表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この日々を愛と呼ぼう 寅印港町交易ギルドとオレンジ色の染布帖  作者: 乾為天女


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/26

第22話 この日々を愛と呼ぼう

 徹夜の作業が続いた夜、ようやく一息ついた店内で、ルラは母の染料帳を開いた。


 《永遠の愛》の配合頁は戻らない。けれど裏表紙の綴じ目に、薄い紙片が一枚だけ隠されていた。何度も触られて端の擦り切れた、小さな手紙だった。


 火のそばへ寄せ、ゆっくり読む。


 立派な恋ではなくても、

 誰かのために布を温める日々を、

 私は愛と呼びたい。


 短い文だった。けれど、その言葉は今の夕凪染房の空気そのものみたいだった。贈り物のために色を選ぶ手。濡れた荷を乾かすために火を守る手。眠いのに帳場を締める手。怒りすぎず、諦めすぎず、誰かの今日を少しだけよくしようとする手。


 恋だけが愛ではない。

 けれど、恋がその中に含まれてもいい。


 ルラは手紙を胸に当てた。母はたぶん、誰か一人に向けてこの言葉を書いたわけではない。暮らしそのものへ向けて書いたのだ。だからこそ、今の自分にも届く。


 店の隅では、アルカディウスが眠気と戦いながら帳面を整えていた。灯りの下の横顔は疲れているのに、紙を扱う手つきだけは相変わらず丁寧だ。


 「どうしました」

 顔を上げた彼が訊く。

 「母の手紙が出てきました」

 「……なんと」

 「立派な恋ではなくても、誰かのために布を温める日々を、愛と呼びたいって」

 アルカディウスは静かに目を細めた。

 「すばらしい言葉です」

 「はい」


 しばらく沈黙が続いたあと、ルラは笑った。

 「なんだか、楽になりますね。ちゃんと恋じゃなきゃとか、うまく言えなきゃとか、そういうことばかり考えていました」

 「言葉にできる形だけが本物ではない、ということでしょうか」

 「きっと」


 戸の外では、夜明け前の風が布を鳴らしている。慌ただしくて、騒がしくて、休む暇もない。それでも、この毎日を愛と呼べるなら、自分はまだ歩ける。ルラはそう思った。


 この日々を愛と呼ぼう。

 その言葉が、店の中に静かに染みていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ