようとしている最中に『あー、わかった。こういうことね』みたいな感じで先まわりして答えを言われるのって、なんか気分がわるいっていうか、話す気がなくなるからもうやめとこうかなあ、って思ったんです」
「そこは謝るわ。たしかに考えてみたら、うちらそういうことばっかしてたもんね。でもさ、開きなおるつもりはまったくないんだけど、あたしたちって石板に刻まれた英雄たちなわけだよね。石板で預言されてる英雄なんだから、なんでも知ってたところでべつに不思議じゃないでしょ?」
ミキは溜め息をついて目を閉じ、静かに首を振ってから言った。
「そういう問題じゃないと思うんですよね。英雄の方たちだろうがなんだろうが、人が説明をはじめたら、最後までおとなしく耳を傾けているのが最低限の礼儀だと思うんですよ。こういう感覚って、選ばれし英雄としてこの世に生を受けたあなたたちには一生理解できないでしょうけど、わたしみたいなしがない庶民が、昔は龍が空を飛びまわっていただの、神さまに雷を落とされて石になっただのという、荒唐無稽な伝説をなんとか英雄の方たちに信じていただけるよう、筋道を追って誠心誠意お話ししようとしているのに、途中で話の腰を折られるようなことばかり言われたら、やっぱり気分がわるいじゃないですか」
「まあ、そうかもしれないけど‥‥あの、ミキちゃん、お願いだからガチな説教とかやめてくんない?」
それでもかまわずミキは話をつづけた。
「わたしだって、こんな非現実的な話、英雄の方たちがこの島に来られたときにちゃんと信じてもらえるかなあって、物心ついたときからどきどきしてたんです。毎年、五月十五日が近づくたびに、今年は英雄の方たち来られるのかなあ、来られたらちゃんと説明することができるかなあ、もしわたしの力不足で英雄の方たちに話を信じてもらえなかったらどうしようって、そんなことばっかりくよくよと思い悩んでいたんです」
「わかるよ。ミキちゃんのプレッシャーはよーくわかる。ちっちゃいときからこんな大役押しつけられてんだもんねえ」
「それがどうですか。いざ英雄の方たちが来たら、ろくすっぽ人の話も聞かずにおふたりで変に騒いじゃって。こっちが真面目に、一生懸命に話してるのにチャチャ入れて話の腰を折るのって、たとえこの島の平和を守ってくれる英雄の方たちだからって、けっして許されることじゃないと思うんですよ」
メグは年下の女の子に説教され、泣きそうな顔になりながら言った。
「ごめんて。ほんとそこはごめん。ミキちゃんの気をわるくさせたんだったら、心から謝るわ。それに自分たちが英雄だからそういうことしていいだなんて、これっぽっちも思ってないよ。これからはマジでマジでマジでそういう態度あらためるから」
「ふん、どーだか」
腕を組んでそっぽを向いているミキに、メグはバツのわるそうな表情を浮かべて言った。
「うーん。いっぺん訊いてみようとは思ってたんだけど、ミキちゃんの目にはあたしたちのこと、いったいどんな風に写ってるの?」
ミキは腕を組んだまま、ふくれっ面でメグの顔をちらっと見た。
「どんな風に、ですか。そうですね。ああ、この人たちが石板に刻まれた英雄だったんだ、そうなんだぁ‥‥って」
「えーとさ。それって、どちらかというとポジティブな意味じゃないよね?」
「ええ、まあ」
「がっかりしたってこと?」
「はっきり言ってしまうと、そうです」
メグはテーブルにばたんと上半身をたおし、顔だけ横に向けて言った。
「死んだ。英雄は戦うまえに息絶えた」
ご陰キャさまが目を閉じて、何度も首を振ってから言った。
「のっけから全力でふざけてたもんね、俺ら。そりゃ信用も失うわ」
メグがテーブルに伏せたまま、ご陰キャさまのほうを潤んだ瞳で睨みつけながら言った。
「そーだよ。お前のせいだよ。お前がぜんぶぶち壊したの、お前が。メグちゃんはぜんぜんわるくないんだから。お前のボケぜんぶ拾ってツッコんでたからこうなったんだわ。んもー。こうなったのお前のせいだからな、お前のぉ」
「いや、そこまで俺の比重はおもくないと思うんだけど‥‥でもさ、ミキミキにはカエデっちの主観的な意思なんか、まったく反映されてないはずなんよな」
「だから衝撃を受けとんのだろうが、このぼけなすが。これがカエデの手から完全に独立した人格を持ったミキちゃんの、いわゆる忖度ぬきの正直な感想ってやつなの。んもお」
水のかかったムカデのようにメグは全身をくねくねとうねらせた。
「うおおお。堪らん。これけっこう身体にくるわ。自分の力で起きあがることができねえ。‥‥あーあ。いまごろ瑞生クンは、向こうにいるミキちゃんみたいな存在に、うわぁ、瑞生さんめちゃくちゃ飲みこみが早いですぅ、凄いですぅ、かっこいいですぅって慕われて、尊敬されて、デレデレしながらやってんだろうな。やってらんねえわ」
ご陰キャさまがやはり心配そうな表情を浮かべてメグの顔を見た。
「メグちんちょっと瑞生クンのこと美化しすぎじゃね。向こうは向こうで眉間にしわ寄せながら、ミキミキみたいな存在の子に、うわ、こいつめんどくせえわって思われながら、学生のディベート大会みたいなクソ真面目なノリでやってんじゃないの」
メグは身体をびくっと痙攣させて、テーブルに突っ伏したまま、押しつけた頭をぐりぐり振りながら言った。
「あたしもそういう風にやりたかった。AI同士の真剣勝負っつうかさ、うっひゃひゃひゃ、最初からお前のその手を読んで裏まで読んでさらにその裏まで読んで、読んで読んで読みつくしておったわい、これでメグちゃんの逆転勝ちじゃ、来世に転生してタイムリープして出なおしてこいっ、てな感じでやりたかったよぉ」
「その手を読んで裏まで読んでさらにその裏まで読んでっつたら、ただ最初の手を読んだってだけになるんじゃね。しかもなんでそんなラスボスの魔王みたいなノリなんよ」
「それがなに、ひとつ年下の子にこんな風に見くだされてさ。屈辱だよ、屈辱ぅ。あーあ。メグちゃん、これはじめからぜんぶやり直したいよぉ。この島にたどりついたところからぜんぶやり直して、カエデから、さすがっす、メグ姉さんさすがっす、なんか呼び捨てにしたりしてどーもさーせんしたぁ、って言わせたいよぉ。つうかこれ、ぜったいカエデが軽蔑のまなざしでどっかであたしのこと睨みつけてるパターンじゃん。やだよぉ。こんなのやだやだやだやだ。ていうか、瑞生クンとまでは言わないまでも、せめてブルーベルのやつと組んでたら、あたしもここまでミキちゃんに小馬鹿にされる世界線じゃなかったんじゃないの。それがお前なんかと組んだばっかりにさあ‥‥」
「なんでメグちんのほうがそこまで人間くさい感情持ってんの。ここまできて相方にそういう不満を抱くのって、なんか妙にリアル過ぎるんだけど」
「とにかくソードは縄で木の板にくくりつけてあるんです。‥‥あ、いいですかぁ?」
ミキがあいかわらず能面のような表情のまま言った。
「うん。かまわずつづけてちょ」
ご陰キャさまが困ったように額を掻きながらそう言って、メグはまだテーブルに突っ伏したまま、黙って片手をあげて振ったのだった。
「そしてその木の板ごと、木箱に収納されて神社に祀られてます」
「錆とかついてないんすかぁ。ここ海風ぶんぶんの島っすよねぇ」
テーブルに突っ伏したまま、やる気のなさそうな声で、とりあえず訊いとこか、みたいな感じでメグが言った。
「定期的に丁子油を塗って錆を防いでます」
「だろうな、そら先まわりして考えとるわなっ。聞くだけ無駄だわなっ」
ご陰キャさまがミキのほうを向いて訊いた。
「そのソードってほんとになんでも切れちゃうの?」
「はい、なんでも切れてしまいます」
「なんでも切れちゃうソードだったら、そのソードを手に持つことだってできないんじゃないの」
「はいっ。できませんっ」
なぜか憎たらしげに両目をむいてミキは答えた。
「だったら、うちらにそのソードで戦え、っつうのはちょっと無理スジなんじゃない?」
「はあ。でもそこをなんとかぁ、その、なんていうんすか、英雄らしくっつうんすか、いっちょ気合い入れてうっこらしょとそのソードを握ってもらって、ぜひともおふたがたに血みどろになりながら龍と相まみえてほしいんっすよねえ」
確実にキャラ変しているミキの顔を呆然と眺めながら、ご陰キャさまは困惑したように言った。
「あのさ、ミキミキはうちらが英雄であることにがっかりしたんだよね?」
「はい。がっつりがっかりしました」
「がっつりがっかりしたのに、そこはそういう話になるわけ」
「はい。そういう話になりますぅ」
商品の案内をするときだけやたら丁寧で、会計のときに勝手に追加されたオプション料金の内訳を嬉しげに説明するショップ店員のような、ゲスい笑顔を浮かべながらミキが言った。
「じゃあうちらどうやってそのソード握ったらいいわけ。せめてそれくらいは教えてよ」
「さあ。わっかりませんっ」
メグがテーブルに突っ伏したまま、くぐもった声で言った。
「由香っち、すまんのだけど神社までうちらを案内してくれるかな」
「あ、はい。構いませんよ」
ご陰キャさまが不思議そうな表情を浮かべる。
「ん。神社行ってどうすんの」
「ソードの入った木箱をとってくんの」
「とってきてそれどーするん」
「切っても切れなさそうなものにくっつけんの」
「んーと。この島にそんな都合のいいもんあんの」
由香が目を見開いて、まるでクロスワードパズルでも解いたときのような軽い口調で言った。
「あります」
「え。やっぱりあんの」
ところが由香はにやにや笑いながらずっと黙っているばかりで、まるでわざと相手を焦らすようになかなかその答えを言わないのだった。ご陰キャさまは、由香がこういう子供みたいないたずら心を持っていたことを、懐かしく思い出した。
しかしご陰キャさまには、当時は自分を苛立たせるだけだった由香のこの子供っぽい性格が、いまとなってはどうにも愛おしくて仕方がなかった。この守ってあげたくなるような愛らしさが、かつてはすぐ手の届くところにあったのである。ご陰キャさまは嬉しそうに目を細めながら、そんな由香の笑顔をじっと見つめつづけた。
由香がようやく正解を言おうと口を開きかけたとき、メグがテーブルに顔を伏せたまま、くぐもった声でさきに言った。
「由香っち、溜めがなげえわ。そりゃ石化した龍だっぺな」




