11話 英雄、異形を斬る
「てめぇの悪行もここまでだ! 大人しく捕まればこの場でのてめぇの身の安全は確約してやる!」
レオナは右手に持っている双刀の剣先を男に向けて言い放った。
だが男は固まったまま動こうとしなかった。思い通りの結果にならなかったからかまだ策があるのかわからないが、そんな事はどうでも良かった。この王都で悪事を働いたツケを払わせるだけだ。
レオナは苛立ち舌打ちをする。
「てめぇ聞いて━━」
横から物凄い衝撃が襲った。重種馬が突っ込んで来たのかと錯覚してしまう程の衝撃だ。
そしてレオナはその衝撃によって吹き飛ばされてしまう。あまりに急の出来事で勢いを殺すことも受け身を取ることもできず、建物の壁に体を打ち付けられてしまった。
「か、はっ」
勢いよく壁に打ち付けられたからか、思うように呼吸ができない。頭がクラクラし、思考がまとまらない。全身に痛みがあり、特に左腕は骨折しているのか動かすことができない。
オレが隊のトップなのだから、部下が敵と対峙しているのに自分だけこんな所で伸びている訳にはいかない、そう思っても身体が動かなかった。
霞む視界の中で自分の大事な部下が、ユウが鬼の攻撃を必死に躱していた。
「さぁ殺れ『悪意』よ! その男をさっさと始末し、虫の息の八柱大将軍レオナ・イーリンを血祭りに上げろ! 人間共に魔族に楯突いたことを後悔させてやるのだ!」
男の発言から、この男は魔族なのだろう。魔王が倒されて魔族との戦いは終わったと思われていたが、それは人の思い違いだったのだろう。
現にこうして、俺は異形の鬼と対峙しレオナは傷を負ってしまった。
本当は今すぐにでも、あの男を斬り伏せたいのだが目の前の鬼から意識を外すことができないでいた。少しでも余所見をすれば、一瞬で塵芥へと化してしまうだろう。
俺は鬼の攻撃を去なすことで何とか躱せている。だが防戦一方ではこの状況を打破することができない。何とかして攻勢に転じなければジリ貧に陥る一方だ。
鬼は体が肥大化したことで動き自体は遅くなっているが、一発毎の威力が増している。振るった腕が通り過ぎるたびに、腕を振っただけとは思えないほどの風圧と風切音が鳴動する。
【器用貧乏】を活用し隙を見つけてはサーベルで斬りつけているのだが、表面に傷は付くものの有効打にはなり得ない。生物ならば出血死も狙えたのだが、異形のためか傷を負っても出血がない。
活路はないかと考えてながら戦っていた所為か、鬼の腕の一本を避けきれなかった。何とかサーベルで防御したためダメージはないが、サーベルの中程で真っ二つに折れてしまった。
俺は打開策を見つけられないまま、戦うための武器をなくしてしまったのだ。
「いいぞ『悪意』! そのまま捻り潰して脳漿をぶち撒けてしまえ!」
男が喧しく怒鳴っている。
サーベルを無くし去なすことも困難になったため、大きく避けなければならなくなった。右へ左へと動き回り、鬼の攻撃を躱し続ける。
左右に避けている最中、足にコツンと何かが当たる。
足元にはレオナの武器、双刀の片割れが転がっていた。
鬼の一撃を受け吹き飛ばされた時に落としたのだろう。
俺は躓いたフリをし、一撃を誘う。
鬼は誘いに引っ掛かり、大振りの一撃を放ってくる。
鬼の拳をすんでのところで回避し、そのまま流れるようにレオナの剣を拾う。
まだ持っただけだが、レオナの剣は業物なのだろうと感じた。普段俺が持っている軍で支給された剣とは感じる重みが違った。
レオナの剣を片手に、鬼の懐へと飛び込む。
鬼は急な攻勢だったためか反応できず、簡単に懐へと入ることができた。そのまま横一閃を放つ。
鬼の腹にサーベルの時よりも深い傷を与えることができた。鬼は苦痛を感じたのか歯を食いしばり「ヴヴヴウゥ」と唸っている。
だが直ぐに咆哮を上げ、四本の腕をそれぞれに振り回して乱暴に攻めてくる。
何も考えていない攻撃かもしれないが、どれもこれも必殺の一撃になり得る攻撃のため、当たる訳にはいかず油断することはできない。
相手の攻撃に合わせて反撃をしているため、少しずつしか傷を付けられない。しかも四本の腕で攻撃してくるため、反撃よりも回避する回数の方が多い。そのため此方の体力はどんどん削られていく。長期戦になったら勝ち目はないだろう。
変わり映えのない攻防を繰り返していると、痺れを切らしたのか男が鬼に怒鳴りつける。
「『悪意』! 何をしているんだ! そんなカスみたいな人間なぞ、さっさと殺してしまえ! あまり時間を掛けるな、圧倒的な力で肉塊に変えてやるのだ!」
男の言葉を聞いた鬼に、変化があった。四本の腕は、左右で二本ずつ捻れていき、それぞれ一本ずつの腕になった。
腕は更に肥大化しており、丸太のような腕になっていた。鬼の体は初めの頃の枝のような細さはなく、筋肉漫画に出てくるような逆三角形をしていた。
鬼はただのパンチを放ってきた。胸騒ぎがしたため、全力で回避した。
轟音が鳴り響いた。パンチを放った空間が爆発したかのような破裂音と衝撃が伝わる。
鬼の一発の威力は、度外れな程に強化されていた。直接当たらなくても、掠るだけで命は刈り取られてしまうだろう。
強大な力の前に、どうすれば良いかを必死に考える。だが、絶望的な最悪の状況のためか、頭が上手く回らない。一体どうすれば……。
「いいぞ! 素晴らしい力だ『悪意』よ! その力、私のために振るい尽くすのだ! くかかか」
くそ、何かないのかっ。
レオナは意識混濁の中、ユウと鬼が戦っているのを眺めていた。
レオナに手傷を負わせた相手だ。普通に戦えばユウは負けるだろう。
それがわかっていながらも、レオナは動けずにいた。身体が言うことを聞かない。
逃げろと言いたくても声が出ない。
今のオレは何もすることができない。そればかりか、オレの方が強いのに先に倒れる始末だ。
申し訳なさと、自分の弱さに腹が立つ。
そうこうしている内に、ユウの剣が折れてしまった。オレには似合わないが、悲鳴が出るかと思った。
だがユウはオレが落とした双刀の一本を拾い、それで戦い始めた。初めて握る筈なのに、ちゃんと使いこなせている。
思っていたが、ユウは戦いのセンスがあるのかもしれない。どんな武器でも使いこなしてしまうからだ。
防戦の方が多いが、それでも鬼を斬り付けることはできている。
だが鬼がまた変化した。四本腕から人のように二本腕となり、その腕は丸太のように肥大化したのだ。
その腕から放たれる一撃は、大気を震わす程の一撃だった。
マズいと思った。このままではユウが負けるのではないかと。
そう思ったら意識が鮮明になり始めた。
体のあちこちに激痛が走るが、折れていない右腕ぐらいなら動かすことはできる。
オレは自分の体に鞭を打ち、力一杯に双刀の片割れを投げ付けた。
少し無茶をしたからか、口の中が血の味に染まる。
鬼と対峙し絶望感な状況の中、万策尽きたかと思い始めた時だった。鬼が呻き、体勢が崩れる。
何事かと思ったら、鬼の足にレオナの双刀の一本が刺さっていた。
レオナの方がを見ると、無茶なことをしたのか、ゴホゴホと喀血していた。
レオナがくれたチャンスを逃す訳にはいかなかった。
鬼へと突っ込み、鬼の足に刺さったもう一本の双刀を引き抜く。
鬼は少し呻いた後、俺へと手を伸ばす。
俺は自身のギフトである【器用貧乏】を信じて体を捻りつつ、跳んだ。
レオナが放った飛び裏回し蹴りを思い出しながら回転する。
回転の遠心力を利用し、横薙ぎの威力を上げる。
まずは左手で迫る鬼の前腕部を斬り裂き、勢いのまま右手で鬼の首を斬り飛ばした。
着地は失敗し、地面を転がる。
痛みを我慢して体を起こし、鬼を確認する。
斬り落とされた首が地面に転がり、鬼の体は立った状態を維持できずに倒れる。
倒れた鬼の体は、灰のように散っていく。
終わってしまえば呆気なかった。
いや、まだ終わっていなかったな。
今回の事件の元凶がまだ残っている。
元凶の男を見る。男は赫怒の表情をしていた。歯を剥き出して顔を真っ赤にし、目の周りに深い皺を刻んでいる。
「クソがっ! クソがクソがクソがクソがぁぁぁああ! 何故だ、何が足りなかった! 人間のガキの量か!? それとも配分か!? 雌の方が栄養があると思って多くしたのが原因か!? それとも憎しみの量か!? もっと苛責し苦しめないといけなかったのか!? いや、私の計画は完璧だった! きっとあの女の所為だ、あの無能が補佐だったから上手くいかなかったのだ! そうに違いない。そうと分かれば計画を練り直し、いや、このまま魔都に戻ればアケルナルに消されてしまう。ならば一度別の国に……いや、後ろ盾が無さすぎる。クソッ。い、いや、まだやれる、やれるでありますよアケルナル様」
男は此方を見つめて独りごちる。
「この私が直接ヤツらを殺ればいいのであります。そうすれば八柱大将軍を倒した武将になれるであります。四重葬に就くのも夢ではないでありますよ」
男はレオナの方へと向かう。俺は慌ててレオナの元に行き、男の前に立ち塞がる。
「おやおや、死に損ないのカスは引っ込んでいるでありますよ。今なら命だけは助けてやらんでもないであります、くくく」
目の前の男に鑑定を使う。
[なまえ]でぃすとら・のーらっく
[しゅぞく]くろん
[つよさ]まぁまぁつよい
[ぎふと]さっかく
[びこう]せいかくがぶんれつした
まぁまぁ強い、俺と同じ強さか。
同じ強さといっても、此方は疲弊している。相手の体力はほぼ満タンだ。不利な状況である。
だがここで退くわけにはいかない。この場で戦えるのは俺しかいないのだから。
双刀を構え、身構える。
男は笑みから怒りの表情に変えた。
「下等種如きが! この私の邪魔をするというのか! ならば死を、臍を噛む思いをしながら絶望に沈め!」
男は懐からナイフを取り出し、此方に向かってくる。
男との距離が間近に迫った時だった。
パンッと破裂音が響いた。
それはこの世界で鳴るには不自然な音、日本でもゲームやアニメ、動画などでしか聞くことがない生命を刈り取る音。
その音が鳴り響いた後、目の前の男は地面に倒れた。
音のした方に目をやると、この世界にある筈のない銃を構えたいろはが居た。いろはは両手で構えていたハンドガンを下ろすと、此方に駆け寄ってくる。
「ユウ、大丈夫か? 襲われてるように見えたから撃ってもうたけど、あれ誰なん? てか何やこの状況は、道ん真ん中に大穴あいてるし屋台とかぐちゃぐちゃになっとるし住民達は遠巻きに見とるしでようわからんことなっとるやんか。って、レオナ隊長!? あんた大丈夫かいな!?」
いろははレオナの元まで駆け寄っていく。いろはの持っている銃のことは気になるが、先にレオナの手当てを行わないといけない。いろはに続き、レオナの元へ向かう。
レオナは動けないでいるものの、意識はあった。呼吸はしづらそうにしていて先程喀血までしていたのだ、肺が気管を傷つけたのだろう。
レオナの直ぐ側まで寄り、しゃがみ込む。
「さっきは助かった、ありがとう」
「ったり、めぇだ。部下を助けるのが、隊長の、役目だからな、ゴホッゴホッ」
「レオナ、これ以上喋るな。後はこっちでやっておくから、救護班が来たらゆっくり休んでくれ」
「すまねぇ」
レオナに「気にするな」と伝え、いろはと倒れた男の元へと向かう。レオナの側には、いろはよりも後からやってきたチルロットに任せてある。チルロットはレオナを見るや否や「レオニャァー!!!!!!」と叫びながら全力で駆け寄っていた。今も「レオニャ、だいじょーぶ? いつぁい所ありゅ? ねぇだいじょーぶか?」と心配そうにレオナの側でオロオロしている。
男の側まで近づいて気が付いた。
倒れていた筈の男が消えていたのだ。倒れていた場所には血が残っており、確かに此処で男が倒れていたことを証明している。
近づくまで気がつかなかった。東の居住区で逃した時もそうだったように、気が付いた時には存在を確認できなかった。鑑定した際にギフトは【錯覚】と書かれていたことから、認識阻害や思い込ませるタイプの能力なのだろう。
またしても男を取り逃してしまった。
「結局あの男は何やったん?」
「魔族だと言っていた。人に絶望を与えてやるとも」
「てことは魔王軍の残党ってとこか。魔王がやられた仕返しとでも言うんかいな。ま、今回の一件で各国は何かしら動くんとちゃうか。魔王が討たれたのにまだ仕掛けてくるんや、なら魔族全体をどうにかせな争いは終わらんやろうから」
魔王が倒された世界に来て初めは落ち込んだものの、予想だにしない事態になった。魔王が討たれた世界は平和になったとエンドロールが流れるのが定石だ。これでは魔王がかませ犬になってしまう。
とりあえず今は此処の収拾と今回の一件を王城に報告しないといけない。元凶の男は手傷を負っていたし、また直ぐに悪事を働くことはないだろう。
俺といろははレオナ達の元へと向かい、この後どうするかの話し合いをした。
「ぐっぅ、私の計画が、失敗した、でありますか……? そんな筈は、そんな訳、あるか! 計画は完璧だったであります、本当なら今頃この国の王都は血の海に染まっていた筈であります、筈なのだ!」
ディストラはスブリム王国王都の貧民街の路地を左肩を抑えながら歩いていたら。
「っつぅ、クソがっ。この私に傷を負わせるなど許されて良い筈がない。王国軍の人間だけでなく、この国の人間も血祭りに上げなければ……。どれもこれもあいつの所為だ! あの無能な女が居なければ今頃計画は━━」
「お呼びになりましたか? ディストラ様」
後ろから声を掛けられ、ディストラは慌てて振り返る。
そこには今悪態を吐いていた相手である、今回の計画でディストラの補佐を務めていたフールが立っていた。
「なっ、お前いつから」
「そんなことよりディストラ様、これからどうされるのですか?」
「どうするか、だと……。そんなこと決まっている! 魔都へ帰還し、英気を養った後またこの国に禍いを齎すのだ!」
「アケルナル様が貴方に何もしないとお考えで?」
「そっ、それは戻ってから陳謝すれば━━」
「無理ですね。冷徹なアケルナル様が計画を失敗した無能を放置する筈がありません」
「き、貴様っ、今私を無能と言ったか!」
「そんな無能のディストラ様に提案です。貴方もレグルス様に仕える気はありませんか?」
「また無能とっ、……レグルス? レグルス・デレオーのことか!?」
「はい。我が主、レグルス・デレオー様です」
ディストラは驚愕した。今回の工作活動並びに王都に禍いを齎す計画は水葬のアケルナル・エンドが主導なのだ。人員もアケルナルやその部下が用意したもの。その中にアケルナルと同格である四重葬の一人の手の物がいるだなんて。
「お前は、あの〈林葬〉の……」
「はい。ですからそう言っているではありませんか。あの方なら、貴方のような人でも慈悲深く迎え入れてくださいますよ」
フールはディストラに近づき、手を差し伸べる。
パチンッと、ディストラは勢いよくその手を払い除けた。
「ふ、ふざけるな! 林葬のレグルス・デレオーといえば平和主義のヘタレ四重葬ではないか! 魔族の風上にも置けぬ腰抜けだ! 魔王様が討たれたのも、あの無能が原因だと言うではないか! 誰があんな無能な奴の下で、グボッ……な゛!?」
ディストラは言葉を詰まられた。いや、止めざるを得なかった。鳩尾辺りに激痛が走ったからだ。
ディストラは視線を落として、その激痛の正体を確かめる。
手が自分の胸を貫いていた。その手の主を見るや、蔑んだ表情で此方を見ていた。目には怒りの色が窺えた。
「役立たずのお前如きがレグルス様を愚弄するな! どいつもこいつも、彼の方の傑出さが何故わからない、何故あの仁慈心を理解しようとしない!」
「ゴホァッ」
フールの感情が昂り突き刺さっている手に力が入ったのか、胸の内側から抉られ血が逆流する。
ディストラはフールの手を掴み、睨み付ける。
「ぎ、ぎざま゛……」
「お前はレグルス様を愚弄した。死んで詫びろ害虫が」
フールは胸に突き刺した手を勢い良く引き抜いた。ポッカリと穴のあいた胸のからは血がドバドバと溢れ出す。
手を引き抜かれたディストラは立っていることができず、地面に倒れてしまう。
手足の先から冷たくなっているのを感じる。死が近づいているのだろう。
ディストラは死を間近に感じ、自分の人生を思い返した。これが走馬灯と言うのだろうか。
ディストラは目を閉じ記憶を思い起こす。真っ暗になった世界に、彼の見てきた景色は何も投映されなかった。
「はぁ、無能には何を言っても無駄ですね。アケルナルも他の四重葬も、レグルス様が頂に立つための肥やしになってもらわないと。ふふ、レグルス様。今から戻りますので、もう少し待っていてくださいね」
目の前に倒れている男が息を引き取ったのを確認し、フールはその場を後にした。




