悪意の産声
マズい、見つかった。
いつものように人間のガキを連れ去ろうとしていたら、軍の人間に見つかってしまった。
それが一般兵なら問題なかったのだが、見つかった相手は軍の最高戦力の一人である八柱大将軍のレオナ・イーリンだった。クソッ、運が悪い。
更にその後ろに別の八柱大将軍であるチルロット・ナナニアムと他二人という、数的にも戦力的にも劣っている状況だ。逃げるしかなかった。
だが、レオナ・イーリンのギフトなのか直ぐに追いつかれてしまった。ここで終わりかと思ったが、どうやら幸運の女神様とやらは私に味方したようだ。蹴られた先が人混みだったので私のギフト【錯覚】の能力で私の存在を有耶無耶にすることで逃げ切れた。
だが、今回の王都での失踪事件に黒幕がいるとバレてしまった。王国軍の奴らは必死になって事件の解決を目指すだろう。そうなれば王都に潜んでいる魔王軍の者達は討伐されてしまうだろう。いや、他の者がどうなろうが知ったことではないのだが、私自身の身に何か起こるようなことがあれば一大事である。
私は急ぎ、魔王軍の隠れ家である商業区の地下道へと移動する。
「お帰りなさいませディストラ様」
地下道へ入ると、今回の任務で私の補佐を務めているフールが声を掛けてくる。
「今回の収穫はいかがでしたか?」
何も知らないとはいえ、その緊張感のない声に腹が立つ。
「ええいっ、五月蝿い! そんな事よりも『悪意』の様子はどうなっている!」
「失礼しました。『悪意』は着実に成長しています。もう一旬程度あれば、完全な状態になりそうかと」
「それでは遅いは間抜けが! 王国軍の奴らに我々の存在がバレたのだぞ、そんな悠長なことを言っている場合ではないのだ!」
「……ディストラ様、見つかってしまったのですか?」
プツンと何か切れた音が聞こえた。
「ぐ、っ」
気が付いたら目の前の女、フールは倒れており左頬を抑えていた。どうやら私が殴り飛ばしたようだ。
「貴様がふざけたことを吐かすからだ、次はないぞ愚図が」
「も、申し訳、ありません」
ヨロヨロと立ち上がるフール。そのとろくさい動きにも腹が立ってくる。しかしここで部下の数を減らすのは得策ではない。肉壁は一つでも多いに越した事はないのだから。
「『悪意』を解き放て! この王都を絶望の淵へと誘うのだ!」
「いや、しかしまだ『悪意』は完全には━━ごはっ」
反論してきた無能の腹を蹴り飛ばしてやった。
「五月蝿い! 五月蝿い! 五月蝿い! 五月蝿い! 私に指図すんじゃないゴミ屑がぁぁ!」
「ぐっ、がは、や、やめでぐごはっ、ゔ、ぐ」
倒れたフールを何回も踏みつけてやった。遂に気を失ったのか動かなくなってしまった。はぁ、はぁ、と息が荒くなってしまう。それにすら腹が立ち、動かないフールにもう一発蹴りを放った。
ふぅ、少しは気分が良くなった。
動かなくなったフールは放置し、別の部下に命じる。
「今直ぐに『悪意』を解き放て! 然もなくば私がお前に死を与えてやろう、さぁ分かったらさっさと行動しろ!」
部下の一人が慌てて『悪意』の元へと駆けていく。
少しすると大気を震わすような「オギャアアアアアアアアァァァァァァァァァアアアア」という咆哮が轟いた。
そして『悪意』を放った部下のものと思しき断末魔が上がった。
「ふふふ、はははは、あはははははは! さぁ人間共よ、我らが魔族の怨みを、憎しみを、その身で受けるといい! あーはっはっはっは! アケルナル様、貴方様の魔王就任も近いでありますよ、これで私も、ふひひ」
ディストラは崩れ行く地下道からひっそりと姿を消すのであった。




