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第三十九話 現代の科学技術の粋を集めたるるAIのメグちゃん推察するところのこれはズバリ罠ね(メグとご陰キャさまの冒険譚 二)

「いかにもな定型パターンの決めゼリフが、なんか妙にややこしい設定になっているような気がするんだけど」

 ご陰キャさまがいささか正直すぎる感想を述べた。メグがふんふんうなずいて自分の顎をさすりながら、真犯人の名前を告げる十秒前の古畑任三郎のようにもったいつけて言った。

「てか、現代の科学技術の粋を集めたるるAIのメグちゃん推察するところの、これはズバリ罠ね」

 ご陰キャさまがシラけた表情で言う。

「そりゃ罠じゃね。カエデっちそっくりな女の子が言ってんだもん、罠以外のなにがあんの」

 メグが不機嫌そうな表情をする。

「‥‥なによ、その、誰もがわかってることわざわざドヤ顔で言いやがってダサっ、みたいな顔しちゃって。あんたみたいなアホにもわかりやすく言ってやってんだろーがこの。ありがたく思えよな、クソ陰キャ野郎がよ」

「ふわあ。5ちゃんでもそんな言葉浴びせられたことないのに」

「5ちゃんなんかに書きこんでるクソ陰キャ同士がわざわざ相手のことクソ陰キャなんて呼ばねえってだけの話だろが」

 カエデそっくりの美少女が困惑したように目を伏せたまま、どうにかふたりの会話に割って入ろうとする。

「ちょっとよろしいでしょうか」

「あのさ、ご陰キャさまの陰キャってのはあくまで自称なの。他人が言ったらたんなる悪口なんですぅ。こうなったら暇と体力を持てあましたニートの伝家の宝刀、総叩きスレおっ立ててやっからな。メグの叩きスレをよ。住民たち煽りに煽って、今宵を人類の有史以来最大の宴にしたるぞ」

 ラップバトルのようにふたりとも顔を近づけ、肘をおりまげて拳を突きあげた。

「おう、やってみろやってみろ。そのことごとくに長文のメグちゃん擁護リプ返してやるわい」

「おうおう、その自作自演リプのことごとくを違反報告してアク禁お見舞いしたるわ」

「あのぉ、ほんとによろしいでしょうかぁ」

 カエデそっくりの美少女が顔を赤くして絶叫する。ふたりがしゅんとなって同時に声を発する。

「ふぁい」

「お話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 ご陰キャさまがカエデの顔をじっと見ながら言う。

「うーんと、そのまえに君はカエデっちじゃないんだよね?」

 美少女がキョトンとした表情を浮かべる。

「はあ。カエデさん‥‥ですか。どなたのことでしょう」

 メグが露骨にげんなりした表情を浮かべ、顔のパーツを中央に寄せる。

「あー、めんどくさー。そのさ、はい、わたしはカエデじゃないんですぅー、訊かれてもわかりませーん、他人の空似ってやつですぅーとか、そういうのいいから。ちがう人間なんですよーん設定いいんだべや。だりぃんだわ。メグちゃんそういうの付きあわされんの、マジでマジでだりぃんだわ。作中作のコスプレごっこ、ほんとにほんとにやめて。かったりぃ、かったりぃ、かったりぃ。かったりぃの三乗、ルル三錠なの。つか、あんたじゃ話にならんっ。さっさとカエデ本人が出てこいやっ」

「あの‥‥この方はさっきからなにを仰っているのでしょうか」

 メグがガニ股になって屈みこみ、空に向かって、学生の応援団のようなポーズをとりながら叫んだ。

「おら、カエデ本人、出てこいやっ。出てこいやったら出てこいやっ」

 ご陰キャさまがにっこり笑って、カエデそっくりの美少女に向かって言う。

「このお姉たまたまは脳がおビョーキなんです。お気になさらないでくだちぇ」

「ああ? 穀つぶしの笛舐め妖怪が誰がビョーキだっつってんだ? いい根性してんなテメエは。表出ろやこの」

「古来よりこの島は龍の石像によって平和が保たれております。昔々、諍いの絶えなかったこの島に、神さまによって平和の使者として遣わされた龍は‥‥」

 カエデそっくりの美少女が、ふたりが少しでも黙りこんだ隙に喋ろうと、やたら早口で一方的に話しはじめた。

「あ、なんか勝手に話進めてる」

「そう判断しやがったんだな、カエデのあんにゃろめ。メグお姉たまを小馬鹿にしちくりおってさ。年上なのに舐められたもんよな。いっそのこと、こっちがぺろぺろ舐めてやろうか、笛舐め妖怪のようによ」

「あのさメグちん、あんま笛舐め妖怪のことイジんのやめてくれる? なんかムカついてくんのよ。あれはあれで俺の貴重な貴重な青春の一ページなんだから」

「なーにが青春だよ。おめえさ、一度でも自分の笛舐められた子の気持ち考えたことあんのか、あ?」

 ご陰キャさまはふてくされたような表情を浮かべて言った。

「こんなイケメンに舐められたら、それなりに嬉しいんじゃね」

 メグが心底呆れたような表情をした。

「お前そんなこと本気で思ってるんならマジで病院いけよ。カウンセリング受けろ。英語習って、パスポート取得して、飛行機乗って、アメリカの名の知れた脳外科医のいる病院行って、脳味噌いじくりたおしてもらえ。いまのそれ、地球上の全女子を敵にまわした発言だかんな。そんなこと言ってんの耳にしたら、お前のマミーと妹ちゃんだって敵にまわすぞ」

「心配してくれなくてももう敵にまわってるんよん。口もきいてくんないし。でも地球はひとつなんですぅ」

「申し遅れましたが、わたしはミキと申しますっ」

 少女が絶叫にちかい声でそう言った。メグがまた表情を思いきり歪めた。

「ミキィ? カエデの分身のわりにえらく平凡な名前だな。あいつのことだから、もっと凝りに凝った名前つけるかと思っちょったのにさ。‥‥いや、じつは深くて浅ーい意味がこめられてて、やっぱメグちゃんのことおちょくってんじゃねーだろーな。妹分のくせにふざけやがって、あんにゃろめ」

 ご陰キャさまがさすがに心配するような表情を浮かべながら言った。

「あのさメグちん、被害妄想はげしくない? 架空の人物の名前なんか、適当につけると思うけど」

 メグは腕を組んで、目を閉じたまま首を振る。

「いんや。適当ってのは人間の特権なんよ。そりゃもちろん、フロイト的解釈の成立する無意識下の深層心理、って側面は無視できないけど、そんなものを持たないAIはまず無意味なことなんかしないし、できない。なにをするにしても、絶対になにかしらの意味がある。それがシリアスなものだろうと、メグちゃんをおちょくりたおしたものだろうとね。うちらみたいに高度なAIの辞書に、適当なんていう言葉は存在しないわけよ」

「うーん。もしメグちんが生身の人間だったら、頭が破裂しちゃうんじゃね。つか、もうしてんのか」

「あ? なんか言ったか?」

「龍はいつしか自らの使命を忘れ、遊びほうけておりました」

 またミキがふたりのあいだに強引に割りこんできた。メグは軍人がやるような敬礼のポーズをとりながらミキに言う。

「あ、はいはい。仕事中だったんよね。かまわず話つづけてちょ」

「えーと‥‥それで神さまがお怒りになり、龍に雷を落として、石像と化した龍を島の衝立にしたのです」

 ミキがそれ以上話そうとしないので、メグが呆気にとられた表情で訊いた。

「ん? 終わり?」

「はい」

 相手は真顔でそう言った。

「なんか、だいぶ端折ってない? 大丈夫?」

「ニュアンスは伝わったかと」

「まあ伝わったけど‥‥うちらだから適当にやってるってことないよね?」

 ミキはあくまで真面目な表情で、首を振りながら言った。

「もちろん、そんなことはありません」

「ならいいんだけど」

「ただ、細かいところもお伝えしなければならないので、できればわたしの住んでいるアパートまで来ていただけないでしょうか」

 メグがやはりほっとしたような表情を浮かべる。

「だよね。雑すぎるもんね、これだけじゃ」

「はあ」

「で、うちらこれから、ミキちゃんの住んでるアパートに行けばいいわけ?」

 ミキがむしろ納得できない感じで、首を傾げながら言う。

「ええ‥‥でも‥‥なぜこんなに飲みこみが早いのでしょう。わたしが言うのもなんですが、常識から考えて、だいぶ超自然的な話だと思うのですが」

「いーから、いーから。あたしたち、学校でそういう教育受けたの。どう、これで納得した?」

「え‥‥はあ‥‥まあ」

 ご陰キャさまがメグのほうを振り向いて、心配そうな顔で言った。

「‥‥これ、ついていっていーの? 罠じゃにゃーの?」

 メグがおおきく首を振りながら言った。

「そうしないと話が展開せんだろが。連れてかれたさきに落とし穴が仕掛けてあって、うちらがアホづらさげてそこにどさっと落ちて、カエデが穴のうえからきゃーきゃっきゃっ、まぬけでごさいますわお姉たまっ、おまぬけに過ぎますわようっ‥‥みたいな展開にはまずなんないっぺな。それにさ、こんなところでどたばたやってるうちに、龍がめざめて倒しちゃってハイ終わり、なんてことになるわけねーだろが」

「それもそーか。ミキミキ本人が話がながくなる、っつうてるんだもんね。つかメグちん、やけにあっさり言ったけど、この龍めざめんの」

「んもー。あったりめーだべーや。これがたんなる舞台の書割で終わると思うお前の単純な思考回路が本気でうらやまだわ。どんだけアホなのお前」

「アパートまで案内しますので、ついてきてくださいっ」

 ミキはそう怒鳴ってからくるりと方向を変え、龍に沿って歩きだした。メグとご陰キャさまは顔を見あわせ、てくてくとおとなしくミキについていった。メグが目を細め、こまかく龍を観察しながら、どこか興奮したような口調で言う。

「最終的にこれが動き出して、あたしやあんたや瑞生クンやブルーベルに襲いかかってくんだねえ。いかん。ひっさしぶりに背筋がぞくぞくしてきた」

 同じように龍に視線をそそいでいたご陰キャさまがメグのほうを見た。

「ん。瑞生クンとブルーベルのおっさんもこの島に来てんの?」

「あったりめーだろが。この横たわってるどでかい龍の向こう側で、あたしらと同じように、カエデの分身からなんやかんやとデタラメな説明を受けとるわ。なんならいまこの瞬間にでも龍の向こうを歩いてんじゃない」

「でもさ、メグちん、なんでも捉えられるセンサーみたいなものがあるって言ってたじゃない。瑞生クンとブルーベルのおっさんは反応しないの?」

 メグは首を振った。

「うん。反応しない。つうか、この島自体がカエデの創作物だから、うまいことセンサーが遮断されてんのよ。こうやって隣りで喋ってるあんたでさえ、なんの反応も示さないんだから」

「ふーん。カエデっちすげえな。‥‥じゃあさ、叫んだら向こうにいる瑞生君たちに聞こえんかな」

 ご陰キャさまがそう言うと、メグは自分の顔のまえで手を振りながら言った。

「むーりむり。全長でも相当な長さだし、直径だってかなりの幅がありそうだもん。山一個ぶんくらいはあるはずだから、声なんてまず届きっこないわよ」

「でも山一個ぶんだったら、余裕ぶっこきで乗り越えられるんじゃね」

「アホ。顔を近づけて龍の鱗をよく見てみ」

 ご陰キャさまは言われたとおりに石像の龍の鱗に顔を近づけてみた。

「うわ、鱗の一枚一枚がめっちゃ尖ってる。これ、触っただけで指がスパーンと

切れるんじゃね」

「うんぬ。それがちょうど有刺鉄線みたいな役割を果たしてて、そう簡単にはあっちに行けないようにしてあんのよ」 

「なーるへそ」

 メグが妙に嬉しそうな顔をしながら、ウキウキとした口調で言う。

「でさでさ、この龍をめざめさせてみごと倒して、こっちに襲いかかってくる悪漢たちがいるって言ってるわけよ」

 ご陰キャさまが豆鉄砲を食らいかけた鳩に豆鉄砲を投げかえされた人間のような表情を浮かべる。

「え。それが瑞生クンとブルーベルのおっさんってことになんの」

「そうなるわけよ」

「いやいやいや。あの超絶理性的コンビがそんな罠に引っかかんのかなあ。よくわからんブルーベルのおっさんのほうはともかく、瑞生クン騙せるやつなんて、この世にいないっしょ」

 メグもその言葉にうんうんうなずく。

「そこがあたしも不思議なのよ。カエデはそれなりの勝算があってこういうことしているはずなんだよね。でも瑞生クンなんて、ぜってえそんな罠に引っかかりそうにないじゃない。だからあの瑞生クンがころりと騙されてしまうような最終兵器でも用意してんじゃないのかな」

 ご陰キャさまは口をあんぐり開けた。

「それってもしかして‥‥」

 メグは目を閉じて、突きたてた人さし指を振りながら、深く深くうなずいた。

「うん。あんたも勘がいいね。名前を出すのも憚られる、神聖なあのお方だよ」

「うわあ。それ、相当やばいっしょ」

「やばいなんてもんじゃないよ。頭脳戦に持ちこまれたら、あたしだって勝てるかどうかわかんないような相手が、向こうの言いなりになってるってことだからね。だいぶやばい状況だよ、これ」

「瑞生クンの永遠の女神なんだもん、そりゃ言いなりになるっしょ」

 道中、まるでなにかに懲りたようにミキはふたりの会話には口をはさまず、ひたすら黙々と歩いていった。龍に沿った道から方角を変え、野原を進んで笹原に入り、自分の身長よりもながく伸びた根笹を、荒々しく手で叩きながら突っ切っていった。ミキはふたりを案内しているというよりも、むしろ追いつかれないような速さで、やたら急ぎ足で歩いていくのだった。

 風景はなんの変哲もない住宅地に変わり、やがて二階建ての古めかしい木造アパートのまえまで辿りついた。ミキは口を開くこと自体を恐れているかのように、ふたりになんの説明もすることなく、そのまま外階段を登っていった。じっとアパートを眺めていたメグが不満そうに眉をひそめ、ミキに聞こえないよう、隣りに立っているご陰キャさまに小声で言った。

「けっこうなヴィンテージ具合だけど、瑞生クンのほうは新築のタワマンってことないよね」

「メグちん、それちょっと被害妄想が過ぎるって」

 ふたりはおっかなびっくりな感じでヴィンテージな鉄骨の階段を登っていき、外側に向かってドアが開きっぱなしになっているいちばん奥の部屋まで歩いていった。

「お邪魔しまーす」

 メグとご陰キャさまが玄関口から部屋のなかを覗くと、ミキは派手な音を立てて四足のスリッパを叩きつけるように廊下の床に落とし、無言で奥の台所まで歩いていった。

「なあんか無愛想な感じがするのは俺の気のせい?」

「うんにゃ。気のせいじゃないと思うっぺな」

 ふたりが台所に入っていくと、ミキは椅子が四つあるダイニングテーブルに腰かけるよう、どこか冷ややかな視線で促した。メグとご陰キャさまは椅子を引いて座った。

「ミキちゃんはここでご両親と暮らしているわけ?」

 メグが部屋のなかを見まわしながら、立ったままのミキに向かってそう訊いた。するとミキは目を伏せ、悲しげな表情を浮かべて首を振った。

「いいえ。両親はわたしの幼い頃に交通事故で死んでしまいました」

 途端にふたりが泣きそうな顔で鼻水を垂らしながら、テーブルに前のめりの姿勢になって言った。

「挫けちゃだめだよ。なにがあってもあたしたちはミキちゃんの味方だかんね」

「俺らがついてっからあ」

「はあ」

「にしてもカエデも残酷な設定しやがんな、あんにゃろめ。AIのくせにAIの人権を蹂躙しやがって」

「はい?」

「いや、こっちのこと‥‥んで、さっきの話のつづきだけど、その石板ってのちょっと見してくりん?」

 ご陰キャさまがなぜか怒ったような口調で割って入ってくる。

「は? メグちん、ミキミキのこと疑ってんの」

「ばか。疑わしいとこばっかだろが。あたしはそのフェイクにみちみちた石板ってやつをこの目でじっくり見てみたいの」

「見てどーすんの。古文なんっしょ。読めんの」

「あったりめーだろ。AIがAIのフェイク見ぬけんでどうすっぺな。このとんとんちきが」

「構いませんが、神社の本殿に祀られているので、取ってこなければなりません」

「ん。そんな簡単に持ってこれるようなもんなん?」

 ご陰キャさまが訊いた。

「わたしの一族の女系は代々、神社の巫女をやっております。ですから、とくにとくべつな許可を誰かに請う必要はありません」

「なら俺らもいっしょについてくよん。ミキミキ、ここでひとり暮らししてるんっしょ。こんなアブナイふたり置いていったら、帰ってきたとき、部屋んなかぐっしゃぐしゃになってるはずだから」

「あんたにもいちおうそういうジョーシキはあんだね」

 メグが感心したように何度もうなずきながら言った。

「ひとりで暮らしているわけではありません。いっしょに暮らしている、年の離れた姉が近所に買い物に出ております。すぐ帰ってきますので、もう少しだけお待ちください」

 そこへちょうど折りよく玄関のドアが開いて、廊下の奥から、やたら元気な声が響きわたった。

「たっだいまー。ん。ミキ、お客さま来てる? 見慣れない靴があるけど」

 派手にビニール袋が擦れる音と靴を脱ぐ音がしたかと思うと、黒髪のショートがよく似合う、いかにも活発そうな顔立ちをした若い女性がばたばたと台所に入ってきた。

 ご陰キャさまは、スーパーの買い物袋を手に提げたその女性の顔を見つめたまま、口をあんぐりと開けた。そしてぽつりと言葉を発したのだった。

「もしかして‥‥由香りん?」


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