第四十四話 撒き散らされる美しさの破片(瑞生とブルーベルの冒険譚 五)
「指が触れただけでそのまま骨まで裂けてしまうというのでは、たしかに扱うこと自体がむずかしそうですね」
あくまで冷静な口調で瑞生はそう言ったが、ヒタリは首を振って言った。
「いいえ、問題はそこではないのです。刃の切れ味がよすぎて、誰もソードそのものを持つことができないのです」
瑞生は小首を傾げて訊いた。
「しかし柄の部分はあるわけでしょう?」
ヒタリは目を伏せて、厳かに首を振った。
「ありません。そのソードをつくった刀職人が、柄を取りつける直前に病で死んでしまったのです。だから誰もそのソードを手に取ることすらできないのです」
瑞生とブルーベルは顔を見あわせた。ふたりの表情はやはり苦々しげである。瑞生がヒタリに視線を戻して訊いた。
「ソードはどこに保管されてるんですか」
「神社の本殿に祀られております」
「もともとはその場所にあったわけではないですよね。手に取ることもできないソードを、どうやってそこまで運んだんです」
ヒタリは説明の順序を整理するように、瑞生とのあいだにある空中の一点をじっと見据えたまま言った。
「そのソードは日本刀のように平らなものではなく、中央が少し盛りあがっています」
瑞生は頭にぼんやりと浮かんできたイメージをたぐり寄せるようにきつく目を細めた。
「‥‥RPG系のゲームの宣伝のイラストにつかわれる西洋の剣のような?」
ヒタリはうなずいて言った。
「ええ。いままさに瑞生さんが仰ったとおりのものです。説明するのが少しややこしいのですが、木の板にそのソードを寝かせて、縄がぴったり通るだけの溝のはいった木片を、ソードの盛りあがった部分の両側に当てて、木の板ごと縄で固く縛っているんです」
ブルーベルはその図を頭に描きながら、たどたどしい口調で言った。
「つまり縄自体はソードの刃先にまったく触れていないってわけか。うまく考えたもんだな。しかし、刀職人はなんでも切れてしまうその刃を、いったいどんな道具で研いでたんだね」
「わかりません。刀職人には弟子がおりませんでしたし、病に倒れたあと、職人は秘伝が漏れるのを恐れたのか、仕事道具をすべて解体して捨ててしまったのです」
ブルーベルはヒタリの顔をしばし見つめたあと、声を落として瑞生に言った。
「そこはやはりご都合主義的な感じだな。まあ、実際にありそうな話ではあるんだが」
瑞生はブルーベルの言葉に黙ってうなずくと、ヒタリのほうに向きなおって訊いた。
「その「指が触れただけでそのまま骨まで裂けてしまうというのでは、たしかに扱うこと自体がむずかしそうですね」
あくまで冷静な口調で瑞生はそう言ったが、ヒタリは首を振って言った。
「いいえ、問題はそこではないのです。刃の切れ味がよすぎて、誰もソードそのものを持つことができないのです」
瑞生は小首を傾げて訊いた。
「しかし柄の部分はあるわけでしょう?」
ヒタリは目を伏せて、厳かに首を振った。
「ありません。そのソードをつくった刀職人が、柄を取りつける直前に病で死んでしまったのです。だから誰もそのソードを手に取ることすらできないのです」
瑞生とブルーベルは顔を見あわせた。ふたりの表情はやはり苦々しげである。瑞生がヒタリに視線を戻して訊いた。
「ソードはどこに保管されてるんですか」
「神社の本殿に祀られております」
「もともとはその場所にあったわけではないですよね。手に取ることもできないソードを、どうやってそこまで運んだんです」
ヒタリは説明の順序を整理するように、瑞生とのあいだにある空中の一点をじっと見据えたまま言った。
「そのソードは日本刀のように平らなものではなく、中央が少し盛りあがっています」
瑞生は頭にぼんやりと浮かんできたイメージをたぐり寄せるようにきつく目を細めた。
「‥‥RPG系のゲームの宣伝のイラストにつかわれる西洋の剣のような?」
ヒタリはうなずいて言った。
「ええ。いままさに瑞生さんが仰ったとおりのものです。説明するのが少しややこしいのですが、木の板にそのソードを寝かせて、縄がぴったり通るだけの溝のはいった木片を、ソードの盛りあがった部分の両側に当てて、木の板ごと縄で固く縛っているんです」
ブルーベルはその図を頭に描きながら、たどたどしい口調で言った。
「つまり縄自体はソードの刃先にまったく触れていないってわけか。うまく考えたもんだな。しかし、刀職人はなんでも切れてしまうその刃を、いったいどんな道具で研いでたんだね」
「わかりません。刀職人には弟子がおりませんでしたし、病に倒れたあと、職人は秘伝が漏れるのを恐れたのか、仕事道具をすべて解体して捨ててしまったのです」
ブルーベルはヒタリの顔をしばし見つめたあと、声を落として瑞生に言った。
「そこはやはりご都合主義的な感じだな。まあ、実際にありそうな話ではあるんだが」
瑞生はブルーベルの言葉に黙ってうなずくと、ヒタリのほうに向きなおって訊いた。
「そのソードはいまどういう状態で保管されているんですか。まさか剥き出しのままではないですよね?」
「木箱に収納された状態で神社に保管されております」
瑞生はやはり納得のいかない感じで首を傾げる。
「職人が生きていた時代というのはわかっているんですか」
「およそ三百年前といわれております」
ヒタリは一瞬の迷いもなくそう答えた。
「ソードは錆びついてないんですか」
「定期的に点検を行っておりますが、現時点ではございません」
「こんな海にかこまれた小島で、湿気や塩分をふくむ海風に晒されながら保管されているのに?」
「ソードの表面に丁子油を塗っております。わたしどもの家系のものが点検の際にそのつど塗りなおしているため、それが錆止めのためのコーティングの役割を果たしています」
ヒタリは少しの淀みもなく、すらすらと答えた。
「どうやってソードに油を塗ってるんです。ソードは刷毛でもなんでも引き裂いてしまうんですよね」
「職人が亡くなった年にわたしの祖先がつくった、原始的な噴霧器で丁子油を吹きつけております」
瑞生は気づかぬうちに前のめりになっていた姿勢を正して、なんらかの反応を求めるように、自分の手のひらを広げながらブルーベルのほうに視線をやった。
「‥‥憎たらしいほどちゃんとした答えを用意してくるもんだ」
ブルーベルが小声でそう言って、瑞生の顔を見る。
「相手はAIですからね、理論的なレスポンスはしっかりしてますよ」
「妙に話の辻褄が合っているが、カエデはこの話を最初から練りあげていたのか?」
瑞生は自分の耳たぶをかるくつまみながら、斜めに視線をとばして答えた。
「どうでしょうね。僕たちが龍との戦闘手段を訊ねてから、即興でこしらえたような気もします。しかし‥‥ひどくばかばかしいような気がしますよ。石化して眠る龍に、切れ味が鋭すぎて持つこともできない剣なんて。僕らをおちょくってるとしか思えません」
「無理難題をふっかけて、足止めを食らわそうっていう魂胆かもしれん。カエデの目的はあくまでクーデターの阻止なんだからな。最終的な目的は眠れし龍をめざめさせることじゃないのかもしれんぞ」
向かいの椅子であくびをした詩梁にブルーベルはふと目をとめた。ブルーベルは議論することに疲れた人間がよくやるように、傍観者の立場をとって黙りこんでいる人間を巻きこむことに決めたのか、ほんの少しだけ口角をあげて微笑み、詩梁に話を振った。
「詩梁さんはこのソードの話を、どう思っておられるのかな」
瑞生が咳きこみながら言った。
「わざわざ詩梁さんに訊かなくても‥‥」
しかし詩梁はブルーベルに向かって気持ちよく微笑むと、水を得た魚のように話しはじめた。
「すっごくばかばかしいですよね。いまヒタリが話したなんでも切れちゃうソードっていうのは、たんなる言いつたえでしかないんです。過去に誰かがソードを手にとって、実際にいろんなものを切ったうえで、『うわあ、これほんとになんでも切れちゃうや』ってなったわけじゃないんですよ。だってなんでも切れちゃう剣なんて、誰も手に取ることすらできないわけですから。これはそういうものだぞ、って当時の人たちが考えて、ちゃんと実証もされないまま、いまのいままでありがたく保管してきただけなんです」
ブルーベルは目を丸くしてうなずいた。
「ええ、まあ‥‥たしかにそういうことにはなりますが」
「しかもこれって、龍の伝説が書かれた石板とはなんの関係もない話なんです。あっちのほうはまあ、長年のあいだ綿々と語り継がれてきた伝説だっていう、免罪符みたいなものがあるじゃないですか。でもこっちのほうはあくまで生身の人間の話なんです。冷静に考えたら、なんでも切れちゃう剣なんて、そもそもつくることなんてできませんよね。おまけに、職人はべつに自分の口から『これはなんでも切れちゃう刀だぞよ』とか言ったわけじゃなく、当時の島民たちが勝手にそう解釈しただけっていう、めちゃくちゃトンデモなお話なんですよ」
ブルーベルは声を落として瑞生に言った。
「詩梁さんも切れ味バツグンだな」
瑞生は苦笑いを浮かべてうなずいた。ふたりが困ったようにヒタリに視線を送ると、ヒタリも空気を読めない姉にたいして困り果てているような表情を浮かべた。瑞生はむしろ熱の入っている詩梁をなだめるために、少しいたずらっぽい笑顔を浮かべて詩梁に言った。
「おそらく職人が生前に島民たちにそういったことを言ったから、島民の方たちもそれを現在にまで語り継いでいるんじゃないですか。職人が島民たちにたいして『これはなんでも切れてしまう剣だ』と言ったことが文書として記録に残っていないってだけで、根拠もなく島民の方たちがそんなことを信じているというわけではないはずですよ」
詩梁は唇に人さし指を当てて、天井の隅っこのほうに視線をやりながら言った。
「仮りに職人がそう言っていたとしても、それはきちんと実証されてないわけですよね。実証のしようがないっていうか。なんでも切れてしまう柄のついていない刀を握って、いろんなもの切ってまわるなんて、そんなのどう転んだって不可能なはずなんです。そうじゃありません? ‥‥龍の伝説もそうですけど、この島の人たちって、なんでも鵜呑みにしすぎだと思うんです」
ブルーベルは眉間に皺を寄せ、また声をひそめて瑞生に言った。
「おかしな展開になってきたが、詩梁さんは妙にうまく返してくるな」
「天然は入ってますけど、テストの点数とかはやたら高かったんです」
「スポーツ枠の推薦じゃなかったのか?」
「違います」
「瑞生さんもそう思いません?」
指名された瑞生は詩梁のほうを向くと、穏やかに微笑んで言った。
「むしろ島民たちは、石板に刻まれた伝説と結びつけて、刀職人の言ったことを信じたかったんじゃありませんか?」
詩梁はどこか思いつめた表情で瑞生の目をじっと見た。
「でも、つくった本人がそう言ったから信じるって、それぜったいおかしいですよ」
わりと強めの口調で詩梁がそう言ったとき、部屋にはどこか硬質な空気が流れたのだった。瑞生とブルーベルは顔を見あわせる。なぜ詩梁がそこまでムキになって反論するのか、ふたりが答えを求めるようにヒタリに視線を向けると、ヒタリは居心地わるそうに目を伏せてしまった。しばらくのあいだその硬質な空気は、重苦しい沈黙とともに、台所のそこかしこに留まっていた。
「この島にまったく切れない物体というのはないんでしょうか」
瑞生が沈黙を破るためだけに、無理難題をあえて詩梁にぶつけてみる。
「まったく切れない物体?」
「ようするになんでも切れてしまうソードでも刃がたたなそうな頑丈な物体です。それをソードの柄にしようと思うんですが」
詩梁がふとなにかを思い出したように目を見開いて、自分の顔のまえで両手を打った。瑞生はその仕草を見てめまいがした。それは瑞生が高校時代に、教室の片隅から盗み見るようにして観察していた詩梁の癖そのものだったからである。詩梁は自分にそういう癖があることを、ネットのどこかに書きこんでいるのだろうか。
いや、詩梁がそんな自分の癖にそもそも気づいているだろうか、と瑞生は思うのである。詩梁はまさに天衣無縫にそうした美しさの破片を無自覚に周囲に撒き散らしているだけなのだ。天然の入ったほがらかな性格の人間には、自然と世話やきの友人たちが集まってくるものだが、詩梁の周囲にもそういった人間はおおぜいいた。高校を卒業してからもその関係がつづいているのであれば、彼女たちのSNSでそういう癖を指摘されているのをカエデが拾ってきたと解釈するのがやはり自然なのかもしれない。
「‥‥そういえば、あります。なんでも切れてしまうソードでも刃がたたなそうな頑丈な物体が」
詩梁はまるで自分がそれを発見したかのように、驚いた表情を浮かべながらそう言った。
「ほう。それはなんだね」
ブルーベルが身を乗りだして詩梁に訊いた。詩梁はにっこりと笑って答える。
「石化している龍です」




