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中にいた美佐穂が大声をあげた。
「もう帰って、帰ってったらっ」
美佐穂とは思えないほど激しい声だった。その声に圧倒されたように男はドアから離れた。美佐穂の手が私の腕をつかみ、中へ引き入れ、荒々しくドアをしめた。カチャリという鍵の音。
美佐穂が肩で息をしている。それだけ心の動揺が大きいのがわかった。あの男がお腹の子供の父親なんだろうって思った。
「ごめんね。ご飯食べるでしょ。あ、お帰りなさいが先だったね」
もうその笑顔にはさっきの動揺は見えなかった。いつもの美佐穂。安心したけど、私は美佐穂の本当の顔を全然知らないということに気づいた。私に見せてくれる顔はいつも明るく、気の利くかわいい奥さん。それは高校時代の彼女と変わらない。
そんな美佐穂はあの男に本気で怒り、心の中を正直に見せていた。そうだ。言っていたではないか。美佐穂はいつのまにか悲しくても悩んでいても笑顔でいるようになってしまったと。
もしかすると今までここで私に見せてくれた笑顔は本物じゃなかったのかもしれない。そう考えて、猛烈な嫉妬の感情をあの男に向けた。美佐穂を泣かせるあの男だけに本当の顔を見せている。私がこんなに尽くしているというのに。
絶対に私の方が美佐穂を幸せにできるとこの時はそう信じていた。
相変わらず美佐穂の料理はおいしい。いつもならご飯を食べながら今日の出来事を詳細に語ってくれるのに、美佐穂はどこか上の空だった。
ご飯を定期的に口に運び、時々思い出したように「ちょっとしょっぱかったね」と私に言う。とっさに首を振った。
あの男のどこがいいの、あんな男、私の方がずっとずっと美佐穂のことを愛してる。そう心の中で叫んでいた。
美佐穂がずっとあの男のことを気にかけているのが許せない。いつもならおかずを一口食べるごとにおいしいって騒ぐ私だった。私の箸が進まないことに気づいた美佐穂は「おいしくない?」と心配そうに言う。




