閑話 女神ヴィヴィエルの憂鬱4
私とキラキエル先輩とラファエルさまはヨクエル先輩からも話を聞くため、私とヨクエル先輩の仕事部屋にやってきました。
部屋に入った私達は、書類仕事をしているヨクエル先輩を見ました。ヨクエル先輩も女神になれた優秀な天使の一人です。性格に難がなければ問題も発生しなかったでしょうし、もっと上を狙える方だと思います。
そんな書類仕事をしているヨクエル先輩ですが、部屋に誰か入ってきたのは気付いたのでしょう。
「ヴィヴィエル、戻って早々悪いのですがお茶を淹れてくれませんか。私が淹れたものより、貴方が淹れたお茶のほうが━━」
私に話しかけながら顔を上げると、ヨクエル先輩は表情は変えぬまま固まってしまいました。いや、表情は変わっていませんが瞬きが多くなっています。頭の中で、この状況を整理しているのでしょう。
そんな中、初めに口を開いたのはラファエルさまでした。
「ヨクエル、貴方に聞きたいことがあります。嘘は吐かずに正直に話して下さい」
今の言葉を聞いたヨクエル先輩は、この集りが先のゼレスの件と理解したのでしょう。一瞬ではありましたが、目元がぴくっと動くのが見えました。ですが直ぐに表情を変え、軽く微笑みながら応えます。
「もちろんですラファエル様。私の知っていることであれば、全てお話します」
「では聞きますが、ゼレスへと転生者を送る業務は終了したのですね? 中断とかではなく完了したと」
「はい、間違いありません。ゼレスへの転生者を送る業務は完了致しました。そしてその完了書類はヴィヴィエルに提出して貰いました」
「そうですか。では次にですが、魔王が討伐された後のゼレスへ転生者を送ったというのは本当なのですか?」
「はい? 何のことだかわかりませんが、どういうことですか?」
「まずゼレスへ転生者を送っていたのは、ゼレスが魔王の悪行によって苦しめられていたからです。その魔王が討伐されたのなら、ゼレスへ転生者を送る必要はありません。いや、むしろ送るべきではありません。転生者は比較的温厚な方を選別していますが、力を得た人が問題を引き起こすことも偶にありますから。そんな力を持った人を、魔王の居ない世界に送ったらどうなるかは、貴方ならわかりますよね、ヨクエル」
普段は微笑みの表情を浮かべているラファエルさまが、今は真顔で会話されています。普段とは違う雰囲気で、ラファエルさまがその場に居られるだけで、背筋が伸びます。私なら何も言えなくなっていたことでしょう。
そんな中でもヨクエル先輩は、ラファエルさまからの問い掛けに否定されています。その胆力に驚かされてしまいます。
「さも私が何かをした言い方ですが、申し訳ありませんが私には何のことだかさっぱりです。確かにゼレスの担当は私でしたが、そのようなことは起きていないと認識しております」
「問題は何も発生していないと?」
「全くというわけではありませんが、発生した際は報告していますし、発生項目も記録してあります。ご覧なられますか?」
この先輩は、よくそんな誤魔化せが出てきますね。いや、優秀だからこそ出てくるのでしょうか。
ですが、ラファエルさまはキラキエル先輩からの報告で今回の一件の内容を知っておられます。
このままヨクエル先輩が嘘を吐き続けるのは、状況を悪くする一方です。
どうにかしてヨクエル先輩に本当のことを話すようにと伝えないと。
今の私は三人の中で一番後ろの位置にいます。話されているラファエルさまが一番前でその左後ろにキラキエル先輩、ラファエルさまの右側でキラキエル先輩より後ろに私がいます。
お二人からは見えないので、首を振ったり手を動かしたりしアクションを起こします。
ヨクエル先輩はチラッと横目ではありましたが、私を見てくれました。が、直ぐにラファエルさまに向き直ってしまいました。
私は意を決してラファエルさまの隣まで移動し、もう一度アクションを起こします。
無視でした。
もう! 賢いんだから、こういう時に察して下さいよ!
私の訴えも虚しく、会話は続いてしまいます。
「いえ、結構です。ヨクエル、本当に伝えるべき事案はなかったのですね?」
「はい。ラファエル様に伝えないといけない程のことは、特にありません」
「……そうですか。はぁ、ヨクエル、本当に私のことを騙し通せると思ったのですか?」
ゾクッとした。
と、言えばいいのでしょうか。プレッシャーのような、恐怖への感覚と呼べばいいのか、普段感じることのない感覚。
ラファエルさまの隣に居た私は、直ぐにその正体に気付くことができました。
普段、ラファエルさまは微笑んでおられるため目は細められており、ほぼ閉じていると言ってもいい程です。その目が開かれていました。
そして、普段瞼の中に隠れている眼にも変化がありました。
ラファエルさまの虹彩は薄い黄緑色だったはずです。いつも目を細められているのであまり見たことはありませんが、それでも覚えています。
それが今は鮮血のような真っ赤、真紅に変化していました。
真紅の眼、【神の眼】と呼ばれる特別な力。確か能力は、その眼で見た者の言動の真偽や過去の悪行がわかるというもの。でも、これを使えるのはラファエルさまではなく、別の統括補佐のあの━━。
「この眼の使い手はウリエルですが、私も多少は扱うことはできるのですよ。ヨクエル、貴方はこの真紅の眼の能力は知っていますね? では、先ほど言ったことが嘘だとバレていることも」
「っ……」
自身の吐いた嘘としでかしたことがバレているのがわかり、ヨクエル先輩は苦虫を噛み潰したような顔になりました。
「なるほど……、初めからわかっていたのですね」
「ええ、全容はわかりませんが、結末はキラキエルから聞き及んでいます。なので事の顛末はヨクエル、当事者の貴方から聞きたかったのですが……、残念でなりません」
寒気がする程のプレッシャーがこの場を支配します。
呼吸すら意識しなくてはまともにできない程の重苦しい圧。
そのプレッシャーの根源であるラファエルさまが、再び口を開かれました。
「ヨクエル、私は貴方のことを信じていたのですが、貴方はそれを裏切ったのです。となると、貴方の補佐であるヴィヴィエルも疑わなくてはならなくなりました。私がこのまま二人の聴取をしてもいいのですが、この眼もあまり長くは使えません。なのでこの一件は、ウリエルに託そうと思っています」
ラファエルさまが大変マズイことをおっしゃいました。
ウリエルさまにこの一件を託すと。それは私とヨクエル先輩からしたら、現状起こり得る中でも最悪の部類です。
ウリエルさま。統括補佐をされている五人の内の一人。〈審判〉を司る女神の幹部です。
審判とは言葉の通り、物事の適否で判断し判決を言い渡す方のことで、女神の中枢といえる仕事です。下界で善行を行った者には新たな命を、悪行を働いた者には試練を与えたりしています。
この審判は女神の中でも適用されます。職務を全うできなかった者には降格や減給などを、女神として不適切な行いをした者は堕天処置、クビが言い渡されます。
要は女神という職の人事と、下界の民の裁判官を勤めてる感じです。
更にウリエルさまは、統括補佐の方の中でも特に高潔な方です。少しの不正も許さず処罰するとの噂です。
そんなウリエルさまに判断を託す。それ即ち私とヨクエル先輩の堕天もしくはそれに近しい厳しい処罰が言い渡されるということです。
私は驚きのあまり開いた口をあわあわとさせるしかありませんでした。
声を出したくても出せない状態で、反論したくても何もできませんでした。
そんな重苦しいプレッシャーの中で、口を開く方がいました。
「ラファエルさまぁ、それは些か早計でなないでしょうかぁ」
「……キラキエル、なぜそう思うのですか?」
「事の顛末がわからないまま他の統括補佐の方に託されるのはぁ、いくらラファエルさまでもぉ、責任逃れしてるようにしかぁ見えないと思いますぅ。それにヨクエルやヴィヴィちゃんがぁ悪意ある行動をするとはぁ、あーしは思わないんです」
キラキエル先輩が私たちのことを庇ってくれています。
ですが、それだけではラファエルさまは納得してくれません。
「キラキエル、それはただの貴方の感情論ですよ。私としても信じたい気持ちはあります」
「では━━」
「ですが、嘘を吐かれたこともまた事実です。ならばその事実を優先的に選択するのは必定でしょう。この天秤が傾き直ることはないでしょう」
キラキエル先輩は確かに庇おうとしてくれました。ですが、ラファエルさまの考えは変わりませんでした。
キラキエル先輩も即座に切り返されたため、次の言葉が出ず、模索されているようです。
キラキエル先輩の反論も虚しく、重苦しい空気は払拭されることなくただ時間だけが過ぎていきます。
もう、ダメかなと思いました。
女神になったのは成り行きからですが、それなりに楽しい思い出もあります。仲の良い先輩達や同期との思い出、失敗したり苦労した事や業務を完遂した時の達成感など、様々な思い出があります。……それが終わりだと思うと、寂しい、ですね。
特に理由はないのに、下を向いてしまいます。
「それでは、この場はお開きにします。連絡があるまでは今まで通りの業務を続けてください。以上です」
ラファエルさまはそう言って、振り返り部屋の出入り口へと向かわれます。
あぁ、これで終わってしまいましたね。
すると、部屋から出て行こうとするラファエルさまを呼び止める声がありました。
「ラファエル様、お待ち下さい。今回の件は全て私の命令によるものです。ヴィヴィエルは上司の命令に従ったにすぎません。全責任は私にあります。処罰は私だけにして頂きたく思います」
私は、そう言ったヨクエル先輩を見ることしかできませんでした。
その景色は既視感のあるもので、私は懐かしくも不安な気持ちになりました。




