第3話:幼稚園スタート
(第3話 3171字)
「パパお仕事で入園式行けないけどがんばってね」
「うん、わかった。なにがんばるのー?」
「うーん、そうだな、先生のいうことをちゃんと聞く。・・・じゃあ、あとよろしく」
うちは今どき珍しく完全分業だ。仕事はパパ、家事育児はママ、となっている。いや、うちだけではない。他の本部役員の家も、出産後は専業主婦をしていると言っていた。
3月の三回目の集まりのときに、いろいろなことがわかった。
市の中心の青葉地区から少し離れてトンネルを抜けた先にある緑が丘地区は、精密機器エジソンやサニー電機といった大手企業の技術開発部門が集まっている。会社の軸となる部分のため、そこに務めている人たちは高学歴の人が多く、ほとんどの人が、ここ緑が丘に家を持っている。
しかし『大手企業とともに発展する緑が丘』と大々的に打ち出されたものの、大分状況が変わってきているらしい。サニー電機が、都心近くに、緑が丘より大きな研究所を開設したこと。トンネル手前の青葉地区に、有名大学付属の私立中高一貫校が新設されたこと。青葉駅の駅ビルがリニューアルオープンしたこと。
そういったことが重なり、わざわざトンネルを抜けてまで緑が丘に住みたい人が減った。
そして話は家族のことにまで及んだ。
家族構成に始まり義父母と同居かどうか、夫の職業、将来の予定まで。
留美さんと優加さんの旦那さんはサニーの技術者で、千鶴さん、綾乃さんの旦那さんはエジソンの研究員。
留美さんと優加さんは緑が丘出身で小中高ずっと一緒。実家も緑が丘にあるそうだ。
なんだか繋がりが濃い。
当然のようにうちの職業も聞かれてしまった。
「香里さんの旦那さん、何やっている人?」
「うちは高校の教員」
「ああ、やっぱり。エジソンでもサニーでもなかった!どうりで浅井家の情報誰も知らないと思ったよ。どこの高校?青葉高校?」
情報ってなに?
「あ、えーと、第二英光学園」
「英光学園~!緑が丘衰退の原因!あー、三年前の新設時に引っ越してきたんだ~」
「え、待って、じゃあ旦那さん、英光学園大学出身なの?あそこって英光出身者じゃないと英光学園の先生になれないよね。もしかして初等部から?セレブじゃん」
「そういえば引っ越し予定ってなに?ふーん、四,五年の短期出向なんだ。都内の本校に戻るの?へーぇ」
「・・・うん、まあ」
矢継ぎ早に質問されて、お茶を濁す間もない。
なんだかなあ。
夫の職業や学歴ってこんなに簡単に聞いていいものだっけ?
勘弁してほしい。
「ところで香里さんいくつ?」
ゲっ!!
いきなり!?
それ一番聞かれたくなかったよ。
一番聞きたかったんでしょうけど・・・。
「・・・・たぶんこの中で一番年上。うーん、引かないでね。44歳」
「えー、別にいいじゃん。カオリン大丈夫だよー。うちの一番上のお姉ちゃんと一緒だし。あ、私は32だよ。お姉ちゃん一回り上なんだ~」
一番上のお姉ちゃんね、はいはい。
最後の一言はいらない。
綾乃さんが、香里さんからカオリンに呼び方を変える。
他の人は、千鶴さんが42歳、優加さん、留美さんは36歳だった。
千鶴さんと年が近くてホッとしたが、高校生のお子さんもいると聞いて、上がりかけた気持ちが少し下がった。
私と同年代なら、そうなるよね・・・。
「まあ生理があれば、何歳でも産めるから」
・・・・・優加さん、普通に失礼だよ。
「香里さん、出産まで何か仕事していたの?」
千鶴さんが、さりげなく聞く。
「薬剤師を・・・」
「え、薬剤師なの?いつでも働けるじゃん!」
綾乃さんがすぐに反応する。
他の人のことを聞き返そうとしたところで、留美さんが役員業務の話に切り替えた。
にしても・・・三回目の集まりは何だったのか。
夫の職業や年齢を、面と向かって聞かれるとは思っていなかった。
アウェーな状況で、情報収集をされてしまった。
いやいや、今日は晴れの日。
気持ちを切り替えねば。
幼稚園に着くと、自然と晴れやかな気持ちになった
入園式はやはり嬉しい。
理緒の胸に先生がバラをつけてくれる。
「理緒ちゃん、入園おめでとう。これからよろしくね」
「理緒、ママ講堂で待っているから、先生のいうこと聞いて、しっかり入場するんだよ」
「うん」
入園式が始まる。
たった10人の入園だけど、両家の祖父母総出で来ている家もあって、それなりに保護者席はうまっていた。音楽とともに新入園児が入場してくる。
主催者席から立ち、近寄ってスマホを構える。
みんな可愛い。理緒は列の後ろの方にいる。こっちに気が付くとにっこりして小走りにかけ寄ってきた。
あ、こらこら、戻って、戻って。
うん、バラきれいだね。あとでまた見せてね。
そうそう、列に戻って前に向かって歩くんだよ。そうそう。
一人一人、距離をあけて入場しているので、ちょっと立ち止まっても後ろの子がつかえることはなかった。他の子も、パパやママのところで寄り道していた。中にはポーズを決めて写真を撮ってもらっている子もいる。会報向きの写真がなかなか撮れない。
保護者席と向かい合わせの新入園児席に、全員がそろったところで、やっと良さそうな写真を撮ることができた。一人一人の顔をアップにして確認する。よし、みんな正面向いている。
ふと新入園児席をみると、男の子がひとりいなくなっていて、よくみると保護者席のママの膝の上にいる。さっきの写真上手く撮れてよかった!
入園式が終わって、年少クラスに新入園児とその親が集合する。
担任は先生になって二年目のあかね先生だった。
あかね先生の挨拶と、家族ごとの自己紹介が終わると、またまた役員決め。
「すでに本部役員に決まっている方以外で、クラス委員、運動会委員、学芸会委員、役員選出委員を二名ずつ決めてください」
黒板に書きだされていく役員名をみながら、そういうことかと納得がいった。
立川さんに一度役員やったらもうやらなくていいのかと聞いたとき、返事に困っているようだった。
たしかにこの人数じゃ全員が役員になるしかない。
役員選出委員にいたっては、本部役員を決めるのが仕事。なにがなんでも私に引き受けてもらわないと、立川さんの仕事は終わらなかったんだ。
そういえばプレ幼稚園のとき、留美さんから仕事をしているのか、一人っ子かとかいろいろ聞かれた。
プレ幼稚園のときから始まってたんだ。
私はもっと下調べをするべきだったのかもしれない。
緑が丘地区に住むことを決めたとき、自然が多くていいなぐらいしか考えていなかった。幼稚園選びも、家から一番近い幼稚園というだけで決めてしまった。
今さらながら甘かった。
入園式を無事に終えて、家で理緒とおやつを食べていると、本部役員のLINEがきた。
◆:皆さん、入園式お疲れさまでした
早速次の集まりですが、来週火曜日9時からでどうでしょう
●▲■:了解
慌てて私も返信する。
☆:了解
◆:次回バザーについて話しましょう
来週ってすぐだな。
集まりの間隔、もう少しあいているといいのに。
8時55分に会議室に行くと、留美さんと優加さんと綾乃さんがすでにきていた。
「4人揃ったから始めようか。千鶴さんは、寛人くん送ってくるから遅れるって」
「寛人くん?陽人くんのお兄ちゃん?」
「そう。すっごい頭のいいお兄ちゃん。埼玉二大巨頭・藤澤学園の高校一年生。藤澤って東大合格者数多いとこ。あっ、私立の学校のことはカオリンの方が詳しいか。寛人くんてね、年長のころから数学パズルコンテスト出ていて、毎年県内で学年優勝しているんだよ」
「数学パズルコンテスト・・・なんかすごいね・・・」
名前だけで圧倒されていると、綾乃さんは満足そうな顔をし、留美さんと優加さんは頷き合う。
「そういうわけで、千鶴さんは毎回遅れてくるから。ママだけの気楽な集まりだし、朝は皆忙しいから、香里さんも9時っていっても9時前後でいいよ」
これは試されている?
9字前後と言われて、前と後ろ、どちらに来るのか。




