第11話 クロディアナの正しさ
クロディアナが夕凪染房へ現れたのは、風の冷たさが一段増した朝だった。
大手海運商会の若き後継者。深い緑の外套は無駄なく仕立てられ、無駄なく整えられたその姿は、港町の雑多な景色の中でかえって目立った。彼女は店先の布を見ても感嘆の声一つ漏らさない。ただ価値を量る目で、一枚ずつ見ていく。
「久しぶりね、夕凪染房」
「……母をご存じなんですか」
「昔、数度」
ルラが問い返す前に、クロディアナは本題へ入った。
「先日の買収の話、あれはうちの方針よ。言い方が下品だったなら謝るけれど、必要な提案だと思っている」
「ここを倉庫に変えるのが?」
「ええ。港全体を守るには、滞留する小口商いを整理しなければならない」
はっきりした物言いだった。情を切り捨てる冷たさがある一方で、誤魔化しもない。
アルカディウスが一歩前へ出る。
「旧市街の小商いには、数値化しづらい役割もあります」
「承知しているわ。けれど、役割だけで港は維持できない。採算の線を引かなければ、全体が沈む」
ルラは奥歯を噛んだ。正論に近いからこそ腹が立つ。人が住む場所を、帳面の線で切るような言い方が。
「採算だけで残るものなら、母はあんなふうに苦しみませんでした」
思わず声が強くなる。
クロディアナの瞳がわずかに動いた。
「だから私は、同じ失敗を繰り返したくないの」
その一言だけが、予想外に低かった。
「近く、古い魔導計算機を再稼働させる。物流、需要、在庫の偏りを可視化するために。人の勘と情だけで回していた歪みを、今度は見逃さない」
「《オレンジ》を?」
ルラの指先が強ばる。
母の苦労と結びついた名前だった。あの装置が導入されたころから、町の空気は変わったと聞く。計算結果を口実に切られた仕事、外された職人、黙って去った人たち。
ルラの表情を見て、クロディアナは少しだけ眉を寄せた。
「嫌う理由があるのは知っている。けれど、嫌悪だけでは港は守れない」
「守るために、人を切るんですか」
「沈む船で全員を救えない場面はある」
空気が張りつめる。そこへアルカディウスが、どちらの側にも寄り切らない声音で口を開いた。
「ならば、計算が示すものと、現場が抱えるものを両方見ましょう。《オレンジ》が本当に必要かどうかも、そのうえで」
「あなたはいつも中立ね」
「片方だけを見れば、別の片方が海へ落ちますから」
クロディアナは短く息を吐いた。
「いいわ。見るなら最後まで見て」
そう言って踵を返しかけ、ふと立ち止まる。
「……あなたのお母さんのことは、私も忘れていない」
それだけ残して、彼女は去った。
残された店内で、ルラはしばらく動けなかった。正しさは、いつも救いの顔をして来るわけではない。ときに刃物みたいにまっすぐで、人を傷つけながら進む。クロディアナの言葉はまさにそうだった。
だが、その刃先に迷いが一切ないわけでもないと、ルラは見てしまった。




