表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この日々を愛と呼ぼう 寅印港町交易ギルドとオレンジ色の染布帖  作者: 乾為天女


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/15

第14話 偽物の恋でもよかった

 王都への異動の話を、ルラはボンカの口から知った。


 「聞いた? アルカディウスさん、大市がうまくいったら王都へ呼ばれるかもしれないって」

 「……誰から」

 「湯屋で酔った事務係」


 情報源はどうしようもないのに、こういう話だけは外れないのが港町の厄介なところだ。


 その日の夕方、ルラは荷札を束ねるアルカディウスの横顔を盗み見た。彼はいつも通りで、いつも通りすぎて、だからこそ何も聞けない。王都へ行くのか。行くなら、ここでの約束はどうなるのか。聞いた瞬間、今の穏やかさが壊れそうで、怖かった。


 夜、染め場で一人になると、母の染料帳の背を指でなぞりながら考える。


 この人が来てくれたから、店は持ちこたえている。

 この人が整えてくれた帳場のおかげで、審査にも向き合える。

 この人が笑ってくれると、私はちゃんと大丈夫な顔をつくれる。


 なら、王都へ行く道を邪魔してはいけない。


 「偽物の恋でもよかった」


 口に出すと、思ったより痛かった。よかったはずだ。助けてもらえた。店も守れるかもしれない。それなのに、胸のどこかが納得しない。


 閉店後、アルカディウスが帳簿を届けに来た。ルラは平静を装って受け取る。


 「大市の責任者候補として、正式に名前が挙がりました」

 「そうですか。おめでとうございます」

 「まだ決まっていません」

 「でも、ふさわしいです」


 アルカディウスはそこで少しだけ黙った。彼女の声がいつもより整いすぎていることに気づいたのかもしれない。


 「……王都の件も、耳に入りましたか」

 「港町は、そういうところです」

 「私はまだ返事をしていません」

 「あなたが決めることです」


 言えたのは、それだけだった。笑って送り出そうとしたのに、最後の一礼が少し深くなりすぎる。アルカディウスは何か言いかけたが、結局「おやすみなさい」とだけ残して帰った。


 戸を閉めたあと、ルラは静かな店内で膝を抱えた。好きになったぶんだけ、自分の願いがわがままに見える。ここにいてほしいと思うことが、彼の先を塞ぐようで怖い。


 偽物の恋でもよかった。

 そこまで助けてもらえたから。


 何度そう言い聞かせても、心は少しも従わなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ