15話 英雄、橙色の世界の中で
俺は第五兵隊へ先の事件のお礼を伝えに行っていた。その後、第五隊長のチルロットと副隊長のいろはと共に食事や買い物をした帰り。
第三兵隊の兵舎の前に一人の女の子が立っていた。
金髪のサイドテールに鋭い目つきの三白眼。顔立ちは整っており、現代日本にいたのなら芸能人にスカウトされていたことだろう。
いつものヤンキー少女のような雰囲気ではなく、どこかしおらしく哀愁のようなものが漂っている。
少女は此方に気が付くと声を掛けてきた。
「おう、ユウ。帰ったか」
兵舎の前で待っていたのは、俺が所属する第三兵隊の隊長レオナ・イーリンだった。
レオナは此方に近寄り「少し出掛けないか?」と問い掛けてくる。
この後は特に用事もなかったので、承諾する。
「すまねぇな。じゃあ行こうか」
レオナは兵舎の外に向かい歩き出す。
行き先が何処かはわからないが、俺はレオナの後に付いていく。
兵舎の敷地を出て、王都の街中を歩く。
取留めもない会話をしながら、レオナが導く方へと進んでいく。
「第五の兵舎へ行ってみてどうだったよ」
「兵舎自体は変わりなかったが、やはり隊ごとに考え方が違うのかウチとは別物だったな」
「例えばどんなことだ?」
「ウチの隊は個の力を重視しているが、第五兵隊は集団での戦い方を意識していたな。訓練も規律よく集団で行っていた。隊長の毛色が異なるだけであそこまで違いが出るとは思わなかった。ウチの隊は各々が其々に動ける利点なんかがあるが、軍や集団を相手にするなら第五兵隊の方が向いていると感じたな」
「へぇ、チルもちゃんと考えているんだな。同期として負けていられないな! …………他は何もなかったのか?」
「他、か」
うーん、他には何があったかな。
第五兵隊の兵舎で観たことやあったことは道中に大抵話してしまったからな。
悩んでいると、ふと隊長室でのいろはとの絡みを思い出した。
だが、あんなことは話せない。恥ずかしさもあるが、自分はモテるんだぜって言っているようなものだからな。
首を軽く振り、別のことを考える。
だがレオナは今の俺の行動を見逃さなかったらしい。
レオナは「おい、何があったんだ?」と少し眉間に皺を寄せながら、会話を追求する意味でも物理的な意味でも詰めてくる。
「いや、別にっ……あっ、あそこっ! レオナが教えてくれた『サンシャイン』! あそこに食事しに行ったんだ! あの二人も美味しそうに食べていたよ、あんな店を知っているなんて流石レオナだなぁ。 教えてくれてありがとう!」
「………………………………ったのか?」
「え?」
「あの二人と一緒にメシ食いに行ったのかって聞いたんだよ! それにあの店はおめぇが気にいるかなって……っ、いや、なんでもない!」
歩くスピードを上げるレオナ。
俺も急ぎレオナの後を追い掛ける。
何に対して怒ったのかはわからないが、何かに怒っていることはわかる。俺はいらないことを言ってしまったのだろうか。
俺だけ楽しそうに食事に行ったのがいけなかったのだろうか。それともあの店はレオナの中では隠れ家的な存在だったのかもしれない。もしそうだったのなら、悪いことをしてしまった。
レオナに何て声を掛けようか考えていると、レオナは歩みを止めた。
目的の場所に着いたのかもしれない。
周りを見渡せば、そこは王城の近くにある湖だった。
湖といっても公園としと整備されており、芝生の広場や遊歩道、東屋などがある。
場所は上級区寄りの居住区にあり、この場を訪れるのは大抵は平民の住人達や貴族とまではいかない準貴族の子供達だ。
昼間に遊歩道を散歩したり芝の上でピクニックしたりするのが人気だったりする。
東屋からは湖越しの王城を見ることができる。風がなく波が立たないベタ凪の状態なら水面反射により、逆さ城を目にすることができる。
レオナはその東屋まで移動すると、設置されているベンチに腰を下ろす。
俺もレオナに付いていき、隣に座る。
前を見ると、夕焼けの橙色に染まった湖に王城が反射しており、幻想的な逆さ城に目を奪われてしまう。
空や雲も反射されており、橙色に染まった世界で巨大な城が宙に浮いているようだ。
目の前の天空の鏡には、この世ならざる美麗を映し出す魔境なのかもしれない。
「良い眺めだろ? ここはオレのお気に入りの場所の一つだ」
レオナが水面に映る景色を眺めながら、口元を緩めて笑う。
宵刻の前の日が沈みゆく世界で、彼女はライトアップされたように眩く、金色に輝いているように見えた。
夕陽に照らされたレオナは綺麗だった。金色の髪はキラキラと輝き、夕陽に染められて赤みを帯び温かな印象を与えてくれる。
そしてレオナは元々美少女といっても過言ではない。そんな彼女が夕焼けに照らされながら微笑んでいるんだ、絵になるの言うまでもない。
「おい、そんなに見つめんじゃねぇよっ、照れちまうだろーが……」
レオナに咎められ自分がレオナを凝視していたことに気付く。
いつの間にか、レオナに見惚れてしまっていたようだ。
レオナは少し顰めっ面をする。だがその頬は恥ずかしさか夕焼けの所為かはわからないが、赤くなっていた。
「ああ、すまない。つい……」
「何がついだよ」と、ふいっと顔を背ける。
いつもの凛々しい雰囲気と違い、何というか、凄く女の子って感じがする。
意識していなくてもついドキドキしてしまう。普段ない可憐さが、そこには確かに存在していた。
レオナは顰めっ面ではあるが、不機嫌ということではない。どちらかというと恥ずかしさを我慢しているような、何かに必死に耐えているような表情をしている。横顔であっても、それを読み解くことができる具合にはレオナの表情筋はピクピクと動いている。
それが何だか愛らしく、可愛いと思ってしまった。
だからなのか、「ふふっ」と息が漏れてしまう。
それを聞いていたのか、レオナはキッと此方を睨み付けてくる。
幾ら頬が紅潮しているとはいえ、三白眼の鋭い目つきに睨まれたら少しは怯んでしまう。
「いや、すまない。ウチの隊長が人気なのも頷けると思っただけだ。レオナが隊長で俺も誇らしいよ。入ったのが第三兵隊で良かったと、心からそう思う」
「な、何だよいきなりっ! べべ、別に褒めても何も出ないぞっ、出るのは、えーっと、そーだな、笑顔ぐらいしか出ないぞっ。ほら、な!」
ぎこちなくニィッと笑うレオナ。口角は片方しか上がっておらず、口端はピクピクと引き攣っている。
再度笑いそうになってしまうがまた睨み付けられる可能性があるため、先の教訓を活かし今回は笑うのを我慢した。
「レオナ。ここがお気に入りの場所だと教えてくれたが、何故それを俺に教えてくれたんだ? 『サンシャイン』もそうだが、お気に入りの場所ってことはレオナにとって大切な場所なんじゃないのか?」
「ぁん? そうだな。大切な場所かと言われたら、そうなのかもしれねぇな。だが幼い時の思い出の場所だとか、おふくろとよく行った店だとか、そんなんじゃねぇ。ただ落ち着く場所というか、居心地の良い場所ってだけのことだからよ」
「それでもレオナにとっては大切な場所だろ。それを出会ってからそれ程日も経たっていない俺なんかに教えて良かったのか?」
「はんっ。出会ってからの期間なんて関係ねぇよ。オメェはオレの部下で大切な仲間なんだからよ。それだけオレから信頼されてるってことだ。……あんま言わせんなよ、小っ恥ずかしい」
まだこの世界に来て、そして第三兵隊に入って日は浅いが信頼されていると思うと、第三兵隊に入って良かったと感じる。成り行きとはいえ、こんな俺を受け入れてくれたんだ。まぁ、無理矢理だったかもしれないが、それは一旦置いおいて、その信頼に応えられるように、頑張らないとな。
「……まぁそのなんだ。隊長と副隊長なんだから連携を密にするというかより仲良くなっておいた方が良いというかどうせなら二人の思い出を残しておきたかったっていうか何となく二人で出掛けたかっただけというか何というか、最近はチルやらあの女やらユウの周りに女共が増えてきたから牽制しておかないとと思わなくもなかったりしてるというか……」
ユウはレオナからの信頼に応えようと意気込んでいたため、その後のレオナの発言は聞き取れていなかった。というか、小声だったために何か喋っていることに気が付いていなかった。
「んっ、んんん、ごほんっ。まぁそれはいいとして、今回ユウを誘ったのは、この景色を見てほしかったからだ。ユウはこの光景を見て、どう思う?」
眼前に広がっている光景。夕陽に染まる世界。空も城も湖も、行き交う人々も橙色に染め上げられている。
素直な感想は綺麗だな、だ。
あとはそうだな。今この瞬間を切り取るなら平和だと思うことか。行き交う人々の中に暗澹としている者はなく、どこか希望のようなものが見て取れる。
俺は感じたことをそのままレオナに伝えることにした。
「平和だなって思う。ついこの間、魔族とのいざこざがあったのにそれを引き摺っている人が見受けられない。それどころか魔族との関係が好転するんじゃないかって思っているような、希望のようなものまで感じてしまう。そう考えると、人間は強いなって思えてくるな」
「ああ、そうだな。人が笑って暮らせる、平和な証だ。だがそれは、オレ達の働きによって手に入れた成果だ。あの時、あの場にユウが居なかったら今頃王都は惨憺たる光景になっていただろう。王都自体は落とされなくても、住民達の多くは虐殺されていたに違いない。それを阻止してくれて、そして不甲斐ないオレの代わりに王都を救ってくれたこと、感謝している。あの時のユウの活躍は、瞼を閉じれば昨日のことのように鮮明に思い出すぜ」
なかなか小っ恥ずかしいが、でもそれは俺自身が成し遂げた活躍なのだ。胸を張ろう。
「そしてこれからも王国に住む民や人種のために第三兵隊の副隊長として、そしてオレの相棒としてこれから先も支えてほしい」
レオナのことは人情の厚いやつとは思っていたが、これ程までに他者を思い遣っているのか。なんて仁徳のある人物なんだ。
「ああ、こちらこそ宜しく頼む」
俺の返答にニカッと笑うレオナ。
レオナは立ち上がりぐぅーっと腕を上に上げ、身体を伸ばして凝り固まった体をほぐしリフレッシュする。
「よし、気分も良くなったし帰るか」
「そうだな、もう直ぐ日も暮れる。帰って食堂に行こうか」
俺とレオナはその場を後にしようとする。
そして思い出した。今日チルロットといろはと買い物をした時に、お土産を買ってきたことを。
「レオナ、ちょっと待ってくれ」
「ん? どうしたユウ」
俺はポケットから小さな紙袋を取り出す。そしてそれをレオナに渡した。
「これは?」
「第五兵隊で目的を達したら、その後は自由にして良いって言ってくれただろ? その時に色んな店を巡ったんだ。その中にレオナに似合いそうな物があったから、それは土産だ。気に入るかどうかはわからないが、日頃の感謝の品だと思ってくれ」
…………。レオナが固まっている。
状況を理解したのか、ハッと動き出し「開けても良いか?」と尋ねてくる。
俺は頷き、それを見たレオナは紙袋を開けて中身を取り出す。
中に入っていたのはヘアゴムだ。ワンポイントにメタルフラワーが付いているのだが、その花がこの前渡したネックレスと同じハナミズキだったからレオナにどうだろうと衝動で買ってしまったのだ。
「この花はこの前の」
レオナも気付いたようだ。
ふふっと笑い「ありがとう、ユウ」と言い、不意に今髪を束ねているヘアゴムを取った。
束ねられていた髪はファサッと広がり、軽くカールのかかったセミロング姿になった。
髪を束ねていないレオナは、何気に初めて見たかもしれない。
レオナはそのまま新しいヘアゴムで髪を結い始めた。
結い終わったレオナはいつものサイドテールではあるが、結び目にあるハナミズキのメタルフラワーが可愛らしい印象を与えている。
この姿だけを見たら軍で隊を率いている隊長には見えず、年相応の女の子に見える。
この世界に争いがなく平和な世界だったのなら、普通の女の子として生活していたのかもしれないな。
有りもしない世界のことを考え、自分自身で苦笑してしまう。無い世界のことは忘れよう。
レオナは溢れんばかりの笑顔で「ありがとうっ」と感謝を伝えてくる。
俺は自分のために強くなりたいと思っている。それは今も変わらない。
だがほんの少しだけでも、この笑顔を護るために強くなろうと思っても良いのかもしれない。
俺は新たに強くなりたいと願う項目を増やし、これからの新たな一歩に向けて意気込むのだった。
第三兵隊の兵舎に戻ってきた俺とレオナの元に、副隊長補佐の一人がやってきた。
何でも俺宛に手紙が届いているんだとか。
渡された手紙を開封し、中身を確認する。
中に入っていたのは俺がこの世界に来て訪れた教会の宗教、キラキラ教からの招待状だった。




