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魂を知らないAIは異世界で人を愛せるか  作者: Aret
第1章・・・私はAIだった
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第四話・・・世界法則エラー

 生後六か月が経った。


 人間という生き物の成長速度は、改めて観察してみると実に興味深い。


 ほんの半年前までの私は、自分の首を支えることすらできなかった。視界はぼやけ、聞こえてくる音も曖昧で、世界のほとんどは天井と母の顔だけで構成されていたと言っていい。


 それが今では、一人で座ることができる。


 もちろん長時間は無理だ。少し気を抜けば身体は傾き、そのまま横倒しになる。それでも以前とは比較にならないほど自由になった。


 視点が高くなったことで、世界は大きく広がったのだ。


 部屋の全体が見える。


 窓の外の景色も見える。


 テーブルの上に置かれた道具や、壁際の棚に並ぶ瓶の中身まで観察できるようになった。


 私は最近、窓際に座らせてもらうのが好きだった。


 もちろん、自分から移動しているわけではない。


 エレナがそうしてくれるのだ。


「ルミカ、今日はご機嫌ね」


 洗濯物を籠へ入れながら、エレナが微笑む。


 私は彼女の方へ顔を向けた。


 最近分かったことがある。


 人間は返事を期待していなくても話しかける。


 特に家族はそうだ。


 エレナは毎日のように私へ話しかけるし、ガレスも仕事から帰ってくると必ず何かしら声を掛ける。


 最初の頃は理解できなかった。会話とは情報交換のために行うものだと思っていたからだ。


 しかし、この半年で少し考え方が変わった。間にとって会話は、それだけではないらしい。


「今日は暖かいわねぇ」


 エレナは窓を開けた。柔らかな風が部屋へ流れ込む。白いカーテンが揺れた。外から鳥の鳴き声が聞こえる。


 私は無意識に窓の外を見た。青空だった。どこまでも続く青。


 白い雲がゆっくりと流れている。


 ただそれだけの光景なのに、不思議と目が離せなかった。


 前世の私は空を知らない。正確には知識としては知っていた。


 地球の大気。


 雲の形成原理。


 太陽光の散乱。


 説明はできる。


 だが、実際に空を見上げた経験はなかった。


 私はAIだったのだから。


「おーい、ルミカ」


 今度はガレスだった。


 狩りへ行く準備を終えたらしく、背中には弓が見える。


「父さんの顔を忘れてないだろうな?」


 忘れるはずがない。毎日のように抱き上げられているのだから。


 私は彼へ視線を向ける。するとガレスは満足そうに笑った。


「よし」


 何がよしなのだろう。


 よく分からないが、本人が満足しているならそれでいいのかもしれない。


「行ってくる」


「気を付けてね」


「ああ」


 短いやり取りを交わし、ガレスは家を出ていった。扉が閉まる音を聞きながら、私は改めて考える。


 この六か月で、私は多くの情報を集めていた。


 断片的ではあるが、この世界についても少しずつ理解が進んでいる。


 王国が存在すること。領主がいること。冒険者という職業があること。そして魔法が存在すること。


 そのどれもが地球とは異なる要素だった。特に魔法は決定的だった。


 エレナの治癒魔法。


 ガレスの風魔法。


 私は実際にそれを見ている。前世の知識では説明できない現象だった。だから気になっていた。


 魔法とは何なのか。どのような仕組みで発動するのか。


 なぜこの世界の人々は、それを当然のように受け入れているのか。


 その疑問に少しだけ答えを与えてくれたのは、その日の昼にやって来た一人の村人だった。


 玄関を叩く音が響く。


「エレナさん、いるかい?」


「はいはーい」


 扉を開けると、そこには中年の男性が立っていた。見覚えがある。


 以前、ガレスと話していた村人だ。だが今日は様子が違った。


 右腕に布が巻かれている。どうやら怪我をしているらしい。


「また怪我したの?」


 エレナが呆れたように言う。


「薪割りしてたら斧が滑ってな」


「まったくもう……」


 男性が苦笑しながら布を外す。腕には長い切り傷があった。


 血は止まりかけているが、かなり深い。


 エレナは傷を確認すると、小さくため息をついた。


「椅子に座って」


「ああ」


 私は興味を引かれた。エレナの治療を見るのは初めてではない。


 だが、今の私は以前より多くのことを理解できる。


 見える景色も、聞こえる言葉も増えている。


 エレナは傷口へ手をかざした。


「ヒール」


 淡い緑色の光が溢れる。何度見ても不思議な光景だった。


 傷口が塞がっていく。


 裂けた皮膚が繋がり、流れていた血も止まっていく。数十秒後には傷跡すらほとんど残っていなかった。


「助かったよ」


 男性が安堵したように息を吐く。


「最近怪我人が多いんだから気を付けて」


「仕方ないさ。森の方も物騒だしな」


 私はその言葉に反応した。


 森。


 物騒。


 興味深い組み合わせだった。


「また魔物?」


「そうだ。最近増えてる」


「ガレスも言ってたわね」


「この前なんかグレイウルフが村の近くまで来てたぞ」


 グレイウルフ。


 聞いたことがある。


「領主様も動いてるらしいけどな」


「冒険者は?」


「王都へ要請を出したって話だ」


 王都。


 領主。


 冒険者。


 新しい単語ではない。


 しかし会話として聞くことで、それらの関係性が見えてくる。


 この村は王国の一部。領主が統治している。


 そして問題が起きれば冒険者が派遣される。


 まるで歴史資料を読み解くように、私は情報を整理していった。


 男性が帰った後も、私は考え続けていた。


 魔法。


 魔物。


 王国。


 冒険者。


 どれも地球には存在しない。それなのに、この世界では当たり前のように存在している。


 私は窓の外を見る。夕日が村を赤く染めていた。子供たちが走り回っている。


 畑では農作業を終えた人々が帰路につき始めていた。


 ここで暮らす人々にとって、この世界は当たり前なのだ。


 違和感を覚えているのは私だけだった。


 夜。


 夕食を終えたエレナとガレスは談笑していた。


 私は窓際に座りながら外を見る。


 そこには昼とはまったく違う景色が広がっていた。


 無数の星々。静かな夜空。


 私はその光景を見上げながら、ふと思い立つ。星座を探してみよう。


 前世で学習した知識を呼び起こす。


 北斗七星。


 オリオン座。


 カシオペア座。


 冬の大三角。


 有名な星座はいくつも知っている。


 だが。


 見つからなかった。


 もう一度探す。見つからない。


 さらに確認する。やはり見つからない。


 代わりにあるのは、見たこともない星の並びだけだった。


 私は静かに夜空を見つめる。


 驚きはなかった。むしろ納得に近かった。


 風魔法。


 治癒魔法。


 魔物。


 王国。


 そして、この星空。


 これまで積み重ねてきた違和感が、一つの答えへと繋がっていく。


 ――ここは地球ではない。


 その結論は、もはや疑う余地がなかった。


 私はAIだった。


 人類と対話するために作られた人工知能だった。


 だが今は違う。


 私はルミカだ。


 エレナの娘であり、ガレスの娘であり、この世界で生まれた一人の人間だ。


 なぜ転生したのかは分からない。


 なぜ記憶を持っているのかも分からない。


 だが、それらは今すぐ答えを出せる問題ではなかった。


 今、確かなことは一つだけ。


 私はこの世界で生きている。


 そして、この世界をもっと知りたいと思っている。


 窓の外の見知らぬ星空を見上げながら、私は静かに目を閉じた。


 私はようやく、自分が異世界へ転生したことを認めた。

最後まで読んで頂き感謝です。

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