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別にあの時の場面を見られていたからといって焦る必要はないのだが、
桃は夫の言葉に戸惑いを隠せなかった。
それは夫が現場を見ていないと言い出せない内容だったからだ。
仕事を終えた後のことだから、窓側の厚めの遮光カーテンは植木たちが
開けていたのかもしれない。
いつもは生徒たちと同じように割合すぐに教室から退室するので
気にしたことがなく、当日は植木に意識がいっていたこともあり
記憶が曖昧なのだ。
でも……レースのカーテンは閉まっているはずなので、中の様子が
見えるだろうかなどと、そこが気になってしようがなかった。
けれど何度夫の言葉を検証してみてもやはり、キスしているところを
見られていたということなんだろうと思うしかなかった。
考えがそこに落ち着いたので、どんなふうな言葉を夫に返そうかと考えていると、
何か言葉を掛ける前に彼の方からのリアクションが先にあった。
椅子から離れ突っ立っている私の両肩に手をかけ、
「桃、頼むからあそこを辞めてくれないか。頼むよ~」
そう泣いて縋りながら夫が私に辞めてほしいと懇願してきたので、ほんと、
私ビックリ仰天しましたとも。
『泣いてるぅ~、泣くんだ~あーいやぁ~、どうしようかなぁ~』
ひとまずヨシヨシして、この話を穏便にすませたほうがいっか、なんて
思っていたのに……なのに私ったら。
「いいよ、辞めたげる」
「桃、ありがと。
俺、浮気のことはちゃんと反省してるから」