訪れた平和と蠢く悪意
数多ある世界の一つ【ゼレス】。
その世界には魔王が存在していた。
魔王の悪逆非道な行いによって、その世界に住む人々は虐げられ苦しめられていた。
人々は魔王に対抗すべく国や種族の壁を越え手を取り合い、武器を取り魔王に挑んだ。
だが結果は芳しくなかった。戦いに参加した者はその命の華弁を散らし、戦いの余波で地が荒れ人が荒れ間接的連鎖的に被害が拡大し、世界は暗澹としていた。
だが突如、その世界は黎明を迎えることになる。
魔王が生まれたのだからその逆も然り。
魔王の悪逆非道の行いから人々を、いや世界を救ってくれる英雄が現れたのだ。
人々は彼のことを『勇者』と呼んだ。
勇者は仲間を集め魔王に戦いを挑んだ。
魔王の配下達を薙ぎ倒し、四重葬と呼ばれる魔王軍の最高位幹部達を退けた。
道半ばで生命の華弁を散らしてしまう仲間もいたが、勇者一行は魔王の元まで辿り着くことができた。
魔王は強く、苦戦を強いられた。単純な強さだけならば勇者と魔王の差はそこまで無い。だが経験が、思考が、センスがまるで違った。
魔王が『魔王』たり得るのは、強いからだ。魔王領では常日頃そこかしこで争いが起き、実戦経験を積むのに申し分ない。更に部族や種族間の争いもあり、集団戦闘や地形に相性といった戦略を行使するなど指揮能力も鍛えることができる。そんな争いの絶えない土地に住んでいる種族と平和呆けした人族では、戦いについての価値観が違うのだ。魔王領では命の奪い合いは日常であり人間などの人種にとっては非日常なのだ。そんな者達が生まれ持ったセンスの差があることは自明の理なのだ。
魔王はこれまでに培った知識や戦技を駆使し勇者一行を翻弄した。魔王の手によって二人の仲間が亡き者にされた。道中を含めると四人の犠牲を出したことになる。
だが、勇者は残りの三人と力を合わせ魔王を少しずつ追い込んでいき、遂に魔王を倒すことができた。
人族は少なくない犠牲を出したものの勇者一行の功績により、悲願の魔王討伐を果たせたのである。この勇者一行による魔王討伐の物語は、また別の機会に……。
閑話休題。
魔王が討伐され平和が訪れた世界。
人々は魔王が討たれたことに歓喜し、人族の国ではどの国もお祭り騒ぎである。魔王領に隣接している三ヶ国の一つ、スブリム王国王都ビュティニアも例外ではない。寧ろ魔王領に隣接しているため他の国よりも被害が大きく、それだけに祭りの熱量も大きいものになっている。王都のメイン通りでは夜まで露店が開いており多くの人が行き交う。酒場では店が閉じるまで飲み食いが続けられ、人の笑い声が途切れることはない。
黎明を迎えた人々の日常は明るかった。これからの世界は好転し、行末は明るいものだと誰もが思っていた。
だが、どんなに綺麗な所にも汚れは発生するように、光輝く所には陰が生まれる。
王都外周の貧民区にある寂れた酒場。その酒場は一階がカウンターとテーブル席があり二階は個室が数部屋存在する。昔は賑わっていたのだろうが今は客の存在を確認できない。いや、正確には一階のホールには存在しない、だ。二階の個室一つから話し声が微かに漏れている。
「毎日毎日お祭り騒ぎとは、人族というのは暇なんでしょうかねー? ねぇ、ディストラ」
「はいっ、アケルナル様の言う通り、人間共は暇なのでありましょう!」
ディストラと呼ばれた者は目の前に居る相手の機嫌を窺いつつ返答する。目の前に居るのはディストラの上司に当たる存在だ。彼が目の前の男を恐れているのは当たり前のことである。何せ対応を間違えれば首が飛ぶのだからだ、物理的に。
「魔王様が討たれ、人間共はこの世から脅威が去ったと浮かれている。魔王様以外の魔族は脅威になり得ないと思い込んでいる。まったく、不愉快なこと甚だしいよ。そうは思わないかい、ディストラ?」
「全くもってその通りであります! 人間共は我々魔族のことを舐め過ぎであります。人間共の浮かれ具合には辟易してしまうでありますな! 魔族は恐ろしいということを再認識させないといけないでありますよ!」
「あぁ、その通りだよディストラ。人間共に我々魔族の恐ろしさを改めて教えてあげないといけないのだよ。魔王様だけでなく、魔族其の物が恐怖の対象でなければいけないのだよ」
「はいであります。人間共には再度、地獄を見せてやらなければであります」
「その通りだよ。その通りだが、ディストラ。じゃあ何で君は何も行動を起こしてないんだい? 人間共に恐怖を植え付けないといけないと分かっているのに、何故何もしない? 人間共に恐怖を与える方法は幾らでもあるだろうに行動しない。それは何故なんだい?」
ディストラに緊張感が走る。目の前に居る男は自分の上司、その上魔王様亡き今、魔王領を統括している最高位幹部の一人である〈水葬〉のアケルナル・エンドなのだから。
そして自分はこの男に命令されてスブリム王国の王都に潜伏している工作員に過ぎないのだ。この目の前の男、アケルナルが自分のことを役立たずと認識すれば即座に消されてしまう。どれだけの事ができるかはわからないが、自分は有用だということをアケルナルに意識させないといけない。ディストラはその人生の中で最も頭を回転させ言葉を紡ぎ出す。
「お、恐れながらアケルナル様、私奴も遊び呆けていた訳ではございません。魔王様の死に慟哭し人族の行いに咆哮を上げて逆上したであります。人間共には魔族の悲しみを、そして怒りを味わわせなければ魔王様を弔う事ができないであります。故に私奴はこの王都に禍いの種子を蒔いたでありますよ」
「……ほう、それは一体どんな事なんだい? ディストラ」
妖しい目で微笑むアケルナルはディストラにどんな事を企んでいるのかを聞く。ディストラも何とかアケルナルの興味を惹くことができたと、即座には処分されないだろうと安堵しながら説明する。
「はいであります。それは━━━━━━━━であります」
「ふふ、そうですか、それは中々愉快なことになりそうだね、ふふふ。それでは私は先に魔都に戻るのでディストラ、吉報を楽しみにしていますよ?」
「了解であります。不肖ディストラ、精一杯魔王領のために務めさせていただくであります」
魔王が討たれ平和が訪れた世界で、新たな悪意が動き始めたのである。世界の黎明期は短く、混沌とした時代が始まるのであった。後にそれは『暗黒時代の再来』と呼ばれ、歴史家の中では「魔王が猛威を振るった暗黒時代よりも悪辣な時代であった」と唱える者もいる。そんな時代に転生した英雄は世界をどう導いていくのか。悪を討ち倒し新たな黎明を迎えることができるのか、将又悪意に飲み込まれ世界は暗翳に染まるのか。その時代に生きる者達はこれから起きる事象を知る由もないのであった。




