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「すみません。運んでいただいてしまって」
私がその二箱をもらい、竹中が三箱を受け取った。
「ありがとうございます」
私は後から運んできてくれた人を見て、息が止った。向こうも私だと思わなかったようで、目が見開かれた。すぐに相手の表情が緩み、声にならない「やあ」という口が動いた。
懐かしい顔、大槻係長だった。
「あ、係長、自ら、運んでいただいてすみません。ありがとうございます」
太田は言い訳するように早口でまくしたてる。
「僕も運べるから大丈夫ですって言ったんですけど、別に構わないっておっしゃって・・・・」
「本当にいいよ、このくらい。そんなに重くもないし、ちょうど会議が終わってね、ずっと座りっぱなしだったから動きたくて。じゃあ、サンプル配布、よろしくお願いします」
「はい、かしこまりました」
竹中はそう元気よく返事をした。
私は箱を持ったまま、立ち尽くしていた。大槻係長の後ろ姿を見入っていた。背の高いがっしりとした背中。もうすぐ四十になるはずだ。
私達は誕生日が近かった。私が入社した時からずっとお世話になった人。そして昨年の暮れに私は、この人の手元から離れることを決意した。身近に見るとやはり心が疼いた。その姿がドアの向こうに消えるとやっと営業部に戻った。
竹中はサンプルの入った箱を開けていた。そのうちの一つを出して皆に見せていた。
「へえ、イカシてる~。これを自社の商品にくっつけて使ってもらうってことっすね」
夏に向けて、UV配合のスキンケア・ローションが近々売り出される。その前に、このサンプルが作られた。女性の二泊ほどの小旅行にぴったりサイズの小さなボトルに入っていた。その商品はまだ私が古巣にいた頃に企画された物。このボトルのデザインに私はこだわっていた。その殆どが変更されることなく、実現していたことがうれしかった。まるで自分の子供が世の中に出されるような感覚だ。
他の営業部の社員たちが群がった。特に女子社員たちの声があがる。
「かわいい~っ、私、これなら中身とか関係なく、買っちゃいますよ。これ」
それは決して大げさではない。半透明の濃いブルー、ハワイの澄んだ海をイメージしている。常夏でのバケーションでも日焼けを気にせず、満喫できる。そういうイメージで作っていた。限定品だからできることだ。
「ローションだけでUVケアできると素顔に近いままでいられるし、いいですね。スッピンでちょっとそこまでお買い物にも行ける」
そんな声にどこからか、スッピンで耐えられたらねえと茶化しの言葉も飛んだ。
「この小さなボトル、普段使いの鞄にも入るし、便利だと思います。このまま売り出しちゃってもいいんじゃないですかねぇ」
その意見に、他の女子社員もうんうんと賛同し始めたから、思わず私は言っていた。
「それだとボトルに費用がかかりすぎちゃうの。単価が高くなる。本体もそれほど大きくはないのよ。ひと夏で使い切れるように小瓶にしているし、このサンプルの瓶がもうちょっとのっぽになった感じだから」