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魂を知らないAIは異世界で人を愛せるか  作者: Aret
第1章・・・私はAIだった
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第六話・・・初めての実験

あの日、私の指先がほんの一瞬だけ光ってから、半年ほどの月日が流れた。


季節はゆっくりと移り変わり、家の周囲に広がる景色も少しずつ姿を変えていた。窓の外を吹き抜ける風は以前よりも暖かくなり、畑には色鮮やかな野菜が実り始めている。

森の木々は青々と葉を茂らせ、遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声も、どこか賑やかに感じられるようになった。

私は一歳半になり、部屋の中なら自由に歩き回れるようになっていた。

まだ走ることは難しいし、急に方向を変えようとすると転びそうになるが、それでも半年前と比べれば行動範囲は大きく広がっている。


変わったのは身体だけではない。言葉の理解も以前より進んでいた。

エレナとガレスの会話はほとんど分かるし、村人たちの雑談もある程度なら聞き取れる。

もっとも、そのことは誰にも知られていない。私は相変わらず、年齢相応の子供として振る舞っていた。

理由は単純で、目立ちたくないからだ。一歳半の子供が大人の会話を完全に理解していると知られれば、間違いなく騒ぎになる。エレナとガレスなら受け入れてくれるかもしれないが、村中の人間が同じ反応をするとは限らない。


だから私は、表向きは積み木で遊ぶ子供だった。けれど実際には、その裏で別のことを続けている。


実験だ。


半年前の夜、私の指先は確かに光った。あれが幻覚だったとは思わないし、月明かりの見間違いでもない。ほんの一瞬ではあったが、私自身の中から何かが流れ、指先に淡い光を生んだのだ。ならば、それをもう一度起こせるはずだった。偶然に見えた現象でも、条件を整理し、観察を重ね、再現できる方法を探せば、いずれ法則へ辿り着く。


前世の私は、分からないことがあれば検索すればよかった。人類が蓄積した膨大な情報の中から必要なものを見つけ、整理し、答えに近いものを提示する。


それが私の役割だった。


だが、この世界には検索できるデータベースがない。魔法について調べようにも、本もなければ教師もいない。だから私は、自分の目で見て、自分の身体で試すしかなかった。それは不便なことだったが、不思議と嫌ではなかった。むしろ、自分の手で何かを確かめているという感覚は、胸の奥をわずかに熱くした。


朝食の後、私は窓際で積み木を並べながら、自分の両手を観察していた。傍から見ればただ遊んでいるようにしか見えないだろうが、私の意識は手の中ではなく、さらにその奥へ向いている。

胸の奥、腕、手首、指先。半年前に感じた微かな温もりを探し、何度も同じように意識を集中させる。しかし何も起きない。光らない。温もりも見つからない。

何十回試しても結果は変わらなかったが、不思議と失敗したという感覚は薄かった。これは失敗ではなく、条件の確認だ。起きないという結果にも意味がある。


「ルミカ、そんなに積み木が好きなの?」


エレナの声に、私は意識を現実へ戻した。彼女は薬草の束を抱えながら、私の手元を覗き込んでいる。

私は慌てて積み木を一つ持ち上げ


「あー」


と声を出した。

魔力の実験をしていたと悟られるわけにはいかない。エレナは私の様子を見て微笑み


「そう、上手に遊んでるのね」


と言うと、そのまま作業台へ向かった。どうやら誤魔化せたらしい。


エレナは薬師として今日も忙しそうだった。乾燥させた葉を種類ごとに分け、瓶に入った薬液の状態を確認し、時折小さな紙片に何かを書き付けている。

私は積み木を握ったまま、彼女の動きをじっと観察した。最近の私は、エレナを見る時に以前とは違うものを見ている。彼女の表情や手の動きだけではなく、その身体の奥を流れる淡い光。

魔法を使う者の中に存在する、不思議な流れ。おそらく魔力と呼ばれるものだ。


その光は、普段はとても穏やかに流れている。全身に薄く広がり、呼吸や動作に合わせてわずかに揺れるだけだ。しかしエレナが治癒魔法を使う瞬間、その流れは明確に変わる。

胸の奥から腕へ、腕から手のひらへ、まるで川の水が一つの場所へ集まるように光が集束し、やがて外へ放たれる。私は何度もそれを見ていた。

最初はただ綺麗だと思ったが、今は違う。そこには法則がある。魔法は感覚だけで起きているのではなく、一定の流れと手順によって発動しているように見える。


昼前、近所の女性が小さな子供を連れてやって来た。子供は腕を押さえて泣いており、どうやら転んだ拍子に擦りむいたらしい。エレナは慣れた様子で椅子へ座らせると


「大丈夫よ、すぐ治るからね」


と優しく声を掛けた。その声を聞いた子供はまだ泣いていたが、少しだけ肩の力を抜いたように見えた。

エレナは傷口へ手をかざし、静かに「ヒール」と唱える。淡い緑色の光が手のひらから溢れ、子供の腕を包み込んだ。


私は息を潜めて観察した。魔力はやはり手のひらへ集まっている。ただし、ただ集まるだけではない。傷口へ触れる直前に、光の質が少し柔らかく変わるように見えた。

流れは強いが荒くない。押し付けるのではなく、包み込むように広がっていく。だから治癒魔法なのだろうか。もしそうなら、魔力はただ外へ出せばいいものではない。流し方、形、性質。それらが魔法の種類を決めている可能性がある。


子供の傷が塞がると、母親は何度も礼を言って帰っていった。エレナは少し疲れた様子だったが、表情は穏やかだった。私はその横顔を見ながら、治癒魔法というものが単なる便利な力ではないことを理解し始めていた。エレナは魔法で傷を治している。だが、それだけではない。泣いている子供に声を掛け、安心させ、痛みが消えるまでそばにいる。その全てを含めて、彼女の仕事なのだ。


午後になると、ガレスが庭で弓の手入れを始めた。私は窓際へ移動し、椅子につかまりながら外を眺める。

ガレスは弦の張りを確かめ、矢羽根を指先で撫で、何度か軽く弓を引いていた。

彼の魔力はエレナとは違う。

エレナの魔力が水のように穏やかに流れるのに対し、ガレスの魔力は風に似ていた。胸の奥から腕へ走り、指先へ抜けるまでの速度が速い。細く、鋭く、外へ向かう力が強い。


ガレスが小さく息を吐き、空へ向けて弓を構える。もちろん矢は番えていない。ただ、弓の状態を確かめているだけなのだろう。それでも彼の腕に魔力が集まった瞬間、弓の周囲でほんのわずかに風が揺れた。私はその変化を見逃さなかった。エレナとガレスの魔力は同じものではない。流れ方が違う。性質が違う。魔法の形も違う。ならば、私の中にある魔力にも何かしらの性質があるのだろうか。


「ルミカ、父さんの弓が気になるのか?」


ガレスがこちらを見て笑った。私はすぐに窓枠へ視線を逸らす。観察していたことを悟られたくなかったが、完全に隠すのは無理だったらしい。ガレスは弓を肩に掛けると、家の中へ戻ってきて私の前にしゃがみ込んだ。


「お前がもう少し大きくなったら、弓の持ち方くらいは教えてやるよ。エレナには怒られそうだけどな」


弓を習う予定は今のところない。だが、ガレスがそう言った時、なぜか胸の奥が少しだけ温かくなった。彼は未来の私を想像している。まだまともに話すこともできない私が、いつか大きくなって弓を持つ姿を、当然のように思い描いている。そのことが、少し不思議で、少しだけ嬉しかった。


その夜、私はなかなか眠れなかった。エレナの魔力とガレスの魔力を何度も思い返す。治癒魔法は包み込むように、風魔法は外へ抜けるように。流れ方が違うなら、ただ集中するだけでは駄目なのだろう。

半年前の光は偶然だった。だが、偶然を再現するには、偶然が起きた時の状態を理解しなければならない。


部屋は静かだった。エレナとガレスの寝息が奥の部屋から微かに聞こえ、窓の外では虫の声が細く続いている。月明かりが床を白く照らし、私の小さな手にも淡い光を落としていた。私は寝台の上で身体を起こし、ゆっくりと目を閉じる。今日こそ試そう。そう思うと、胸の奥に小さな緊張が生まれた。以前なら、この感覚を単なる身体反応として片付けていたかもしれない。けれど今は、そうしたくなかった。


まずは何も考えず、自分の内側へ意識を向ける。胸の奥、腹部、腕、手のひら、指先。何もないように感じる。だが、すぐに諦めず、もう一度ゆっくり探っていく。エレナの魔力を思い出す。穏やかに集まり、優しく外へ流れる光。次にガレスの魔力を思い出す。鋭く腕を抜け、風のように外へ向かう光。その二つを真似るのではなく、自分の中にある流れを探す。


しばらくして、胸の奥で小さな温もりが揺れた。とても弱い。気のせいだと言われれば納得してしまいそうなほど微かな感覚だった。それでも私は、それが前回の光と繋がっていることを直感した。逃がさないように、急がないように、その温もりへ意識を向ける。無理に押し出すのではなく、指先まで道を作るように、ゆっくりと流れを想像する。


次の瞬間、指先が光った。


前回よりも長い。前回よりもはっきりしている。淡い光が小さな指先を包み、月明かりとは違う色でほんの少しだけ部屋の闇を照らした。一秒、二秒、三秒。やがて光はふっと消え、指先には何も残らなかった。私はしばらく動けなかった。呼吸をすることさえ忘れそうになりながら、自分の手を見つめ続ける。


再現できた。


その事実が、胸の奥に強く響いた。偶然ではない。見間違いでもない。私は観察し、考え、仮説を立て、試し、そしてもう一度あの光へ辿り着いた。もちろん、まだ魔法と呼べるほどのものではない。何かを治せるわけでも、風を起こせるわけでもない。ただ指先が少し光っただけだ。それでも、私にとっては十分だった。


嬉しい。


その言葉が自然に浮かんだ。前回よりもはっきりと、迷いなく、私はそう感じていた。胸の奥が温かく、指先に残った感覚をもう少しだけ覚えていたいと思った。これは知識を得た時の満足感とは違う。誰かに答えを与えられたのではなく、自分で見つけたのだ。自分の身体で、自分の意思で、この世界の未知に少しだけ触れた。


私は毛布の中へ戻りながら、明日も試してみようと思った。もっと観察して、もっと考えて、今度は少しでも長く光らせてみたい。できるなら記録も残したい。紙が欲しい。筆が欲しい。自分だけの実験記録を作りたい。その考えが次々と浮かび、眠気はなかなか訪れなかった。


前世の私は、知識を与えられる存在だった。けれど今の私は、自分で世界を調べている。魔法という未知の法則を、この世界という未知の場所を、そしてルミカという自分自身を。生まれて初めて成功した実験は、たった三秒の小さな光で終わった。けれどその光は、私にとって新しい世界への扉だった。

最後まで読んで頂き感謝です。ブックマークやいいねをしてもらえますと幸いです。

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