第23話 本当はずっと好きだった
大市前夜の町は、眠ることを忘れていた。
広場には仮設の灯りが並び、出店棚が組み上がり、倉庫からは木箱の音が絶えず響く。夕凪染房でも最後の仕上げが続き、ルラの作業机には糸、札、布端、控え帳が散らばっていた。
アルカディウスは何度も言おうとして、何度も飲み込んだ。
今なら言えるかもしれない。今さら言うべきではないかもしれない。線を引いたのは彼女で、それを受けたのは自分だ。ならば勝手に越えるべきではない――そう考えるたびに、胸の奥で別の声が言う。もう、黙ったまま終わらせたくない、と。
「ルラさん」
「はい?」
「明日が終わったら、話があります」
「……わかりました」
それだけで精いっぱいだった。
結局その夜も、告白には至らなかった。準備に追われ、人が途切れず、互いのそばにいても二人きりになる暇がない。言葉が間に合わない代わりに、アルカディウスは別のことをした。
散らかった作業机の端をそっと整える。なくしかけていた針山を目につく位置へ戻す。冷えた指先へ黙って温かい湯呑みを置く。染料で荒れた手を見て、何も言わず軟膏を添える。
「……あなた、気づくと全部並べ直してますね」
ルラがくすりと笑う。
「見つからないものがあると困るでしょう」
「私より机の癖をわかってません?」
「最近は」
最近は。その二文字が妙にやさしく響いた。
ルラは作業を続けながら、胸の内で何度も同じことを思う。本当はずっと好きだった。最初からではない。けれど、気づけば、雨の夜も、薄いスープも、帳場の整い方も、全部一緒に好きになっていた。
それでも明日までは、まだ言わない。言えない。
けれど、明日が終わったら――。
大市前夜、町の灯りはひときわ明るく、誰もが自分の持ち場で明日を迎える準備をしていた。言葉にならない気持ちもまた、その明日へ持ち越されていく。




