閑話 女神ヴィヴィエルの憂鬱5
私が幼少期の時、下界の人間という種族で例えるなら十歳前後といったところでしょうか。
私はよく同世代の子達にからかわれていました。昔の私は今よりも弱く、すぐに泣いてしまう子供でした。
いつもからかわれてびくびくしていたから、その時にビビリエルなんてあだ名ができてしまいました。
とあり日も、私は公園で同世代の子供三人に囲まれてからかわれていました。
私はしゃがみ込んで顔を隠し、泣くことしかできませんでした。
反撃されないからでしょうね、その三人組の嫌がらせが徐々にエスカレートしていき、強く押したり揺さぶったりと攻撃的になっていきました。
それでも私は何もできず、只々丸まるしかできなかったです。
それでも何の反応もなかったためか、三人組の一人が痺れを切らして遂に手を振り上げ握り拳を作っていました。
それを見て、流石の私も反射的に反応してしまい、恐怖から顔が引き攣ってしまいました。
反応があったからか、拳を振り上げた一人が気を良くしてしまい、もっと反応が見たかったのかその振り上げた拳を私へ向かって下ろしてきました。
馬鹿な私でもわかります。振り下ろされた拳が当たればどうなるかは。
私は恐怖からまた下を向いてしまい、グッと体を固め堪えようとしました。
……ですが、いつまで待っても拳が私に振り下ろされることはありませんでした。
恐る恐る顔を上げて確認してみると、拳を振り下ろそうとしていた一人が土の上に転がっていて、代わりにその一人を殴り飛ばしたであろうと思われるであろう人物が立っていました。
背中越しでしたが、直ぐに誰だかわかりました。
「私の可愛い妹をイジメるヤツは、この私が相手してやるよ!」
「ヨクねぇちゃん」
ああ、そういえば幼い頃は、ヨクエル先輩をヨクねぇちゃんと呼んでいましたね。
その後はヨクエル先輩と三人組が取っ組み合いをして、一対三と不利な状態からも勝利を掴み、三人組を追い払ってくれました。
ヨクエル先輩は私には大丈夫だとか楽勝だとかと強がってはいましたが顔が腫れ、至る所紫色になっていました。
キラキエル先輩から後から聞いた話では、キラキエル先輩の前では痛いだの強くならないとなど、泣きながら話していたそうです。
ですが、それを聞いても私にとっては、かっこいい先輩、お姉ちゃんであることには違いありませんが。ちなみにキラキエル先輩のこともキラねぇちゃんと呼んでいましたが、詳しい話はまた別の機会に。
既視感のある景色に、昔の記憶が呼び起こされました。
随分と懐かしくも、私にとっては宝物の記憶。
あの時のように、ヨクエル先輩は私のことを庇おうとしてくれているのでしょう。巻き込まれたなどの野暮なことはこの場では言いません。
「ヨクエル、仮にもしその話が本当だとして、それを証明するものは有るのですか? 無ければただの戯言と変わりありませんよ」
「はい、証明するものはございません。ですので、ラファエル様には私のことを信じてもらいたく思います」
「それでその話を信じたとしましょう。それで貴方はどうなるのですか? 明らかな規約違反に虚偽の申告、更に部下も巻き込んだなど、どう責任を取るのです?」
「私はどうなっても構いません。堕天せよと指示があるのであれば、堕天致します。ですがヴィヴィエルは今回の一件、無関係ということにしてほしいのです」
普段ヨクエル先輩は私をこき使ってきますが、いざとなると自分だけが矢面に立とうとします。もうあの時のようにお互い小さくて弱くはないのに、それでも護ろうとしてくれます。
本当にこの人は……どうしようもない先輩、いや、お姉ちゃんですね。
私は未だに震えている口を一度固く結び、緩ませたと同時に口を開きます。
「ラファエルさまっ、ゼレスの件は私自ら行動しました! 無関係ではありませんっ!」
私の発言に驚かれたのか、ヨクエル先輩とキラキエル先輩は目を見開いています。
確かにここで、私が何か発言するのは悪手だということはわかっています。
ですがそれでも、ただ見ているだけは嫌なんです。
「ヨクエル先輩は上司の命令に従っただけど仰いましたが、私は命令された認識はありません。補佐として、また現場の判断としてそれが最善だと思い行動しました!」
私の発言ではヨクエル先輩を、そして自分も助けられないのはわかっています。ですがここで黙り込んでは、それこそ本当にこれから先にある道が閉ざしてしまう気がするんです。
「ですので、ヨクエル先輩だけの責任ではありません! 私にも、責任の一端はありますっ」
「ヨクエル、貴方は━━」
「ヨクエル、貴方の言い分はわかりました。責任を負う意思があるのもわかりました。ですが貴方にどれ程の責があろうとも、それは上司であるヨクエルが背負うことになります。ですのでどれ程の言い分があろうと、貴方よりヨクエルの方が重い処分を受けることには変わりありません」
ヨクエル先輩が発そうとした言葉に覆い被すように、ラファエルさまが発言します。
そしてそれは、これから私がどれだけ懇願しようが、結果は変わらないという内容でした。
「っ、で、ですがっ。それでもっ。……っ」
何か言わなければと思うのに、良い言葉が何も出てきません。
ヨクエル先輩も口を閉ざしています。
私が口を出したけれど、結果としては口を出す前と変わっていないのですら、発言することがないのでしょう。
このまま話し合いが終わるんじゃないかと思ったその時、その場に居たもう一人の人物が口を開きます。
「ラファエルさまぁ、上司が責任を取ると仰いましたが、それはラファエルさまにも当たるのではないのでしょうかぁ? ヨクエルの上司はラファエルさまなのですからぁ、その責任はラファエルさんに行くのでは?」
「その通りです。ですので私も、統括補佐の座を下り、女神を辞めるつもりです」
ラファエルさまがとんでもないことを言われました。
女神の象徴は統括ではありますが、統括補佐も象徴の一部です。そんなお方が、辞めると発言されました。
統括補佐が一人抜けてその穴を誰かが埋める、という簡単な話ではないのです。一人抜けたからと、その後釜は誰でも良いとはならないのです。
選び抜かれた精鋭、ほんの一握りの頂点に立てる人物でないと、統括補佐までは上り詰めることはできないのです。
そんな方に簡単に辞められたのでは、〈女神〉という職の根幹を揺るがす事態になってしまいます。
「ラファエルさまぁ、その誠実な職務姿勢には感銘を覚えますがラファエルさまのようなお立場の方がする行動とは、あーしは思いませんー。いきなり統括補佐の一人が辞めたとなるとぉ、女神全域にその余波を残すことになりかねませんー」
「大丈夫です。統括補佐は一人ではありません。その程度では根幹は揺るぎませんよ」
「本当にそう思いですか?」
ラファエルさまの気を引くためか、キラキエル先輩は思わせぶりな雰囲気を出します。
「……それは何故ですね?」
「ラファエルさまはぁ、〈癒し〉を司るラファエルさまが居なくなった統括補佐の方々がぁ問題なく機能すると、本当に思いますかぁ?」
「…………」
「個人プレーしかできないあの方々を、本当に放置できるのですかぁ? ウリエルさまはまだしもぉ、ミカエルさまやルシフェルさまはぁ、衝突なさるのではないでしょうかぁ?」
「……確かに、一考しないといけないかもしれませんね。ですがそうなれば、今回の件の対処ができなくなってしまいます」
「良いのではないでしょうかぁ。ゼレスの魔王が討伐されたことに変わりはありませんがぁ、それを知らずに転生者を送ってしまったと、タイミング悪く起きてしまったミスということにすればぁ、筋は通るのではないでしょうかぁ」
「……私にも加担しろ、とキラキエルは言っているのですか?」
「はいー、そーですぅ」
良い笑顔でキラキエル先輩が中々恐ろしいことを仰ります。
何故か流れは良くなっていますが、それでもそれでいいのでしょうか? 直属の上司とはいえ、仮にも大幹部の統括補佐のラファエルさまを脅すような真似をしても。
「…………」
ラファエルさまが凄く難しいお顔で長考されています。時々「いや、しかし」や「でも、だからって」などの言葉が小さく漏れています。
数分の時を経て、ラファエルさまの考えがまとまったようです。
「はぁ、わかりました。キラキエル、貴方の口車に乗ってあげます。今回の一件はタイミング悪く起きた不慮の事故として、私からウリエルに伝えます」
おぉ、何とかなった? 感じですかね。
「ですが! 何も無しということにはできません。貴方達三人には、いや、貴方達は確かクラウエル、ムニエル、ココエルの六人で仲が良かったですよね。その六人は私の手足となって業務に当たってもらいます」
え? 何か凄いことを言われた気がします。此処に居る三人の他に、クラウエル先輩、ムニエル先輩、そして同期のココちゃんの名前が出てきました。しかもその六人でラファエルさまの下で働けと。
何故???
私の他にも、キラキエル先輩やヨクエル先輩もよくわからないといった表情をされています。
「今回の一件、例え偶々起きたミスだったということにしても、対処はしなければなりません。そしてそれを担当するのは恐らく私でしょう。そうなると私の抱えている業務も滞ってしまいます。それを貴方達にお願いしようと考えています。あぁ、大丈夫ですよ、ちゃんとフォローはしますから。できるできないではないのです、やれ、と命令しているのです」
そう言ってきたラファエルさまは、もう目は閉じて微笑んでいましたが、今回で一番怖いオーラを出されていました。
「これはもう確定事項なので変更はしませんが、正式な書状が届くまではこれまで通りの業務に当たって下さい。また、今回の件はわかっていると思いますが、他言無用でお願いしますね。他の誰かに聞かれると、話が面倒なことになりかねないので」
それではと言い残し、ラファエルさまはこの部屋から退出されました。
私達三人は「はぁ」と溜息を吐き、何とも言えない苦笑いの後、少しだけ話し業務に戻ることにしました。
そして次の日には異動辞令書と共に、私達の業務を引き継いでくれる方がやって来ました。
その余りにも早い対応に驚きながらも数日を掛け、無事に業務の引き継ぎを終えて異動する日となりました。
異動するのは緊張します。しかもそれがラファエルさまの下で働くのですから、尚更緊張します。ですが、仲の良い六人組での仕事なのでそれ程不安はありません。頼りになるお姉ちゃんも居ますからね。
私は少しの緊張と期待を胸に、新しい一歩を踏み出しました。




