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この日々を愛と呼ぼう 寅印港町交易ギルドとオレンジ色の染布帖  作者: 乾為天女


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23/26

第23話 本当はずっと好きだった

 大市前夜の町は、眠ることを忘れていた。


 広場には仮設の灯りが並び、出店棚が組み上がり、倉庫からは木箱の音が絶えず響く。夕凪染房でも最後の仕上げが続き、ルラの作業机には糸、札、布端、控え帳が散らばっていた。


 アルカディウスは何度も言おうとして、何度も飲み込んだ。


 今なら言えるかもしれない。今さら言うべきではないかもしれない。線を引いたのは彼女で、それを受けたのは自分だ。ならば勝手に越えるべきではない――そう考えるたびに、胸の奥で別の声が言う。もう、黙ったまま終わらせたくない、と。


 「ルラさん」

 「はい?」

 「明日が終わったら、話があります」

 「……わかりました」


 それだけで精いっぱいだった。


 結局その夜も、告白には至らなかった。準備に追われ、人が途切れず、互いのそばにいても二人きりになる暇がない。言葉が間に合わない代わりに、アルカディウスは別のことをした。


 散らかった作業机の端をそっと整える。なくしかけていた針山を目につく位置へ戻す。冷えた指先へ黙って温かい湯呑みを置く。染料で荒れた手を見て、何も言わず軟膏を添える。


 「……あなた、気づくと全部並べ直してますね」

 ルラがくすりと笑う。

 「見つからないものがあると困るでしょう」

 「私より机の癖をわかってません?」

 「最近は」


 最近は。その二文字が妙にやさしく響いた。


 ルラは作業を続けながら、胸の内で何度も同じことを思う。本当はずっと好きだった。最初からではない。けれど、気づけば、雨の夜も、薄いスープも、帳場の整い方も、全部一緒に好きになっていた。


 それでも明日までは、まだ言わない。言えない。

 けれど、明日が終わったら――。


 大市前夜、町の灯りはひときわ明るく、誰もが自分の持ち場で明日を迎える準備をしていた。言葉にならない気持ちもまた、その明日へ持ち越されていく。



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