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相手が号泣しているからといってここは自分が慰めるというのもおかしな話で、
桃はそっと風呂に入る為脱衣所へと向かった。
入浴中もドキドキが止まらなかった。
男の人が……俊が……あんな風に苦し気に泣くなんて、本当に驚いた。
だが、そんな風に捉えていた考えも時間が経つにつれ、徐々に変化していくのだった。
自分の前では今にも死にそうな態で泣いて見せていたけど、私があの場から
いなくなると案外してやったりと舌を出しているのかも
しれない……と。
桃は思考の波に溺れそうで湯船の中で二度三度頭を振った。
◇ ◇ ◇ ◇
もともと慎み深く恥じらいのあった妻の連発する過激な内容に、俊は
自分のしでかしたことへの罪深さに畏れおののいた。
妻の女性としての、というより人としての価値観を大きく歪めてしまったのは
間違いなく自分なのだと思うと絶望に襲われた。
言葉にならない想いに、自分でも信じられないほどの畏れと悲しみで
身体中が侵食されていくような気分だった。
それなのに更に追い打ちをかけるように口から出てきた妻の信じがたい言葉に、
爆弾発言投下に、俊は更に気持ちを揺さぶられ翻弄されるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
桃は夫が離婚しないのは自分のことをただシンプルな理由で
『好きだから』などと考えてもみなかった。
ただただ、世間体の為なんだろうと捉えていた。
対して俊はこんな風に自分が嫌がることを徹底的にしてくる桃が自分の号泣
する姿に一瞬とはいえ、ほだされたりしたなんて全く考えも及ばなかった。
それは、哀しくも二人のすれ違いの一瞬であった。