第19話 クロディアナの後悔
クロディアナは、謝ることに慣れていない顔をしていた。
商会の執務室は整いすぎていて、机の上にある羽根ペンの角度まで計算されているみたいだった。その中央で、彼女は《オレンジ》の出力表を閉じ、ルラとアルカディウスを見た。
「父が止め切れなかった流れを、私は効率で上塗りしようとしていた」
口調はいつも通りに硬い。けれど、その硬さの内側に、噛みしめるような悔しさがあった。
「許してほしいわけじゃないわ。許されるとも思っていない。ただ、見えていなかったことを、見えたふりで押し切るのはやめる」
ルラはすぐには返事をしなかった。母が受けた仕打ちを思えば、簡単に頷けるはずがない。それでも、目の前の女がただの悪意で動いてきたわけではないことも、もう知っている。
「あなたは、母に会って何を聞いていたんですか」
ルラが問う。
クロディアナは少し目を伏せた。
「《オレンジ》の数字と、現場の実感が食い違う理由を。あの人は、数字が間違っているんじゃない、人が読み方を歪めているんだと言った」
「それを、信じなかった」
「信じ切れなかった。若かったの」
最後の一言だけが、ひどく人間くさかった。
沈黙のあと、ルラはゆっくり息を吐く。
「すぐには赦せません」
「ええ」
「でも、変わろうとしていることは、見えます」
「それで充分よ」
クロディアナはいつもの冷えた表情に戻りかけて、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「大市には、商会の資本も回す。《オレンジ》の出力は開示する。現場修正の権限もあなたたちに渡す」
「ずいぶん思い切りましたね」
アルカディウスが言う。
「後手のままでは、もっと失うもの」
帰り際、執務室の窓から港を見下ろしながら、クロディアナが背中越しに呟いた。
「私はずっと、正しさで人を救えると思っていた。でも正しさだけでは、人はついてこないのね」
「正しさが要らないわけではありません」
アルカディウスが答える。
「ええ。だから厄介なの」
その言葉に、ルラは少しだけ親近感を覚えてしまった。わかり合ったわけではない。けれど、遠くで噛み合わなかった歯車が、ようやく同じ方向を向き始めた感触はあった。




