13話 英雄、冒険者ギルドへ赴く
第三兵隊にレオナが戻ってきた。
嬉しい。ほんっっっっとうに嬉しい!
何故かって? それはだな…………
この隊の連中は後先考えずに行動して、問題やら苦情やらをしこたま生み出すからだよ!
巡回に行ったと思ったら、やれ旅人が怪しかっただの、やれ冒険者が突っかかってきただの、何彼につけて問題事を引き起こしている。
何なら、この前の魔族絡みの事件で第三兵隊に住民達が押し寄せた時にも問題を起こしている。
住民達が「この国は、王都は大丈夫なのか?」「レオナ隊長がやられたって聞いたぞ、軍は大丈夫なのか!」「八柱大将軍が負けたなんて、この国はもう終わってしまうのか!?」などの不安を口にした。
それを聞いた第三兵隊の隊員達がキレてしまった。
そのままキレた隊員が何人かの住民を張り倒してしまったのだ。
住民に怪我こそなかったものの軍としては、軍や公的機関に属していない一般人に危害を加えることを軍律によって原則禁止されている。
原則禁止なのだが、住民達も混乱していたからと罰を与えられることはなかった。
手を出してしまった隊員に、何故手を出したかと理由を尋ねると「我らのレオナ隊長がバカにされたからだ!」とのことだ。……多分馬鹿にはしていないと思うのだが、まぁ仲間思いだから良しとした。別に諦めた訳ではない。
そしてレオナが戻ってきてくれたので、俺は別の問題の対応へと向かう。隊長不在の中、俺まで兵舎を離れる訳にはいかなかったからだ。
そして訪れたのは冒険者ギルド。第三の隊員と冒険者が揉めたことについて話し合いに来たのだ。
冒険者ギルドの建物内に入るために扉に近づくと、俺が開ける前に扉が不意に開いた。
至近距離で開いたことと突然のことで油断し切っていたことが合わさり、扉を躱すことができなかった。おでこを思いっきりぶつけてしまった。
俺が悶絶していると、冒険者ギルドの中なら十五、六ぐらいの女の子が出てくる。
女の子は下を向きながら、暗い表情で何かを呟いている。
「はぁ。……パーティー、またクビになっちゃった……」
こいつ、自分が開いた扉に人がぶつかったと気付いてないな。
俺は額を押さえながら女の子を見つめる。
女の子は俺に見られているのに気付いたのか、此方を見返す。そして首を傾げる。
おい! そこで何故首を傾げるんだ!
俺は眉を吊り上げ、額をサスサスと擦る。
女の子は俺や扉を見ながら考えている。
扉の取っ手に手を掛ける自分。扉の反対側にいる額を押さえておる人物。そしてその人物に睨み付けられている……。
!? 女の子はビクッとし、あたふたし始める。
女の子は目に涙を浮かべながら謝ってくる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 考えごとしてて、扉の向こうに人がいるなんて気づかなかったんですっ。ご、ごめんなさいっ!」
女の子は勢いよく頭を下げた。そしてその勢いのまま、彼女の背負っていたフラップ型のリュックの蓋が俺を襲ってきた。
そんなことあるだろうか? この短時間で二度も同じようなことが?
スローモーションのようにゆっくり迫り来るリュックの蓋を眺めながら、防御の構えを取ることもできずに蓋に襲われるのだった。
「ぐぁっ」
そしてフラップ部にも収納できるタイプだったのか、異様に重くて硬い何かが頭にクリーンヒットし、俺は意識を手放すのだった……。
「知らない天井だ」
本当に体験してしまったことに驚きだ。
俺が目を覚ますと、知らない天井が目に入った。体を起こし周りを見渡せば、見覚えのない部屋のベッドの上にいた。
ここは何処なのだろうか。
ぐっ、何故か頭が痛い。
頭の痛みに顔を顰めていると扉をコンコン、コンコンとノックをされた。
この部屋には俺しか居ない。なので俺が返事をするしかない。
「はーい」と無難な返事をした。
握り玉が回りガチャッと音を鳴らして扉が開かれる。
部屋に入ってきたのはギルド職員の制服なのかそれをかっちりと着こなした、仕事ができるキャリアウーマンのような女性だ。
凛とした立ち居振る舞いではあるが穏やかな目つきをしているため、きつい印象ではなかった。
「目が覚めていらしたのですね。お加減はいかがですか? 何か不調はありますか?」
何か不調……、少し頭痛がするぐらいか。他は特に何もないしな。
「少し頭痛がするぐらいですかね、他……は特に。あっ、そういえば何故俺はこのベッドに寝ていたんですか? 頭が痛い原因も思い出せないし」
「それは……その、大変申し訳ありません。その原因はギルド所属の冒険者によるものです。ことの経緯は本人から話してもらいましょう。さぁ、いつまでもそんな所にいないで入っていらっしゃい」
その言葉をきっかけに、部屋の入り口から女の子が入ってくる。
女の子はどこかオドオドしており、彼女の背負う大きめのリュックが特徴的だ。
女の子は何かを言いたそうにしているが、言うか言わないかを迷っているのか口を開いては閉じを繰り返している。
この女の子、何処かで……。それにあのフラップ型のリュックも知っているような…………。
ズキッと頭が痛む。俺は額に手を当て、迫り来るリュックのフラップ部が脳裏をよぎる。
「あ……あ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺は声を上げ、女の子はビクッと怯える。
思い出した、思い出したぞ! この女の子!
この女の子が開けた扉にぶつかり、そしてそのリュックの蓋の重い一撃を喰らったのだ。
全てを思い出した俺は女の子に刺すような視線を向ける。
女の子は気まずそうに、視線を右往左往させる。
「あ、えっと、その…………へへ」
ぎこちなく諂うように笑う女の子。
……とりあえずこいつのことは放っておいて、ギルド職員の女性の方を見る。
女性は溜息を吐き、此方に説明してくれる。
「まずは自己紹介から。私はスブリム王国王都支部の冒険者ギルドで副ギルドマスターを務めています、プルメリア・フラワードールです。今回の一件、ギルドの副ギルドマスターとして謝罪させていただきます」
そう言い頭を下げるプルメリアさん。
頭を下げたプルメリアさんはその姿勢のまま動かなくなる。
これは此方が了承しないと頭を上げてくれないやつなのだろう。
「わかりました。謝罪を受け入れます」
その言葉で頭を上げてくれるプルメリアさん。
彼女は微笑みながら「ありがとうございます」と言った。
「謝罪を受け入れていただき感謝します。さて、本当はこの子にも挨拶をしてほしいのですが少し緊張しているようなので、私から紹介しますね。この子はブラン・ブリュット。ギルドに登録している正規の冒険者です」
俺に一撃を喰らわした女の子の紹介を受けた。
彼女はこのスブリム王国の王都にある冒険者ギルドを拠点として活動しているようだ。
そもそも冒険者ギルドとは、各国の都市や街などに点在している組織のことだ。そしてギルドに登録している者達のことを冒険者と呼ぶ。
ギルドは国に属していない組織である。国や街からの依頼や要請は聞いてくれるが報酬は支払わないといけない。そして、無理な命令は聞いてくれるどころかナメられまいと報復にでるギルドも存在する。
そして正規の冒険者と言ったが、ギルドに登録していないのに冒険者を名乗る者がいるそうだ。
そういった者の大半が冒険者として登録していたが罪を犯して登録抹消されたお尋ね者か、そもそも登録すらできない犯罪者か、らしい。そういう輩が持つギルドカードは使用できないし、出した時点で取り押さえられるんだと。
そして目の前の女の子、ブラン・ブリュットはきちんとギルドに登録されている冒険者。
……冒険者ってもっとこう格好良かったりゴツかったりと強そうなイメージなんだが、ブランはイメージと違う。
自分に自信がないのかこの部屋に入ってからというもの、猫背でオロオロとしている。
今もプルメリアさんの陰に隠れ、此方の様子を窺っている。
はぁ、事故とはいえ、こんなのに伸されてしまうとは……。もっと強くならないとな。
「ところで、本日はどのような要件で冒険者ギルドへお越しになったのですか?」
プルメリアさんは先の一件は終わったとばかりに話を変えてくる。
気絶させられて何も感じていない訳ではないが冒険者ギルドと確執を生むのは避けたいため、プルメリアさんの話に乗ることにした。
「今日は冒険者ギルドのギルドマスターに用があり伺いました。先日の第三兵隊の隊員と冒険者との諍いの件で話しをするために」そして自分の名前と第三兵隊の副隊長であることを伝える。
「本当ならレオナ隊長が伺うべき事案なのでしょうが怪我から復帰したばかりなのと、その時報告を受けたのが俺だったのでレオナ隊長の名代として参りました」
それを聞いたプルメリアさんは微笑みながら返事をくれる。
「それはご丁寧にありがとうございます。ですがギルドマスターは本日留守にしているため、副ギルドマスターの私が代理として対応させていただきますね」
プルメリアさんは「ではお話をするため、応接室の方へ向かいましょうか」と言った後「お体はもう大丈夫ですか?」と優しい言葉まで掛けてくれる。
冒険者達をまとめるギルドの幹部なのだからもっと荒々しい人が多いのかと思っていたが、それは偏見だったようだ。
逆にこういう人だからこそ、荒くれ者達も言うことを聞くのかもしれない。
俺は「大丈夫です」と言いベッドから降りる。
プルメリアさんは部屋を出る前にブランにも声を掛ける。
「ブランちゃん。今回の一件は相手が優しい方だったから穏便に済んだけど、他の冒険者や気の強い人、特に貴族の方には気をつけてね。幾ら国に属していないとはいえ、ギルドも護れきれないかもしれないから」
ブランは首を縦にぶんぶんと振る。
「それじゃあ、今回のお話はこれでおしまい。急に呼び出す形になったからパーティーの人達も困っているでしょうし、もう戻っても大丈夫よ」
プルメリアさんは柔らかい笑みを浮かべてそう告げたのだが、ブランの表情は優れない。
「あ、あの……、パーティーは、さっきクビになっちゃいました…………」
この部屋の空気が凍りつく。
さっきまで太陽のように朗らかな笑顔であったプルメリアさんも苦笑いになっており、関係値の薄い俺は何も言えずに黙りこくってしまう。
「そ、そうなのね、でもほら、次はきっと良い出逢いがあるかも知れないわ。今回、縁がなかっただけで次もそうとは限らないもの」
「……五つ目です、クビになったの」
「それはほらあれよ、きっとパーティーメンバーの数が多いからとか役割が被ってたとか━━」
「役立たずは要らない! 何もできない役立たずなんて要らないって言われたんです」
「……………………ブランちゃん」
「事実、そうなんだと思います。私普段からドジしてばかりで、周りの人に迷惑をかけちゃいますし。パーティーで依頼を熟す時も、自分の役割を全うできずに怒られてばかりなんです。酷い時はそれで依頼が失敗する時もあるし……。それでも今回のパーティーの皆さんはこんな私に優しくしてくれたんです。『大丈夫だよ』『次頑張ろ』『ドンマイドンマイ』っていっぱい言ってもらいました。でも……、どれだけ依頼を熟そうと、訓練しようと全く成長しない私に嫌気が差してしまったんだと思います。いやっ、それを批判してるとかじゃなくて、〈七日兎〉の皆さんは私を想って言ってくれたんです。『このままだと誰か犠牲になるかもしれない』って、そう言ったんです。それは私かも知れないし、私の所為で誰か亡くなるかも知れないし。どっちにしても私が不幸になるからって、そう伝えたかったんだと思います……。だから全部私が悪いんです。私が……わたじがドジだがら゛、いづも゛いづも゛、じっばいばがりずるがら゛……ゔ、ゔぅ」
ブランは遂に泣き出してしまい、いよいよ空気が御通夜みたいになってしまった。
プルメリアさんも、まさか泣くとは思っていなかったようで狼狽えている。
ゔぅぅぅ、ヒック、ヒック、うぅゔぅ。
嗚咽を漏らすブラン。
このままではこの場も、そしてブランも良くはならないだろう。
俺は解決になるかはわからないが、ある提案をすることにした。
「ブラン、あぁーと、ブランと呼ばせてもらうぞ。ブラン、第三兵隊に来ないか?」
「グスッ、ヒック…………ぇ゛?」
「第三兵隊に来ないかと言ったんだ。ブラン、お前は自分のことをグズだと思っている、ドジだと思っている、自分は弱いと思い込んでいる。先ずお前が鍛えないといけないのは心だ。その後ろ向きな考えを矯正しないといけない。そのためにお前を第三兵隊で鍛える。荒業だが、軍は一隊員を見捨てたりはしない。それに俺も一緒に修練を行う。俺も強くなりたいと常々思っているんだ。どうだ、一緒にやらないか?」
「え? グス……私が、軍に……?」
「良いじゃない、素敵なお誘いだと思うわよ」
五本の指をそれぞれ胸の前で合わせ、微笑むプルメリアさん。その顔はどこかホッとしていて、ブランのことを心配していたのだろう。
「あ、えっと……少し、考える時間を、もらえませんか?」
ブランは不安そうな表情で聞いてくる。
そりゃあ、いきなり軍に入らないかと言われても普通は困るだろ。もしかしたら冒険者に未練があるのかもしれないし、これは本人が決めることだ。無理強いをしてもブランのためにはならない。
「ああ、構わない。もし少しでも気になるなら第三兵隊の兵舎まで来てくれ、見学だけでも構わない」
ブランはまだ決めかねていたが、その場は解散となった。
俺とプルメリアさんはギルドの応接室へと向かい先の諍いの話し合いを少しし、何事もなく話し合いは終わった。
ギルドから帰る前にプルメリアさんから「ブランちゃんを気に掛けてくれてありがとうございます。もし彼女が決断したのなら、その時は宜しくお願いしますね」と今日一番の笑みを浮かべながら見送られた。
冒険者の気弱でドジな女の子。ブランがどういう決断をするかは俺にはわからないが、もしまた会うことがあればその時はきっと━━。
ふふっと自然と息が漏れ、俺は第三兵隊の兵舎への帰路に就くのだった。




