第17話 ひとりでは届かない
恋人のふりをやめた途端、仕事の連携までぎこちなくなった。
「その荷札、こっちです」
「……ありがとうございます」
「納期表、机に置いておきます」
「助かります」
必要なことは話している。なのに、前なら自然に交わせた一言の温度が消えていた。店の中が妙に広く感じる。ボンカはその空気に耐えきれず、茶屋から勝手に乗り込んできた。
「ちょっと、何これ。喧嘩した夫婦より気まずいんだけど」
「夫婦ではありません」
「そこ即答するところじゃないでしょ!」
サルコは荷を置きながら鼻を鳴らす。
「運ぶ荷の重さは変わらんのに、空気だけ重いな」
「痛いところを突かないでください」
ルラが頭を抱える。
ジェスパーまで診療所帰りに立ち寄って、湯をすすりながら言った。
「恋人のふりはやめても、相棒までやめる必要はないだろう」
「……ボンカと同じことを」
「港町の医者は、だいたい皆そう思ってるよ」
「いつのまに町ぐるみなんですか」
「最初から」
皆に囲まれて、ルラはようやく自分が何を切ろうとしていたのかに気づく。恋人の名札だけならともかく、支え合う癖まで捨てようとしていた。苦しいから離れたかったのに、離れたせいで仕事まで息苦しくなっている。
その夜、閉店後にアルカディウスが伝票を届けに来た。ルラは受け取らず、先に言う。
「すみません」
「何がでしょう」
「相棒までやめようとしていました」
「……私も、似たようなものです」
ふたりで少し黙って、それから同時に笑った。ぎこちなさの中に、やっと元の呼吸が少し戻る。
「恋人のふりは、やめたままでいいです」
ルラが言う。
「はい」
「でも、大市までは、ちゃんと一緒にやりたいです」
「それは、私も同じです」
アルカディウスは持ってきた資料を机へ置いた。
「《オレンジ》の試算が出ました。現場の修正が必要です。あなたの感覚を貸してください」
「貸します。その代わり、帳場の穴埋めはまたお願いします」
「喜んで」
外では風が強く、干した布が大きく揺れていた。ひとりでは届かないところへ、誰かとなら届く。その単純な事実を、ふたりは遠回りして思い出した。




