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そんな話のさなかに他の社員たちも続々と戻ってきた。部長と竹中が向かい合い、その横で私が縮こまって座っていた。珍しい構図だから案の定、他の社員が訊ねてくる。
「なんの話?」
やめてって叫びたかった。一体なにが本気だと言うのだろう。こんな会話、早く止めて欲しい。竹中はまた説明をしようとしている。
すぐ目の前の電話が鳴った。
「新人君、電話よ。すぐに出て」
皆がハッとするような勢いで叫んでいた。
「はぁい。ってか、僕のこと、もう新人君って呼ぶのやめてもらえますか」
それだけ言って、平然とした声で竹中が電話に出た。他の人だって彼のことを新人君って呼んでいる。今年で二年目になる彼だが、今年、営業部には新入社員が入ってこなかった。だから、彼はずっと新人君のままなのだ。
もう皆が自分の席に座り、仕事モードになった。私は安心してパソコンに向かっていた。
私は昼から外回りになる。その支度が整うとホワイトボードにその行先を書きこんでいた。四件の薬局を周ることになる。おそらく退社時間を過ぎるから、そのまま退社と書いた。うちの営業部は外へ出るとGPSで自分のいる場所が示される。さらに一軒ごと、営業内容を報告することになっていた。
また背後で新人君の声がする。
「鹿島さん、そのまま退社っすか」
「そう、今から四社巡りは退社時間、過ぎるから」
「いいな、外回りも。来年はそっちに回してもらおうかな」
竹中はダイレクト販売サービスを担当していた。今、流行りのネット販売だ。毎日朝から終日までパソコンとにらめっこ。だからなんだろう。
「遊びで外へ出るわけじゃありませんから」
多少きつめに言っておく。
「鹿島さんみたいに、キビキビとお得意さんをまわるのもかっこいいって思えただけです」
そんな言葉に、私はまた落ち着かない感情を抱いていた。竹中はなにを言ってるんだろう。きっと彼は営業という仕事がかっこいいと言ったんだ。
私の恐れは、他の皆がそんなことを訊いて呆れかえって笑うんじゃないかというところにあった。冗談だろう、あんな不愛想な女が、って。
いやだ。
たちまち私の意識が過去に戻る。
小学校時代、中学校でも私が先生にさされると密かなあざけりの笑いが沸き起こった。あいつになにか言えるのか、答えられるのかっていう笑い。そんな重圧の中、口の重い私には答えがわかっていても口にできない。答えられたとしてもその声は周りに届かない小さな声。クラスのおちゃらけた男子がおおげさに手を耳に当て、はぁ~、聞こえませんっって言うとみんなが笑う。
けど、そんな私の意識を打ち破るように、竹中の隣の女子社員も賛同していた。
「それ、わかる。鹿島さんって、仕事ができるオトナな女子代表だもん」
「鹿島さんは女子じゃなくて女性」
「あっそっか」
他の社員もうなづいている。また、居心地の悪さを感じていた。そんな戯言、やめて欲しかった。そんなはずない。私をからかおうって思っているように受け取れる。
私はいたたまれなくなって、誰の顔も見ずに一礼し、行ってきますとつぶやいてオフィスを出た。
「行ってらっしゃい。お気をつけて」
竹中の声が私の背中にかけられた。私は振り向くこともせず、急いでエレベーターへ乗り込んだ。
心の底からほっとした。孤独が嫌いなのに、独りが好きな矛盾している私。
外に出て電車に乗るとその動揺は薄れかけていた。窓に映る自分を見つめる。いつもの無表情な顔がこっちを見ていた。これでいいと思っている私がいた。
その日、やはり四件目の薬局を出る頃には五時を大幅にオーバーしていた。でも全然かまわない。疲れていたが、ラベンダーのサボンはすぐ近くだった。明日は休みだし、今夜は特別に少し長居をしようかなんて思っていた。




