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最初に整形外科の門戸を叩いた日から3か月が経過していた。


脚の不調も治り久しぶりの俊との大切な夫婦の時間の後で、桃が

うとうとまどろんでいた時、それは突然訪れた。



今までの記憶が……。

繋がらなかった点と点が繋がった一瞬だった。


『ウソっ』



最初は夢なのかと思ったけれど、自分の抜け落ちていた記憶なのだと知る。


記憶がないと母親に告げた日のこと、その後の両親の行動や俊の言動を

思い返してみれば、腑に落ちたのである。



『俊ちゃんから大切にしてもらって幸せ』と囁いた日の夫の何とも言えない

切なげな表情も、今ならその意味が分かる。


あの時はどうしてそんなふうなのか分からなかった。


自分を頑なに拒絶していた奥さんからそんなふうに感謝されて

さぞかし堪らなかったことだろう。



桃は恐る恐る隣を見た。

ちゃんと俊がいる……俊がいた。


治らないかもしれない病気になった時、やさしく寄り添ってくれた

やさしい夫が。


仕事で疲れているだろうに率先して子守や家事をしてくれた夫。

積極的に私に尽くしてくれたこと覚えてる、覚えてるよー。



勝手に勘違いをして自分を傷つけた女なのにどうしてそこまで

大切にしてくれたの?

俊ちゃん。


もう私はダメだった。

私の中にあった鬼は消えてしまった。


私はこの日、あることを決心した。

このまま、未来永劫私の失くした記憶は戻らないのだ。



俊ちゃんが浮気した頃から私がそのことに気付いて心を閉ざした頃までの

記憶は一生戻らない。


私は俊ちゃんの浮気のことも修羅場のことも、そしてナイフで彼を刺したことも

なんもかんも忘れたことにして俊ちゃんと奈々子と3人で生きてゆくのだ。


自分だけの秘密にして。



絶対夫にも両親にも……誰にも知られてはならない秘密。


記憶の抜け落ちた水野桃としてなら、この先も俊と共に生きていける。


けれど記憶の戻った水野桃であるならば……夫に自分の友人と浮気された

妻としてであるならば、到底俊とは生きていけない。



そう、プライド……プライドを失くしてなど生きてはいけないから。


 固い決意を秘め、それからゆっくりと桃は瞼を閉じた。



     ――――お――し――ま――い――――





淡井恵子の番外編へと続く……


水野俊の番外編もあります


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