第15話 記録の中の母
リンドウとイリオノーラが持ち込んだ資料は、机の上に積むと小さな壁になった。
《オレンジ》導入期の物流記録、商会の監査写し、旧市街の取引停止届、そして夕凪染房の納入控え。互いに別の場所に保管されていた紙を突き合わせると、一見ばらばらだった出来事が一本の線を引き始める。
「見てください」
リンドウが指差した先には、獣人の運び手と外来職人が関わる荷だけ、不自然に“遅延常習”と記されていた。
「でも実際の到着時刻と合ってない」
ルラが息を呑む。
「後から評価を書き換えています」
イリオノーラが言い切った。
《オレンジ》自体は需要予測と配車計算を補助するだけの装置だった。けれど、その出力の見せ方を一部の商人が都合よく歪め、望ましくない相手を外す口実にした。数字の顔をした偏見。紙に書かれたぶんだけ、厄介で長持ちする悪意だった。
その中心で抵抗した記録が、夕凪染房に残っていた。母の署名つきの嘆願書。外された職人の再受注を求める陳情。納入遅延の再検証を求める走り書き。どれも通った形跡は薄い。
「お母さまは、見て見ぬふりをしなかったのですね」
イリオノーラの声が、いつもより少しだけやわらかい。
「そのせいで、締め出された」
ルラは紙の端を握った。
クロディアナの父の名も、記録の中に何度か出てきた。止め切れなかった判。黙認と抵抗の中間で止まったような印影。完全な黒ではない。だが無傷でもない。
「だから彼女は、後始末を背負ってるんですね」
アルカディウスが呟く。
「はい。ただ、それで許されるわけではありません」
「ええ」
ルラは母の署名を指でなぞった。生きている人の筆圧だった。怒って、悔しがって、それでも誰かを切り捨てる流れに抗おうとした手の跡。その先に今の自分がいる。
悔しさと誇らしさが同時に込み上げて、涙が出そうになる。泣きたくないのに、アルカディウスがそっと湯呑みを差し出してきた。
「今日は、無理に強くなくていいです」
「……あなた、そういうときだけ反則みたいなことを言いますね」
「自覚はあります」
ルラはようやく笑い、目もとを押さえた。
記録の中の母は、記憶の中よりずっと必死で、ずっと格好よかった。そして、その必死さが切り取られ、なかったことにされようとしていたのだと知ってしまった以上、もう引き返せない。
夕凪染房が残るかどうかだけではない。母が守ろうとしたものまで、今度は見失いたくなかった。




