第18話 永遠の愛は赤じゃない
《永遠の愛》という色名を最初に口にしたのは、リンドウだった。
「索引に残っている以上、母体となる配合はどこかに痕跡があります」
母の染料帳の余白、裏表紙の綴じ目、切り取られた頁の裏写り。さらに《オレンジ》の古い保守記録に残っていた需要分類の符号。ばらばらだった欠片を突き合わせると、一つの配合に近い輪郭が現れてくる。
「赤ではないんですね」
ルラが呟く。
恋の色と聞けば誰もが赤や桃を思う。けれど母の記号が指すのは、橙、藍、薄黄、そしてごく少量の灰紫だった。夕焼けの空みたいに、複数の色が境目なく溶け合う組み合わせ。
「誰か一色では作れない色」
アルカディウスが紙を見つめる。
「ええ。譲り受けた色を重ねる前提です」
「それが《永遠の愛》」
試し染めは何度も失敗した。橙が強すぎると陽気すぎて浅い。藍を重ねすぎると夜に寄りすぎる。灰紫が勝つと、懐かしさばかりが前へ出る。ルラは鍋の前で黙々と手を動かし、アルカディウスは回数と温度と時間をひたすら書き留めた。
夜半近く、ようやく一本の布に、深い夕焼けの色が乗った。
赤でもない。桃でもない。見た人によって、果実にも、海へ落ちる陽にも、誰かの手のぬくもりにも見える色。
「きれい……」
ルラの声がかすれる。
その布を灯りにかざすと、橙の奥に藍がいて、藍の底に薄い金が潜んでいた。混ざったから濁るのではない。違う色が重なるからこそ、単色にはない深みが出る。
「まるで、この町みたいですね」
アルカディウスが言う。
「獣人も、移民も、古い商いも、新しい流れも」
「全部混ざるから、簡単じゃない。でも、きれいになる余地はある」
ルラは布を抱きしめるように持った。母が遺したかったのは、恋を飾るためだけの色ではないのだろう。違うもの同士が、無理に同じ色にならず、それでも一枚の布の中で響き合うこと。その願いがこの配合には宿っている気がした。
《永遠の愛》は、甘いだけの名前ではない。重ねる手間と、譲る勇気と、待つ時間まで含めた色だ。ルラはそれを見て、自分の胸の内まで少し見透かされた気分になった。




