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この日々を愛と呼ぼう 寅印港町交易ギルドとオレンジ色の染布帖  作者: 乾為天女


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第21話 それぞれの持ち場

 嵐が去ったあとの町は、疲れているくせに妙に明るかった。危ないところをひとつ越えた人間特有の、張りつめた高揚があった。


 夕凪染房では、濡れた布を守るための加工が急務になっていた。そこへディラッチが、寝不足の顔で飛び込んでくる。


 「思いついた! 髪油の防水膜、布にも使える!」

 「また妙なことを」

 「今度は飛び散らせないから信じて!」


 半信半疑で試したところ、油分を極限まで薄めた加工液が、たしかに染め上がりを雨から守った。ルラは布を陽に透かし、驚いたように笑う。

 「……使えます」

 「ほら見ろ! 私の天才がようやく社会に追いついた!」


 一方、ジェスパーは疲労で倒れかけた商人や怪我人を診療所で受け止めていた。寝不足で荒れた気持ちまで見抜き、必要以上に叱らず、必要なだけ休ませる。彼がいるだけで、町の呼吸が少し整う。


 イリオノーラは王都と上層部へ送る書面を一晩で整えた。旧市街出店の臨時許可、検査簡略化の条件、追加人員の承認。誰もが後回しにしがちな細かな壁を、彼女は無表情のまま切り開いていく。


 リンドウは山のような記録から必要な許可証を探し出し、出店札を並べ、失くしたと言い張る商人には淡々と再発行料を請求した。段取りの良い人間が本気を出すと、世界はここまで滑らかになるのかと見ていて恐ろしくなるほどだった。


 デスポットは現場を回り、声の大きい者にも小さい者にも同じ重さで指示を飛ばした。

 「怒鳴る前に手を動かせ。終わったら文句を聞く」

 その一言で、荒れかけた空気が不思議とまとまる。


 そしてアルカディウスは、全部の間をつないでいた。数字と現場、怒りと理屈、過去の痛みと今やるべきこと。その隙間に落ちそうなものを拾い続ける。


 ルラは染め場で手を動かしながら、皆の気配を感じていた。ひとつの店では足りない。ひとりの善意でも足りない。けれど、それぞれの持ち場で、それぞれが持てるものを出せば、町はこうして立ち直っていく。


 「群れって、こういうことなんですかね」

 ルラが呟く。

 サルコが荷を下ろしながら鼻を鳴らす。

 「群れというより、寄せ集めだ」

 「でも、悪くない寄せ集めです」

 「……そうだな」


 誰もが少しずつ無理をしている。けれど、誰か一人だけが潰れる形ではない。そのことが、冬の寒さの中で妙にあたたかかった。



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