第25話 これで終わりにしよう、もう偽物は
大市が無事に幕を閉じた夕暮れ、広場の喧騒が少しずつ遠のいたころだった。
アルカディウスが「少しだけ」と言ってルラを港の端へ連れ出した。人の少ない桟橋。冬の海は静かで、橙色の空が水面に細く揺れている。
ルラは胸の奥で、ずっと避けていた予感が形になるのを感じた。終わったのだ。店を守るための恋人のふりも、大市も、きっとここまで。
アルカディウスが正面から向き合う。
「これで終わりにしよう」
その一言で、世界の音が少し遠くなった。やっぱり、と思う。覚悟していたはずなのに、喉の奥がひどく熱い。
「……はい」
うまく笑えたかはわからない。
けれど次の瞬間、彼は続けた。
「終わらせたいのは、偽物の恋人という言い方です」
ルラは瞬きを忘れた。
「私は最初から、あなたに救われていました。店を守ろうとする姿に、子どもや年寄りの服を当たり前みたいに直す手に、誰かを決めつけずに見ようとするまなざしに。気づけば、あなたのいる日々を、仕事以上のものとして受け取っていた」
言葉はまっすぐで、飾りがないぶん、逃げ場がなかった。
「あの夜、あなたが線を引こうとしたときも、受け入れたふりをしただけです。あなたが困ると思って、黙りました。でも、もう黙ったまま終わらせたくない」
そこで彼は、ほんの少しだけ息を乱した。
「好きです。店がなくなるからでも、大市があるからでもなく、あなた自身が」
ルラの視界が滲んだ。失恋を覚悟していた場所で、まるで逆の言葉を受け取る。心が追いつかず、涙のほうが先に出る。
「ずるいです」
「はい」
「最初に偽物の恋人だなんて言っておいて」
「申し訳ありません」
「そこは謝らないでください」
泣きながら笑うしかなかった。夕暮れの海の色が、《永遠の愛》の布とよく似ている。重なった色の深みが、胸の奥まで満ちてくる。
「私は……」
声が震える。
「本当はずっと、あなたが好きでした」
やっと言えた。その一言だけで、長く張っていたものが全部ほどけた気がした。




