14話 英雄、平穏な日常
冒険者ギルドへ行った翌日。
俺は第五兵隊の兵舎へと赴くことになっている。
レオナが先の事件で負った傷を治すために療養している間、第五兵隊にはお世話になったからだ。
そのお礼をするため、第三兵隊の副隊長である俺が第五兵隊の兵舎へと向かっているのだ。
こういうのは隊のトップであるレオナが行くべきでは、と思うかもしれないが、俺がレオナに頼んだんだ。
レオナが不在でも副隊長の俺がしっかりしておけば、第五兵隊に助けを要請せずに済んだのだ。
俺の力不足が原因で助けを借りることになったのだから俺から感謝を伝えたい。
レオナからは「ユウはオレの部下なんだから、そこまで気にしなくてもいいんだぞ」と言われたがそうはいかない。
これはケジメでもあるんだ。自分の弱さとお別れするための、もっと強くなるための糧にするために。
なんて考えていると、第五兵隊の兵舎の前に到着した。
外見は第三兵隊の兵舎とそう変わらない。
門へと向かい、守衛に声を掛ける。
「お疲れ様。第三兵隊の副隊長が来たと、ナナニアム隊長か如月副隊長に伝えてもらえないだろうか」
「お疲れ様であります! 了解しました、直ぐに使いを送ります」
すると守衛の一人が兵舎の中へと駆けていく。
「それでは応接室へご案内しますので、付いてきて下さい」
歩き出した守衛の後ろを付いていき、第五兵隊の兵舎の中へと入る。
通された応接室。部屋の大きさ自体は変わらないが、調度品が違う。第三兵隊の応接室はあまり物が置いていないシンプルな造りだが、第五兵隊の応接室は観葉植物やリアリングをする馬に跨る騎士の置き物など、素人目にも高級感があり洒落ている。
部屋に入って第三との違いを観察し終えたのでソファに腰掛けようとした時、扉がガチャリと音と共に開かれる。
ノックもせずに入って来たのは第五兵隊の副隊長を務めている如月いろはだった。
彼女は俺が応接室へ通されて一分もしない内に来てくれたのだ。……いや、流石に早すぎないか? 今やっていた仕事とかは大丈夫なのか?
いろははニカッと笑みを浮かべ「よう来たなぁ、まぁゆっくりしてって」と迎えてくれる。
ありがとう、と感謝を述べつつ「チルロット隊長は?」と問い掛ける。
「ん? チルか? 居るけど仕事中やは。まぁ昼には終わるやろーし、そしたらご飯でも食べに行こか。あ、ユウはこの後大丈夫なん?」
「ああ、第五に赴いた後は自由にして構わないとレオナから言われている。なので今日はもうフリーだ」
「そら良かったわ」と無邪気に笑ういろは。
「せっかくユウが居んのに、ユウ抜きにご飯食べてもいつもと変わらんしなぁ。何やったらその後買い物でも行こっか」
この後は自由時間なため、何をしても大丈夫だ。俺はいろはの誘いに「構わない」と返した。
「やったぁ、じゃあユウには荷物持ってもらおうかな。あ、安心しぃ、ちゃんとユウの分も選んだるさかい」
━━だが俺はこの後にこの時の発言を後悔することになるのだが、この時の俺はまだ何も知らない……。
「ほなお昼まで第五の兵舎でも観て回る? あんま変わらんと思うけど、訓練やら仕事のやり方とか些細な違いはあるかもしれんし」
確かに他の隊がどういう風に日々過ごしているのかは気になるな。中々他の隊の兵舎に入ることなんてないし、その言葉に甘えさしてもらおうか。
「じゃあお言葉に甘えさしてもらえるか? ウチの隊は脳筋の集まりだから、業務に関することは弱いんだ。やり方が合っているのかもわからないから、手探りでやっているって感じだな」
「あぁ確かに、この前お邪魔した時も書類関係苦戦してたもんなぁ」と、あははと笑ういろは。
「ほな早速観て回ろか」
いろはは部屋から出るため、扉に近寄る。
兵舎を観回る前に、これを渡しておかないと。
「いろは、ちょっと待ってくれるか」
「ん? なんや?」
俺は持ってきた物の二つの内の一つをいろはへと渡す。
「この前のお礼だ。受け取ってくれると助かる」
いろはは困ったように笑い「そんなん気にせんでええのに」と言いながらも受け取ってくれる。
「中身はお菓子だ。この前美味しい店を見つけたから、そのお裾分けだ。まぁもしかしたらもう知っている店かも知れないが、味は確かだから気にしないで欲しい」
「ありがと、有り難くいただきます。今晩にでも食べようかな」
お菓子を渡し終え、俺達は第五兵隊の兵舎を観て回る。
訓練では第三兵隊は各々が何をするかを決めているが、第五兵隊は規律よく集団で動いている。第五兵隊と模擬戦を行ったら個人戦では第三が優位かも知らないが、集団戦では勝てないかもしれないな。
書類業務を担当している隊員は、第三兵隊と比べ物にならない程の人数がいた。第三は俺を含めて副隊長補佐の二人、そしてレオナも加わって四人で行っている。
だが第五兵隊では、二十人以上の隊員達が席に着き書類を片付けていく。
しかもこれは一部屋での人数で、こういった部屋が三部屋あるらしい。単純計算六十人だ。
王国軍の各兵隊の人数は大体六百人ぐらいだ。一部千人近くいる隊もあるが、それは特殊な事例である。
六百人の内の六十人、十分の一が書類と向き合ってくれるのか。羨ましいな。
第五兵隊の兵舎内を観て回り、他の隊との違いを改めて知ることができた。ここで観たものを第三兵隊で活かせるかまた試してみよう。
「そろそろチルも終わった頃やろ」と、いろはの案内で第五隊長室へと向かう。
いろはは隊長室でもノックをせずに扉を開ける。
「チル、仕事はどう? 終わった?」
「もうつこちでおわりゅとょころだ。ちゅこちまっつぇいちぇくりぇ」
チルロットは慣れているのか、いろはがノックしなかったことなど気にしていない。
そしてチルロット隊長。……今日もその滑舌は健在ですね、何言ってるのかわからない。
いろはに隊長室にあるソファに案内され、座る。
そして俺の隣に「ちょっと詰めてぇなぁ」と言いながらいろはが座ってくる。
他にも周りにソファはあるのに、わざわざ俺の隣に腰掛けてくる。二人掛けのソファで、端に押し込まれた俺と真ん中ぐらいに座っているいろはという感じだ。
明らかに間違っていると思う。けど、言い出せない。
ここは第五兵隊の兵舎だ。これがここでは普通なのかもしれない。
郷に入っては郷に従えというやつだ。ここは我慢しよう。
至近距離でいろはが話し掛けてくる。
「ユウは普段休みの日に何やってるん?」
「んー、そうだな。新しい飲食店の開拓とか王都内の探索とかが多いかな」
「へぇ〜そうなんや。なんか良いお店とかあった?」
「ああ、それこそさっき渡したお菓子の店は美味かったな。他には、あれはカフェでいいのか? 『サンシャイン』って店なんだが、店内に入った瞬間からコーヒーの良い香りがするんだ。しかもそこの店のオムライスがまた絶品なんだ。昔ながらのオムライスって感じでお洒落だけを追求したモノとはレベルが違う。俺がまだいた時の日本でも、あそこまでのオムライスはなかったんじゃないかな。感動を覚える逸品だよ」
「へぇ、そうなん。じゃあ今日のお昼はそこに行こっか」
「あぁ、わかった」
ふふっと、いろはが笑う。
「どうかしたのか?」
「ユウは好きなことには饒舌になるタイプなんやなって。かわいいやん?」と何故か優しい笑顔を向けてくる。
よくわからないが、無性に恥ずかしくなった。
目を逸らすとまた笑われた。
すると別の方向からの視線に気が付く。
チルロットがジトっとした目で此方を見ていた。
「にゃにをやっつぇいりゅんだ?」
「チルロット隊長っ、別に何も━━」
「うちとユウの友情を深めてるところやで。どうや、チルも一緒に」
チルロットは「はぁ」と、溜息を吐きながら「わぁちはべちゅにだいじょーぶだ」と言い、俺といろはの座っているソファの対面のソファへと腰掛ける。
俺は立ち上がると、もう一つの持って来た物をチルロットに渡す。
「この前はお世話になりました。そのお礼の菓子折りです。受け取って頂けると幸いです」
「ああ、これはこりぇはごてーねいに。ありがてゃくちょーだいいつぁちまつ」
チルロットは素直に受け取ってくれた。
そして少し隊長室で雑談した後、先程話していた『サンシャイン』へ向かい、そしてオムライスとコーヒーを頂くことにした。
オムライスは俺といろはが昔ながらの薄い卵にケチャップライスが包み込まれたタイプのオムライス。チルロットは上にハンバーグが載った半熟とろとろ卵のデミグラスオムライス。……オムライスの至高は昔ながらのオムライスだが、こうして半熟卵タイプのオムライスを見ると美味しそうに見えるな。また今度食べにくるか。
そしてコーヒーは俺といろはがブラックを注文すると、チルロットもブラックを注文した。
いろはが「大丈夫なん?」とチルロットに聞くと「だ、だだだ、だいじょじょぶにきまっつぇいりゅっ」と返事していた。
コーヒーが運ばれてくるとチルロットは苦虫を噛み潰したような顔をし、少し口に含むと「うげぇぇぇ」と言いながら水を勢いよく飲み干した。
それを見たいろはが店員を呼んで「すんません、ミルクとお砂糖貰えます?」と頼んでいた。
チルロットは届いたミルクピッチャーのミルク全てと、角砂糖を四個、五個と入れてかき混ぜて飲んでいた。見た目通り、味覚はまだまだお子ちゃまのようだ。なんかホッとするな。
俺達は食事と会話を楽しんだ後、約束通り買い物へと行くことになった。
メインはいろはとチルロットの洋服などを観て回ることだ。偶に「これユウに似合うとちゃう?」といろはが俺の体に合わせるようにして服を選んでくれているが、殆どが女性陣の買い物だ。
そして俺はこの買い物の約束を後悔している。
……………………それは何故か?
ながい! 圧倒的に買い物の時間が長い!
王都全ての店を観て回るつもりかと思ってしまう。
地球でも女性の買い物は長いと聞いたことはあったが、それはどの世界でも共通らしい。
用もない店にも入って観て回っている。
これいつおわるの……?
二人の買い物袋を持ちながら(俺の選んでもらった服もある)二人の後を無心で付いていく。
いろはとチルロットは笑顔で話し合いながら買い物を楽しんでいる。……ま、これを見れたから悪いことばかりではなかったな。
夕方になり、買い物は終了となった。
「ありがとう、ユウ。荷物いっぱい持ってもらって」
「しゅまんにゃ、たくしゃんもたちぇてちまったにゃ」
「いえ、この前のお礼もあるのでこのぐらい」
内心ではやっと終わったぁぁぁぁぁぁぁっと喜んではいた。
「ほな、ここで解散にしよか。ちょうど第三と第五の中間ぐらいやろーし」
いろはの発言でこの場での解散となった。
「荷物はいいのか?」
「かまへんかまへん。そない重いのは買ってへんから」
俺は買い物袋をいろはとチルロットに渡す。
確かにここから第五兵隊の兵舎へ行ってから第三の兵舎へ戻るのは遠回りになってしまうから、有り難い。
俺は三度お礼を言い、第三兵隊の兵舎へと戻ることにした。
そして第三兵隊の兵舎に戻ってくると、兵舎の前に一人の女の子が待っていた。




